猫又番外編:チャイロの記憶
本日2話目の投稿です。
猫又番外編、母さんに引き続き今回はチャイロに焦点を当ててみました。
時系列的には、母さんが黒いのを拾う数日前位です。
そのため、平仮名多用につき文章が非常に読みにくくなっておりますがご了承下さい。
……ぬくい。それにやわらかい。
……いまここにかあさんがいないのは、すこしだけさみしいけど。
ふと、塊から出した鼻先をくすぐる外気の冷たさに、プシュッ! と小さなくしゃみが出て、慌てて鼻先を引っ込める。くしゃみのせいで少し濡れた鼻先を、身を寄せ合っている誰かのフワフワとした尻尾がくすぐるが、それが先程のようにくしゃみを誘発させる事は無かった。
端から見ると1つのモコモコした塊のように見えるものは、よく見れば子狼達が寄せ集まったものだ。
そして小さな子狼達のいるこの場所は洞穴らしい。だが、その傍に母狼の姿は無い。
母狼のいない洞穴だが子狼達が不安がる事は無い。1箇所で塊になりながら大人しく母狼の帰りを待っている。自分達が待っていれば、母狼は必ず帰って来る事を知っているからだ。
それでも、母親が傍にいないのはどうしてもどこか寒くて、必死に互いに擦りついて暖を取ろうとしてる。
キュンキュン、ヒャンヒャンと洞穴の中で小さく鳴き声を響かせながら、互いが互いの上になり、下になり、団子のように丸まりながらムニムニと動き回っているその姿は、コメディチックで見るものの顔を綻ばせるものであった。
「ひゃん……(……かあさん、まだかな……)」
「わふ、きゅ?(もうすぐかえってくるだろ。こわいのか?)」
「きゃぅ(……べつに)」
……ううん、べつに『こわい』わけじゃない。かあさんはすごくつよいから、かならずかえってくるってしってるから。
それでもおれはただ、できるだけはやくかえってきてほしいだけ。
……そのほうが、ちびたちだけでくっついているよりも、ずっとあたたかくなるのをしってるから。
「きゃふん(それよりおれ、はらへったな)」
「きゅーん(おれもー)」
「くふん?(かあさんのきょうのえものってなんだとおもう?)」
「きゃうっ!(おれ、なんでもいい!)」
「ぐぅ(おまえはな)」
キャフキャフ、キュウキュウと弟妹達と他愛も無い話をしている内に、何となく感じていた不安感も消えていく。
いつしか自然と振られ始めた尻尾を目敏く見つけた子狼の1匹が飛び掛ったのを皮切りに、他の子狼達も尻尾を大きく振り回しながら転がりまわり、跳び回り、じゃれ始めた。飛び掛られた子狼も、抗議の鳴き声を上げたが抗えず、その内一緒にゴロゴロと地面を転げ回る。
大人しく待つ、という言葉はすでにこの場所には存在しない。
そうしてワフワフとじゃれ回っている内に眠気が彼らに襲い掛かり、突然電池が切れたように次々とパタリ、パタリとその場に転がって眠り始める。飛び掛られた子狼も、自身に襲い掛かる眠気と必死に戦っている真っ最中だ。
必死に眠気に抗いながら、そこら辺に転がっている子狼達を――ズリズリと地面を引き摺りながらではあるものの――少しずつでも寝床へと運ぼうと孤軍奮闘していた。
それでも時折眠気に負けて、カクッと引き摺っている子狼の上に倒れ込むのはご愛嬌である。だが、それでも引き摺られている子狼が目を覚ます事は無い程にグッスリだ。
……ん……おもい。けど、みんなもちゃんとねどこでねないと。かあさんがかえってきたら、『おとなしくしてなかった』って、おこられる、かも。
ズリズリ、ズリズリ
ズリズリ、ズリズリ……
……やっとみんな、はこべた。……おれも、もう……ねむ……い……。
モフッ
1匹だけで他の3匹を寝床へと運んだ子狼だが、流石に眠気と体力の限界であったようで、子狼の内の1匹に凭れ掛かると、そのままスヤスヤと眠り始めた。夢の中でもまだ子狼を運んでいるのか、時折前脚を突っ張らせるように張りながら、必死にシャカシャカと後ろ脚を動かしている。
しばし穏やかな時間が流れていた空間だが、ふいに1匹が目を覚ました事でそれも終わりを告げる。
モソリと起き上がったかと思うと、キョロキョロと辺りを見回し、自分以外に誰も起きていない事に不満そうに鼻を鳴らすと天井を仰ぎ、その鳴き声を響かせた。
「きゅぁーんっ!(つまんなぁーい!)」
甲高く鳴いたその声が洞穴に響くと、次々に子狼達が目を覚ます。
唯一、子狼達を寝床まで運ぶために最後まで起きていた子狼を除いて。
「ふきゅ? きゅーん!(ちび? ちび! おきてってばー!)」
「きゃふん?(ねかせておけば?)」
「ひゃん!(つまんないんだもん!)」
ぐっすりと眠っている子狼の周りでフスフス、キュンキュンと鼻を鳴らして起こそうとする子狼と、それを静かに見守る子狼、さらに少し離れたところで興味なさ気にクァッ! と大きく口を開けて大あくびをしている子狼。
良く見ればそれぞれの子狼の違いが分かる。
最初に甲高く鳴いて、今現在眠っている子狼を起こそうとしている子狼は他の子狼達より大きめの体躯をしており、体の毛色はほぼ灰色1色だ。
ぐっすりと眠った子狼を起こそうと鼻先を押し付けたり、顔を舐めたり、前足で体を転がしたりしているが、完全に寝入ってしまった子狼はそう簡単には起きそうも無い。一緒に遊びたくて必死に起こそうとしている子狼は、ションボリと尻尾と耳を垂れさせていた。
それでも諦めきれないようで、何とか眠っている子狼を起こそうとその場でタシタシと足踏みをしている。
その様子を退屈そうに見守る子狼は他の子狼達より線が細く小さめの体格で、鳴き声も高めだ。
大きく伸びをしたその時に、唯一の雌である事が分かる。
毛色は全体的には薄い灰色をしているがところどころに色の濃い場所があって、グラデーションの様に毛先に行くに従って黒くなっていた。
最初の子狼よりは現実主義なのか、それとも子狼の眠る様子を見てまだしばらくは起きそうもない事を察したか、諦め顔をしながら、未だに必死に起こそうとする子狼の様子を眺めている。
そして今起きている子狼の最後の1匹。
子狼が必死に起こそうとしているのを興味無さそうに眺めているが、チラチラと横目で確認している辺り、本音では遊びたい気持ちでいっぱいらしい。だが、それを悟られるのは何となく嫌なようで、興味が無い振りをしているのだ。意地を張りたいお年頃といったところだろうか。
ちなみに毛色は全体的には薄い灰色なのだが、雌の子狼とは逆に毛先の方が白くなっていた。ついでに言うならば、他の子狼達よりもホワッホワの毛並みをしている。
そして本当の意味での最後の1匹。ぐっすり眠って目を覚まさない子狼は茶色の毛色をしており、3匹の雄の子狼の中では最も華奢な体躯をしている。その体で他の3匹を寝床に運んでいたのだから大したものだ。
灰色の毛並みの子狼に起こそうと色々されても目を覚ます事こそないものの、何かされているというのは感じているようで、鼻筋に皺を寄せたり、時折唸り声を上げている。
「ぅー……(おきないー……)」
「きゃふ(あきらめろよ)」
「ぐるぅー……(だってぇー……)」
良い加減に無理に起こすのを諦めるように諭されるが、やはり諦めきれないようにタッシタシッ! と足踏みを繰り返す。
だが、次第にその足踏みもフラフラと動きが怪しくなり、しばらくするとクタッとその場に倒れ込んだ。その場で見ていればいきなり何事かと思うが、子狼の呼吸に異常は無く、段々と深いものになっている辺りどうやら眠ってしまっているようだ。
他の子狼はというと、やはりウトウトと再び眠りに落ち掛けているようで、時折首がカクッと折れる。
白っぽい毛色の子狼は、その場ですぐにも寝てしまいそうになっているが、雌の子狼は何とか寝床に戻ろうと必死に足を運ぶ。フラフラと足元をふら付かせながらもついに寝床に辿りつくが、僅かに距離が足りず、上半身だけを寝床に乗せたところで力尽きた。
プヒュー、と小さな寝息が洞穴に響く中、モソリと動く一つの影がある。
子狼達が寝静まった中、静かに起き上がったその影はキョロキョロと辺りを見回して、ハフリ……と小さく息を吐いた。
……また、みんなころがってる……。ねどこにもどさないと。
雌の子狼は寝床のすぐ近くに居たので戻すのは簡単だった。
問題は残りの2匹だ。1匹はまだ良い。ほんの少し自分よりも大きいとは言え、そう大した体格差では無い。頑張れば何とか寝床に戻す事は可能である。
だが、最後の1匹。灰色の毛並みの子狼は自分よりも一回り近く大きい。大人の狼からしたら殆ど変わらない位の差だが、小さな子狼からしたらそれは大きな差であった。大きさの違いはすなわち体重に直結する。ただでさえ重いのが寝床から一番遠い場所に転がっているともなれば、ウンザリした気持ちになるのも無理は無いだろう。
「きゅん(……もう、みなかったことにしようかな)」
本気で悩み始める子狼を他所に、自分の目の前で地面にペタッと、全身の力を抜いて寝息を漏らしている子狼は何とも幸せそうな顔だ。
その寝顔に何となくイラッとするものを感じて、ムギュッと頬っぺたを踏んでみる。……起きない。もう1回、今度は強めに踏んでみる。……やっぱり起きない。
それでも踏まれた感触はあるのか、モニュモニュと口元を動かしてはいるが起きそうな気配はかけらも無かった。
その様子に再びハフリと溜め息を漏らしてから、モソモソと寝ている子狼の下に潜り込もうとする。
もちろん、その場で共に寝ようと言う訳では無い。引き摺るよりも、背に乗せて運んだ方が運びやすいかと思ったからだ。
だが、熟睡して完全に力の抜けた子狼の体はクニャクニャと柔らかくて、なかなか体を滑り込ませる事が出来ない。背に乗せようと必死に体を動かすが、寝ている子狼の体がズルズルと移動するだけであった。それも、寝床からは遠ざかる方向に。
しばらく奮闘していた子狼だが、途中で一息入れようと頭を上げたその瞬間、自分達が寝床からさらに遠い場所にいる事に気付いて愕然とする。
自分の見たものが信じられず、思わず足元にいる子狼を見下ろすが寝ている子狼が起きる事は無いし、寝床からの距離が変わる事も無い。
全く想定していなかった事態に、ショックでしばらくその場に立ち尽くしていた子狼だが、やがて気力を取り戻したか再びずりずりと子狼を引き摺り始めた。最初に寝床に移動させた時と同じように。どうやら、背に乗せて運ぼうとするのは諦めたようである。
先程よりも遠い距離、時々休憩を挟みながらも何とか寝床に辿り着いた。
気持ち手荒に子狼を寝床に転がす。どうせ起きないのだから問題は無い。実際に、落とした頭がもう1匹の雄の子狼にぶつかってゴトリと音を立てても、目を覚ます気配は無かった。
ぶつけられた側は小さく悲鳴を上げていたが、恐らく夢だと思ってくれるだろう、多分。
そうして全員が無事に寝床に戻ったのを確認して、再びその子狼も目を閉じる。
……はやくおおきくならなきゃ。おおきくなって、かあさんやみんなをまもるんだ。おれののこっているきょうだいたちを。
……おれは、みんなのにいさんだから、まもらないと。こんどこそ、ちゃんと……。
そう、心の中で決意しながら眠りに落ちる。
この子狼は母狼から生まれた順番としては1番最初に生まれた個体だった。
彼にとっては非常に不本意な事に、後から生まれた子狼の方が大きいのだが。
だが、最初から『兄』という自覚を持っていた彼はつい先日、自分達の弟と妹を亡くした事を気に病んでいた。自然の死では無く、他者から齎された強制的な死である。自分の目の前で病で弱っていた小さな弟と妹が、噛み殺されるのを見ていたその心境たるや如何ばかりか。
それ故に彼は『守る』という事に固執している。まだ小さい彼では、弟妹達を守る事など不可能なのはとうに理解しているのだが。
さらに体の大きさの違いも気にしていた。雌の子狼は自分より小さい。だが、残りの2匹は? 自分より大きいのだ。
自分の方が『兄』なのに、守らなければいけない『弟』よりも小さいというのは、彼にとっては非常に情けないと思う事だった。同時に、悔しいとも感じていた。
今は小さくとも、成長すれば大きくなるだろう。だが、それよりも『今』弟妹達を守れるようになりたかった。
早く、大きくなってみんなを守る。母さんも、弟妹も。
そんな決意を秘めた彼が、自身より明らかに小さくか弱い『弟』に出会うのは、この少し後の事……。
と、いうことで……文章読みにくくて申し訳ありませんでした!
黒いのは精神的には大人なので、思考の中ではスラスラなんですよ。言葉に出すと覚束ないのですが。
と、まぁ若干強引な所もありますが、こんな感じの経緯でチャイロは黒いのに対して超、過保護。
小さくか弱い(笑)弟にメロメロお兄ちゃんです。
22日の追加分は今後も基本的には番外編になりそうです。ネタが浮かばなければ本編になります。
最後までお読み頂きありがとうございました。次話もよろしくお願い致します。




