とても暑い日の記憶
この話を書いている時、世間では花見がどうの、雨がどうのと言っておりますが、話の中ではそろそろ秋。
猫又主も生後6ヶ月半頃となります。
精神的にも、肉体的にも普通の猫より成長早め。子狼達も同じく。
あ~、うあっぢぃ〜……。
何なんだよ、この暑さは……もう夏も終わって秋になろうってのに。これからやっと涼しくなるって思ってたから、余計に暑さが厳しく感じる。
まさか、異世界まで温暖化現象が進んでるとか言うんじゃ無いだろうな?正直なところ、今の時期にこの暑さはありえないらしい。ちなみにこれ、母さん情報な。俺はこっちに生まれ直してからは、この時期は初体験だもんよ。
とは言え、俺は正確な季節はわからんのだけどな。大体で予想してます。
幸いにして、元の世界でも見たような植物とかのおかげで大体の季節は推測出来る。それが同じものなら、と仮定するけどな。
例に挙げるならマタタビとか、マタタビとか、マタタビ。しばらくはあの辺りには近寄らん。
俺の黒歴史ノートに新たなページがまた1枚……ちくしょうっ!! まぁ、実際にノートが存在している訳じゃ無いんだけどな。んなもん、あってたまるか! セルフボケ突っ込み? 知ってる。
いかん、いかん。ただでさえ暑いのに、そんな事を考えてたら余計に暑くなる。
今のは忘れろ。忘れるんだ、俺……っ! 忌々しい記憶め、消え去れ! 俺の頭から消えろ……っ!!
……ふぅ。え? 小芝居? 何の事??
いやぁ、全身毛むくじゃらだというのに、俺の場合は毛色が黒だから余計に太陽熱を吸収しまくる訳なんだよね。
さらに言うならば、1週間位前に一気に冷え込んだ日があってから、俺の毛並みもボリュームアップして冬毛仕様になってたんだぜ。フワサラァッからフワモフサラァッって感じに。
その後の数日間も涼しかったし。だからこそこの暑さが余計にキツイ。
その結果……見ての通りの垂れ猫又の出来上がり。
肉球がペタペタする。少しでも涼しい場所を求めて、匍匐前進的な動きでヌルヌル動き続けてます。
ヌルヌル、ピトッ
ヌルヌル、ピトッ
岩肌とか木の幹にへばりつくとヒンヤリ感でちょっとはマシになる。とは言え、しばらくすると体温でじんわり温まっちまうから、少しの間だけ涼んだら次の場所へと移動しないといけないんだけどな。
うぁ〜……早く日が沈まないかなぁ……。直射日光が無いだけでもかなり違う。
夏は何とか乗り切ったというのに、その後にこんな罠が待っていたとは……。
洞穴に入れればもっと違う筈だけど、何とハイクロに追い出されました。
つい先日洞穴でハイイロとハイシロが大暴れしたせいで、現在洞穴の中は大掃除中。俺のお宝にしてたねずみの尻尾も紛失しました。くすん。俺、完全にとばっちり。
大暴れの原因? ハイイロの寝相の悪さだってさ。息苦しくて目が覚めたら、ハイシロの顔の上にハイイロの尻があったそうだ。何それ、嫌過ぎる。
目の前にハイイロの尻って事ならあるけどな。流石に上は無い。そりゃハイシロも怒るわ。
それにしてもジワジワする。あちゅい。暑さのせいで、口調も壊れてまつ。
ヌルヌル、ピトッ
ヌルヌル、ピトッ
「ワフン(いつからあたしの息子はトカゲになったのかねぇ)」
「ムナァ〜……(だって、暑いんだもんよ……)」
「ワフッ!(おれは暑くないぞ!)」
「ウナァ〜ン……(おれは暑いんだよ……)」
「グフンッ(黒いの弱っちいな)」
「ウニュ、グムニャァ〜……(うるせぇよハイシロ、てめぇも黒く染めてやろうか……)」
ぐでぇ〜と岩肌に懐いていたら、母さんがハイイロとハイシロを引き連れてやって来た。
お説教は終わりらしい。怒られたにしては2頭ともしょげた感じはしないな。わりと普通そうだ。
それにしても、この暑さでも元気一杯のハイイロが羨ましい。
暑さなんて全く感じていなさそうだ。モフモフの癖に……!
あと、ハイシロ。お前の毛色も黒ければきっとこうなるだろうよ……。
ぐにゃり〜ん……
ぅあぁぁぁぁ……。
ハイイロぉ、足先で俺の事をコネコネすんなぁぁぁぁ……。転がる、転がるぅぅ……。
ちくそぅ、暑さにやられて力が出ないから反撃出来ねぇ。てめぇ、ハイイロめ。日が沈んだら覚えていやがれ……あぁぁぁぁ、あっちこっち転がってるぅぅぅぅ……。
今の俺の体、きっと芸術的な感じで変な風に曲がってるんだけど、直す気力も起きねぇ。俺の鼻先に後ろ足があるのは何でかなぁ?
ぐんにゃり、だらりん……
そんな俺の姿を見て楽しそうにしているハイイロが憎い。尻尾ぶんぶん振ってんじゃねーよ。
くそぅ、ハイシロも笑うなっつーの。
コネコネしてくるハイイロに対して尻尾でペチペチ反撃してみたけど、逆に喜ばせただけだったし。遊んでる訳じゃねーよ! 余計にコネコネ、コロコロされた。
うぁぁ、だからハイイロはワフワフしてくんなってーの! 鼻息が暑い! うざい!! あと、重い!!
威嚇しようとしたけどまともな声にもならず、フハァー……と息だけが口から漏れていった。
マジ、つらたん。ゲッソリ。
「ワウゥ……グルゥ?(全く仕方の無い子だねぇ……ふむ、川に水浴びにでも行くかい?)」
「「ワフッ!?(水浴び!?)」」「ミニャッ!?(水浴び!?)」
「グルル、ウォウ、ワフッ(黒いのも辛そうだし、そろそろあたしも体が痒くなってきたしねぇ)」
水浴びと聞いて!
すかさず俺の耳がピンッ! と立った。地面に力無く垂れていた尻尾も、水浴びへの期待にウネウネ動く。きっと俺の目にも生気が戻っているはずだ。体勢は相変わらずの謎体勢だけど。カオス。自分でも把握してません。
暑さなんて関係無いぜ! って言っていたハイイロも水浴び大好きっ子なので、お目目キラキラ、口元ハァハァ、尻尾ブンブンと大忙しだ。
ハイシロも一緒になってブンブカ尻尾を振っている。
あぁ……ハイイロ、もっと力一杯尻尾振って。尻尾を振り回してるおかげで丁度良い感じの風が……。あててててっ!? 尻尾がバシバシ顔に当たるっ!
尻尾から生み出される風に当たろうとしたらうっかり近付きすぎたらしく、顔面に盛大に尻尾ビンタを受けた。しかも連打。
そのまま尻尾の勢いに負けて、コロコロと地面を転がる。再びぐんにょり、へにゃり。
ペターッと平べったくなって地面にへばり付く。
ほへぇ〜、怠い……。
「グゥゥ……ウォフッ(重症だね……早く支度をおし)」
「んみゃあぅ……(母さぁん、運んでぇ……)」
「ガフッ(自分で何とかおし)」
ぐんにゃりしたまま母さんにおねだりしてみたけど、アッサリと却下された。母さんのケチィ……。せっかく可愛い声まで出したのに。猫撫で声とはこの事なり。
そんな俺を無視して、母さんは洞穴に入って行く。チャイロとハイクロにも知らせに行ったのだろう。2頭とも汚れているだろうからちょうど良いしな。
地面にペターッとへばり付いたまま、上目遣いでハイシロを見つめる。見つめる。……ひたすら見つめる。
あ、ハイイロは視界に入って来ないで下さい。今はお呼びじゃ無いんで。
ハイシロに目を逸らされてもじ――――っと。
ハァ……
「グルゥ(運べば良いんだろ)」
さっすがハイシロ! 期待に応えてくれる男だと、俺は信じていた!!
地面に伏せて背中に登りやすくしてくれるハイシロの好意に甘えて、ニジニジと這いずり近付きよじ登る。
ヌルヌルっとな。
「ワフッ(動きがきめぇ)」
……そりゃ無いぜ、お兄ちゃん。俺も自分でやっててきめぇって思ったけど。ヌルヌル動く猫とか、嫌だ。
「ワォンッ!(黒いの! おれが運んでもいいぞ!)」「ミ(断る)」
即座に拒絶。
ハイイロがガウガウ文句言ってるけどさぁ……いやぁ、普通に断るだろう。
だっておまえ、いつもの行動を思い返してみろよ? ワフワフ、ガウガウあっちこっち跳ね回るわ、走り回るわ。
あっという間に吹っ飛ばされるのがオチだぜ。もう少し行動が落ち着いたら頼んでやってもいいがな?
「ガゥー(黒いののケチー)」
「ミャッ(ケチジャねぇよ)」
「グァウッ(お前はもっと行動を落ち着かせろよ)」
全くもってハイシロの言う通り。もう少し年相応に落ち着いてくれよ。
「……ワフ(……黒いのってば、何してるのよ)」
「ンミー(運ばれてるー)」
「グルゥ(全く、この子は)」
「ウォフッ(……黒いの、オレが運ぶか?)」
ん? んー……チャイロなら確実に運搬という名目では安心出来るんだろうけど、正直なところ、今の暑さで弱った俺にはハイシロのモフモフ感が心地良い。体温はじっとり熱いんだけどー。流石に乗せて貰ってる身で文句は言えません。
「ミャフゥ……(モフモフ暑い……)」
「グゥ(失礼なやつだな)」
おっと、口に出てたのか。正直すまんかった。あぁぁ! 下ろして欲しいなんて思ってないから、このまま川まで運んでぇぇぇぇ!!
振り落とされないよう、がしっとしがみ付く。
下りねぇぞ、俺は!
うなれ、俺の上腕二頭筋っっっ! もっと熱くなれよぉぉぉぉ!! あ、だめだ。俺が死ぬ。
グデン……
「ガウ(しゃぁねぇな)」
「ウミャ!(感謝!)」
「クフン(黒いのってば、しょうがないわね)」
「グルゥ(ほら、お前達。行くよ)」
「「「「ワフー((((はーい)))))」」」」「ミャー(れっつごー)」
***
そんな訳でやって来ました、川! 此処は何度か来ているんだけどな。
早速ハイイロが川に飛び込んでて、予想通りすぎる行動なんだぜ。
そんなハイイロを見て溜め息を吐いているチャイロはマジ苦労人。すんません、俺もちょいちょい迷惑掛けてます……。
「ワゥ(下ろすぞ)」
「ミャー(ハイシロ、ありがと)」
スッと地面に伏せてくれたハイシロの背中から、再びズリズリと這いずり下りる。腹に当たる毛の感触がこそばゆい。
「ガウッ!(だからきめぇっつぅの!)」
ブルブルッ、ポイッ! ボテッ……
下りてる途中で振り落とされました。酷い、けど痛くは無い。
落とされた体勢からゴロンと仰向けになる。そのままボヘーっと空を見上げる。
あぁ……空が青いな……。
ぬっ
「ワフッ(何をやってんだい、お前は)」
あ、母さん。
視界が母さんの顔で埋まりました。ちょうど手の届く位置だったので、そのまま鼻先にしがみ付く。
しがみ付いたまま、目を合わせてドヤ顔。
ドヤァ……
おぐぅぅぅ!? そのまま地面に押し付けるのやめてぇぇぇぇ! あんこ出ちゃう!?
降参! とばかりに両前足を離す。へそ天&大の字。
そしたら母さんも押し付けるのをやめてくれた。
そのまま鼻先でコロコロ転がされて川の浅瀬に落とされる。
うぁー、ヒンヤリするぅ……。極楽、極楽。
温泉に入ったカピバラの如く、浅瀬の岩にアゴを乗せてマッタリとな。ふはー、水も岩も冷え冷えしてて気持ちいー。
そんなヒンヤリまったりしている俺の横に、チャイロが腹を水に付けながら横たわる。
全身浸からなくていいのん? 暑くない?
ちなみに俺の場合は、浅瀬のところじゃないと沈むから此処で良いんだ。……人間の時は泳げてたんだけどなぁ。平泳ぎだと浮くのに、クロールすると沈んでいくんだけどな。何でだったんだろうなー?
「ワフ(……後でな)」
そか。
言葉少なく答えるチャイロに尻だけ寄り掛かる。頭は岩に乗せたまま。
はー……ヒンヤリ、まったり。
視線の先ではハイイロとハイシロが犬掻きで泳いでるし……狼だから狼掻き? まぁ、犬掻きで良いか。
ありゃ、完全に遊んでるな。楽しそうで何よりだ。
母さんとハイクロの女性陣……女性? 雌、陣?
……うぉっと!? 何か凄い寒気したから女性陣にしておこう、うん。
女性陣は正しく水浴び中だ。体を水に沈めては、水の中で体を揺すって体の汚れを落としているらしい。
お互いにモフモフと汚れが落ちたか確認している。
俺も後でやろう。そろそろ俺も、体がジャリジャリしてきてたんだよな。
今はもう少し涼んでからだけど。ふはぁ~……極楽ぅ……。
バッシャーンッ!!
うぎゃっ!?
「ガウッ!?(……黒いの!?)」
ゲッホッ、ゲホゲホッ!!
突然襲い掛かってきた水飛沫に激しく咳き込む。
うっかり水の勢いに巻き込まれて川の中心に流されかけたけど、チャイロがすかさずキャッチしてくれたから流されずにすんだ。チャイロが近くにいてくれなかったら……と考えるとちょっと怖い。沈むぞ、確実に。
「ワ、ワウゥ……(く、黒いの、ごめん……)」「グルゥ……(その、悪い……)」
俺が咳き込んでいるのに気付いたハイイロとハイシロが謝って来た。
遊びに夢中になっている間のハイイロとハイシロは周囲が見えていない事が多いんだけど、よく気が付いたな……って、あ。2頭の背後で母さんが牙を剥いている。良く見ればハイクロも体を低くして、いつでも飛びかかれそうな体勢を保っていた。
そりゃ2頭も謝るわ。怖いもん。……っと、いかん。このままにしておくのは良くないか。
「ゲホッ……ミギャァ(げほっ……何とか無事、だけど)」
「「ワゥン?((だけど?))」」
水を全身から滴らせながらハイイロとハイシロに近付……こうとしたけど、そっち深い。ちゃいちゃい、と手招き。今の俺は招き猫。うし、来たな。
ダブル猫パンチッ!!
「「キャインッ!!((いてっ!!))」」
フンスッ! と鼻息1つ。
あ、鼻から水出た。鼻水じゃなくて、本当に水だからな? ただの水。
「フシャ――ッ!!(遊ぶなら、迷わくかけないようにやれ!!)」「「ヒャインッ!((ごめんなさいっ!))」」
フーッ! と毛を逆立てたいけど、びしょ濡れなのでどう頑張っても毛が立たない。ぶるぶるっと振り飛ばして、顔も前足でくしくし、と。
視界の端っこでしょぼくれてるハイイロとハイシロが見えるけど、しばらく反省してろっての!
あー、最後の最後でぐだぐになったけど。まぁ、涼む事は出来たし……良しとするか。
びしょ濡れになったついでに全身洗っておこう。
チャイロー、一緒に洗いっこしようぜー?
入浴サービスシーン! 全裸祭りですよ!
そもそも獣ですので、最初から全裸です。
猫又主は濡れる事には忌避感無し。元人間なので。
むしろお風呂に入りたいなぁー、とか考えてみたりしています。
以下、小話。
「キュゥン?(黒いの、何しているの?)」
「ミャァー(水あっためてるー)」
「グル?(なんでわざわざ?)」
「ミゥー?(何となくー?)」
はい、今の会話で分かるかもしれないけど、ただいま俺の発火能力で水を温めてお風呂にならないか挑戦中。
火の付いた尻尾をチャポン、と川の近くにある水溜りの中に突っ込んで、水がお湯になるか実験中です。
温泉入りてぇ~! 温泉まんじゅう食べたいなぁ……。じゅるり。
んー。みんな集まって来たし、実験始めてからだいぶ時間も経ってるし、そろそろどうかなー?
チャポッ
前足を水溜りに突っ込んでみたけど、特に温かくなったようには感じない。
葉っぱとかは燃やせるのに、水は温められないのは何でだろう。水の量が多すぎたのか?
むー、とその場で考え込む。尻尾ぐねぐねハートマーク。
もう気にしないもんね、けっ。
「ワフッ(何してるんだい)」
「ミャ(実験中)」
「グゥ?(実験?)」
「キュン(水を温めたいんだって)」
フゥ……
「ワフン、ワウゥ(やれやれ。時々妙な事を考え付くねぇ)」
ドキッ……
母さんのセリフにちょっとドキッとした。
俺の中身は人間だから。
それが知られた時母さん達がどんな反応するかが怖くて、未だに前世の事は言えていない。
その内話したい、とは思ってるんだけど……このままだといつになるか分からないな……。
何となく落ち込む。
「ウォフッ(そろそろ帰るよ)」
「「キューン(えー)」」「キャフ(はーい)」「ウォフ(……分かった)」「ミ……(うん……)」
「グルゥ?(ご飯抜きでも良いのかい?)」
「「ウォフッ!(すぐ帰ろう!)」」
……変わり身早いね、君ら。羨ましいぜ。
けど俺も腹減った。今日の獲物、何狩るのー?




