殺しデビューと絆が深まった記憶
自活出来るように練習が始まりました。母さんはわりとスパルタです。
時々その場のノリで。
本日2回目の投稿となります。22時に、もう1回あります。
さてさて、さらに日数が経ちまして。
俺今2ヶ月ー!
そして、季節もすっかり春でございます。風も陽射しも暖かく心地よい季節になりました。鳥の鳴き声も耳に優しく、地面には色とりどりの花が咲き乱れております。が、別の意味でも乱れております。
所々掘り返された場所があるのはキニシナイ。
それにしてもさ、花の香りが漂って来ると気分良くなるよな。まぁ、もっとも
血の香りも混じってるんだけどさ。
そんな俺の目の前には、尻尾を途中から食い千切られた挙句、デロンと口から舌をはみ出させ、苦悶の表情と口の端に血の泡を浮かべながら事切れた『ネズミの死体』がある。
……殺っちまったぜ。
本日、立派にネズミ殺しの称号を預かる事となりました、私『黒いの』です。
お巡りさん! 俺、そんなつもりはなかったんです……出来心だったんです。信じて下さい……!
とは、とてもじゃないけど言えない程の計画的殺害です。何しろ、獲物を連れて来たのは母さんだから……。
さて、ここまで言えばお分かり頂けただろうか。
狩りの練習始めました。
冷やし中華始めました、位の気軽なノリで始まったこれ。きっかけはやっぱりあの惨事だったんだよな。
あれを間近で見てた母さんが、ひょっとしたらストレスが溜まっているんじゃないかと。まだ実践は早いけど1度試しにやらせてみるかと。それで、いつも通りに練習していたハイクロから呼ばれて行ってみたところ、惨劇の準備が整えられていた、という。
気を使ってくれてありがとう。
でも余計な事しやがって、ともちょっとだけ言いたい。
まぁ、そんな訳で俺も立派に狩デビューを果たした、と言って良いのかな。正直なところ、無我夢中だったから殆ど何も覚えていないんだけどな。
正気に戻ったのは、口の中で『ぼりゅん』とネズミの首の骨を噛み砕く音が聞こえた、まさにその瞬間だったから。
その前は、母さんが押さえ付けてたネズミが俺に飛び掛かって来た瞬間な。あの後記憶が飛んだ。
そんな事を思いながら呆然と立ち尽くす俺を不審に思ったのか、チャイロ達が話しかけてきた。
「ウォゥ、キュン(……黒いの、どこかけがでもしたのか?)」
「んみ(けがはしてない……)」
「ウォフッ、ウォゥグルゥ(前の動きは見ていたからイケると思ったけど想像以上だったね。初めての狩りにしちゃ上出来だよ)」
「キャフッ!(黒いの、かっこよかったわよ!)」
「ワフーッ、ウォフッ!(くろいのすごい。かるの早い!)」
「ふみぃ(ありがとう……)」
やっぱり半ば呆然としつつ、みんなの声に答えていると
「グゥ、ウォフッ(黒いの本当に大じょうぶか? 何かボーっとしてないか??)」
と、ハイシロが聞いてきた。
ふおっ!?
お、おぉ。ハイシロのおかげで、やっと本当の意味で正気に戻ったわ。
「み、んみ(ありがとう、だいじょうぶ。まだちょっとぼーっとしてただけ)」
「ウォフッ(ならいいや。よくやったな)」
おぉぉぉぉ……何か、凄えモジョモジョする。何か、こう小っ恥ずかしいと言うか、晴れがましいと言うか。うぉぉ! 何か凄えモジョモジョする!!
「ウフッ、クフン(黒いの、しっぽがすごくグネグネしてるわよ)」
ちよ、分かりやすい尻尾やめぃ!?
「グゥ、ウフー(妙に達観してる割には、時々ちゃんと年相応だねぇ)」
「ウォゥ(……てれてる。かわいい)」
「ウォフッ、キュフー?(かあさん、『としおうおう』ってなに?)」
「グフ、ウォンッ(ちょっと惜しかったね。まだ子供って事だよ)」
「キャウ、グゥ(おまえも本当は『としそうおう』になった方がいいけどな)」
「クフン?(おれまだ子どもだよ)」
「ガゥ(そうじゃねぇよ)」
……うぉぅ。初めての狩りの緊張感がジャブジャブ洗い流されて行くわ。まさか、全員それを狙って……、る訳ないな。うん。
まぁ、何はともあれ無事? 狩りデビューは果たせたかな!
んで、この後コレはどうするのん?
「ヴォフ(お前が食べるんだよ)」
……うぇい!? ちょ、マジで!?
「グルルゥ、ヴフッ(何をそんなに驚いているんだい妙な子だね。当然だろう?)」
ぇ、と。当然なの?
「ぅにゃぅ(おれがたべるの?)」
「ウォン、グル(当たり前だろう?お前が)「キャゥン!(いらないならオレがたべるよ!)」ガゥッ(お黙り!)」「フキュン……(はぁい……)」
「グゥ、グルルゥ。グウォゥ(言い直すかね。お前が狩った初めての獲物だ。ちゃんと、お前が、お食べ)」
おぉぅ、かなり強い口調だな。残念な事に拒否権は無さそうだ。……自分で殺した獲物は自分で食えって事で良いのかな……?
「グルゥ、ワフッ(それも無くはないけどね。1番の理由は『知る為』だよ)」
……『知る為』、ね。意味深だな。
「ひにゃぅ(もっとはっきりしたりゆうは?)」
「グフ、ゥワフ(自分で考える事も大事だよ。それと、お前の言う事も間違いじゃないさね。群れで暮らすならまた別だが)」
「んにゅ……(むれか……きはすすまない)」
「ウォンッヴォフ、ヴァゥッ(なら余計にちゃんと食べないとダメだろう。群れがなければ自分で狩るしかないんだよ?)」
「……み(……それもそうか)」
確かに母さんの言う通りだ。群れに所属する気が無いなら、自分で獲物を狩って食べるしかない。俺が将来的にどうなるか分からない以上、獲物を自分で殺すのは必須か。
「グル、ウォフッ(……黒いのはこのままおれたちのむれにいればいい)」
「みぁぅ、みゅ(ありがとうちゃいろ。でもおれちゃんとくわないと)」
「グルルル……(黒いのはおれたちといるのはいやなのかよ?)」
ハイシロがそう聞いた瞬間からチャイロの視線が痛い。やめて、刺さる。だから、近いって。凄く近いから。
やめて、そんなに見ないで。見な……見るなっつーの。
グイ
「キャィン!?(……!?)」
ちょっと鼻先押しただけなのに、凄く驚いた声を出された。驚いた時は俺もガン見するよ? 場合に寄っては2度見だってするよ? けど、鼻息感じる距離でのガン見は流石にねぇよ。
「グゥ、ゥヮフ(チャイロは見すぎ。黒いのもおこるわよ)」
「ぅな(おこりはしないけど、こまる)」
「ウォンッ(だろうな)」
あ、しょんぼりした。でも流石に今のはフォローしねぇぞ。勢い良く押した訳じゃないし、爪を出した訳でもない。
ん? あぁ。そういえば、その前の会話の説明をしてなかったか。んー、長くなりそうだな。
俺も色々考えながら話してみるか。
——えーと、だな。まず、俺がお前達と一緒にいるのが嫌だって事はない。だけど、今後どうなるかは分からないだろう?
いや、だから……まずは聞け。聞けっての。
まず、お前らは狼だ。んで、俺は猫又だよな。えーと、さ、ちょっと聞きたいんだけど、猫又が何年位生きるのか、母さんは知ってる? あぁ、うん。正確な年数は分かんないんだな。でもありがとう。
とりあえずは、普通の猫よりずっと長生きするって事は分かった。でもさ、いくら長生きするって言っても、いつ死ぬかなんて分からないよね? それは、俺の事に関してだけじゃない。例えば母さんだってそうだ。ちょ、ま! ハイクロ怒るなって! 例えば、の話だ。
良いか、怒るなよ? 『例えば』母さんが、怪我をして死んでしまったとする。いや、だから……あぁ、ありがとうハイシロ。うん、話続けるぞ。で、母さんが急にいなくなってしまえば俺達はどうしたら良いと思う?
どうやって自分達を守る? どうやって飯を食えば良い? 獲物を狩るにしても、それはどうやって見つける?
ハイクロは分かるか? じゃあ、チャイロは? うん、まずは知らないと何も出来ないよな。
獲物を食べる事だってそうだ。例えば、この骨を食べると喉に刺さって死んでしまう、とか誰にも教えて貰わなくても分かると思うか? 無理だろう?
狩りで獲っても全部が全部食べられる訳じゃないよな。食べると死ぬから食べない。後は単に不味いから食べないってのもあるだろうけど。後は堅くて食べられないとか。
それらは知ろうとしないとダメだ。ただ、人から教えられてるだけじゃダメだ、と俺は思う。俺も色々な事を知らないし、教えてもらう事ばっかりだけどさ、自分でも色々考えたり、母さんに聞いたりしてるの知ってるよな? うん。俺に取っては今回のコレもそうなんだ。
とにかく俺は、知らない事は怖い。だから将来困らないように色々な事を知っておいたり、やってみたりしたい。……怒られるのは嫌だけどさ。んぬ、笑うなって。
安全な状況で色々試せるのは、ある意味今だけなんだから。だからさ……——
「んにっ、みぁう(おれは、おれがやれることはやっておきたいんだ)」
はぁ……凄え喋った。喉カラカラ。
そもそも、俺はシリアスな雰囲気嫌いなんだよ。なのに、何でこんな説教じみた事をしてるんだか。
「ウォンッ(驚いたね)」
「みゅ?(かあさん?)」
「グルゥ。グァウ、グルルゥ(随分と聡い子だとは思ってたんだが。まさかこんな子供が此処まで考えられるとはねぇ)」
「……にぅ(……きもちわるい?)」
「ウォフッ(いや、感心したよ)」
……うっかりしてたけど、今のは全く子供っぽくなかったよな。チャイロ達に不審がられた可能性はあるけど……まぁ、仕方ない、かな。
此処に留まるとしても、俺に知識が必要なのは間違いないんだから。
何と言っても人間から猫への生まれ変わりだ。この先『人間』のままの感覚で居続けたら、その内大怪我するか、悪くするとうっかり死ぬだろうし。
猫ならタマネギとか、チョコレートとか毒だもんな。あるかどうか知らないけど。
フゥ……
「んみゅ(ちょっとみずのんでくる)」
「ガウ(気を付けて行っておいで)」
……母さん以外は全員固まったまま、か。コレはガチでやらかしたかな。
「ンキュー(おれも水のみにいくー)」
は?
ある意味覚悟を決めながら歩き出した俺の足が止まった。いや、流石に水を飲みに行ってそのままいなくなる気はなかったけどさ。
自分も水を飲むと言い出したハイイロはホタホタと歩き出すと、俺の前まで来て『行かないの?』と言うように首を傾げた。え、まさか、一緒に行く気なの?
「なぅ、に?(えーと、ハイイロ?)」
「キュ?(なにー?)」
「んみゅ、にぁ(いっしょにみずのみにいくき?)」
「ふきゅ(そだよ)」
えー……マジでか……
「ひにゃぅ(おれと?)」
「キュ?(だめ?)」
「に……(ダメじゃねぇけど……)」
「ンッキュ(んじゃいってきまーす)」
え、ちょ。俺の体を鼻先で押すな。自分で歩けるから……っ。って、ちょ、ま! 倒れる! 倒れるっつーの!!
***
俺達が普段使ってる水場は洞穴のすぐ脇にある——この水場があるからこそ母さんはここを住処と決めたのだと話していた——ので、俺のような子猫でも気軽に水を飲みに行ける。洞穴の入り口を横に曲がり、少し歩くと到着だ。
岩肌を極小さな流れが滴り落ちている。流れの先の地面は岩が凹み、ちょうど良い受け皿のようになっていた。それ程大きくはないものの、俺の体なら肩位までなら浸かれるかな? といった具合の大きさと深さだ。
流石にここで水浴びする気は無いけどな。
水場の縁に前足をかけて、後ろ脚で立ち上がるようにしながらテチテチと水を飲む。チラッと横を見ると4つ足のまま、首だけ伸ばして水を飲むハイイロが居た。……こいつ何気に兄弟の中で1番デカイよな。
……はふ
「キュ?(どしたの?)」
「み(どうもしてねぇよ)」
「ゥキュ(なんかきげんわるい)」
「ぅみ(……そうかな)」
ちょっと意外だ。まぁ、こいつは本能で生きてるっぽいからな、勘は1番鋭いかもしれない。大概それが明後日の方向いてるだけで。
何と無く遠い目になりながら半目でハイイロを見ていると、ハイイロもまた尻尾を振りながら俺の事を真っ直ぐ見ていた。その事に軽く驚く。
「ワフッ(くろいのはさ)」
「……っ、み(……っ、なに?)」
急に話しかけられたから更に驚いた。
「ウォフッ(いつもいろいろなことかんがえているよね)」
「……み(……まぁ、な)」
「ウォゥ(くろいのはすごいね)」
「…………」
突然の称賛である。え、なんで?
「ワフッ、ウォン(おれはあたまわるいからさ)」
お、おぅ。……何も言うまい。
「ウォフッ、ワフン(さっきはなしてたのもよくわからなかったけどさー)」
「ワゥワゥ、ウォフッ(かんたんにいうと、いろいろおぼえとけってことだよね?)」
「んみ(まぁ、だいたいは)」
「キュン、キャフ(かあさんからもよくいわれるんだけど。おれおぼえるのにがてみたいだから)」
……まぁ、よく俺や母さんの言った言葉を変な風に聞き取ってたりするよな。一応その都度突っ込まれてるけど。
「ワゥン、ウォフッ(だからおれは、このままくろいのがいてくれたほうがいい)」
……っ!
「ウォゥ、ウフッ(かんがえたりおぼえたりがダメだからってわけじゃなくて。おれがくろいのがすきだから)」
「ウォンッ!(これからもいっしょにいよう!)」
突然のハイイロの言葉に声も出なかった。ただ固まったままの俺の顔をハイイロが舐める。……俺、泣いてた?
そのまま俺の涙が止まるまで母さん達の所には戻らなかった。もっとも涙が止まる頃には、俺の顔はよだれ塗れだったから水場に戻って顔洗って来たけど。
母さん達の元に戻った俺達を3匹の子狼が一斉に見る。思わず体がビクッと震えた。
それを知ってか知らずか、3匹が団子になりながら突進して来る。え、ちょ、ま!? うぐぇっ!?
「ウォンッ!(黒いの、おれはこわくないからな!)」
「キャゥ、ワフッ!(あたしだってそんな事思ったりしない! 黒いのはあたしの弟なんだから!)」
「グゥ、ヴァゥッ(……おれたちの弟。いなくなるのはゆるさない)」
ぐっちゃぐちゃのデッカい団子になりながら一気に捲し立てられる。
ちょ、えー……母さん何言ったの、と母さんを見るとニヤニヤととても悪い顔でこっちを見ていた。……おい。
1匹だけ団子から逃れていたハイイロだったが、俺達の様子を見てソワソワし出すと、少し後ろに下がる。
……って、ちょ、おい、冗談だろ。やめろっ!?
「きゃぅぅぅぅん!!(おれもまぜてぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!)」
助走付けて飛び掛かって来るんじゃねぇよ、ぼけぇぇぇぇぇぇぇ!!!
……本日未明、◯◯町付近の森の中でネズミの惨殺死体が発見されました。
発見時の状況は地面に被害者が首を折った状態で倒れており、全身の複雑骨折に加え、体の一部が切り離されていた、との事です。
殺害当時、現場に居合わせた目撃者によると「とてもじゃないけど、止められるような状態じゃなかった」「以前にも同様の事があり、心配していた」との証言を得ています。
また、被害者は近所に住む住人で、加害者との面識はなかったそうです。
加害者の供述によると「何も覚えていない。気が付いたら死んでいた」と発言しており、当時心神喪失あるいは心神耗弱状態だったと推測されます。今後は事故と殺獣の両方での可能性で捜査が行われる予定です。
現場からの中継は以上となります。この後はスタジオにお返しします。スタジオのもふぷにさん。もふぷにさん、聞こえていますか……




