人の頃の記憶
はじめまして or お久しぶりです。
今回は連載に挑戦、という事で猫又主でお送りさせて頂きます。
短編よりもモフモフ増量ですが、1話目ではモフモフ要素はありません。申し訳ありませんが、3話目までお待ち下さい。
それと、1話目〜3話目はシリアス&鬱展開要素多目です。申し訳ありません。ご不快な方はブラウザを閉じて下さるようお願いします。
連載版もよろしくお願い致します。
話しをしよう。あれは今から1年……いや、2年前だったか。
気付けば俺は獣に生まれ変わっていた。
何を言ってるかわからねぇ? 安心しろ。最初は俺もそうだった。その内慣れるさ。
まずは、そうなった経緯から話そうか。いや、その前に俺の事について話しをしよう。今の俺の話しじゃない。そんなのはこれからいくらでも語れるのだから。
生まれ変わる前の、『人間』として生きていた時の俺の話しだ。
聞いていてつまらないかもしれないが、お付き合い頂けるとありがたい。……聞いてくれるのか? ありがとう。少しの間、付き合ってくれ。
それじゃあ、始めようか。
***
「おい、玄野! 悪いが、次の会議で使う資料出来てるか!?」
「すいません! あと20分程かかります!」
「悪いな、急かしちまって。くっそ、会議室使う順番は決まってるってのに、無理矢理ねじ込んで来やがって!!」
俺のデスクの横で怒り狂っているのは、職場の先輩の足立さんだ。見た目は身長190超えの、ガチムキマッチョな強面だが、頼れる兄貴分で他の部署の人達にも頼りにされている。
ついでに実は隠れた無類の猫好きで、スマホには愛猫と野良猫の写真がみっちり詰まっている。
俺も配属当初は見た目でビビっていて、用がない限りなかなか話しかけられなかった。
だが、ある時、俺のデスクの横を通り過ぎた時に落ちたパスケースの中身が見えて、それ以来普通に話せるようになったのだ。
何故なら、パスケースの中身はフワフワモッフモフの長毛垂れ耳マンチカンのとんでもない美猫の写真だったからだ。
俺も無類の猫好きである。
猫好きに悪い奴はいない。世の真理だ。
おっと、そうこうしている内に資料が出来た。
「足立さん、コレ」
「悪かったな、今回の埋め合わせは今度必ず」
「んじゃ、今度遊びに行って良いですか?」
「おう、是非来てくれ。うちの子も喜ぶ。おっと、そろそろ準備しないとな。じゃあな」
「うい。楽しみにしてまっす」
「俺ん家に遊びに来るばかりじゃなくて、彼女にも会いに行ってやれよ? 猫と女は拗ねるとめんどいからなぁ」
ぐっはぁ!
「すいません、俺、半年前にすでに振られました……」
「うお!? マジか? ……おぉぉ、マジなのか。いや、本気ですまん……」
「いえ、もう気にしてないんで。足立さんも気にしないで下さいよ。それより時間大丈夫ですか?」
「ぬぅぉっ! やべぇっ!! 今度こそ行ってくんぜ!」
「うぃーっす。俺も次の仕事にかかります」
ゴツゴツと大きな音を立てながら足立さんが部屋を出て行く。あの人、背だけじゃなくて足音もデカイよな、と思いながらパソコンに向き直った。
さっき、足立さんに気にしてないって言ったのは本当だ。まぁ、時々思い出した時にはちょっと落ち込んだりする時もあるけどさ。
ちなみに振られた理由は『俺が忙しすぎるから』だそうだ。それでもなるべく時間を作って会ってはいたんだけどね。まだ不満だったらしい。誕生日とかのイベントはきっちりしてたんだけどなぁ。
俺の彼女は、いや、『元』彼女は同じ会社の別の部署にいる子だ。ちょっと気が強いところがあるけれど、普通の子だ。いや、まぁ……時々ちょっと強引というか、その、なんだ。とある場合は結構積極的だったり……。
うぉぉぉぉ!! 今はこれ以上思い出すな、俺!
煩悩よ、退散なさしめ給え!
……仕方ないじゃん、俺、年頃の男の子だもん。
おぇ、自分で言ってて気持ち悪かった。今の発言は忘れよう。やるんじゃなかった。
ゴホン、その元彼女は現在、これまた別の部署の同期と付き合っているらしい。俺と別れてすぐだったから、そろそろ半年位?になるのかな。
うん、別れてから結構経つんだなぁ。相手の男の事は顔くらいしか知らね。話した事ないし。
ん? けど、あの男、別の女の人と付き合ってなかったっけ? そんな話しを聞いたことあるけど。
そういえば前、街中で見かけたことがあったが、すらっとしたすんごい美人さんと一緒だった。あの女性を猫に例えたらエジプシャンマウ。この猫もまた超美猫。あぁ、猫飼いたい。けど、アパートはペット禁止だからなぁ。
まぁ、こんな感じの毎日で、だいたいは順風満帆だった。
あの日までは。
***
うぉぉぉぉぉ……すげぇ、ねみぃ。
うっかり昨日は徹夜したせいで、今、すごくねむいです。まぁ、眠いのは自業自得なんだけどな。
仕事で徹夜、とかじゃなくて。なーんか最近、夜寝られないんだよな。おかげで昨日はネットが捗ったけど。
……別にいかがわしいサイト見てた訳じゃないですよ? 健全も健全。世界各種のモフモフ猫画像を見漁ってました。
おかげで画像フォルダがさらに充実した。
まぁ、そのせいで徹夜になった訳だけど。
くあぁ……ねみ。
他に誰がいる訳でもない自分の家だから、人目をはばかることなくアクビをする。あー、ねみぃ。
とりあえず、と。朝はパンで良いか。
食パンに軽くバターを塗って、適当に切ったバナナを乗せる。全体に粉状のブラウンシュガーを振ったらトースターに投入。焼けるのを待ってる間に牛乳をグラスに入れて、プレーンのヨーグルトを出して、と。お、焼けた。
先に1口だけ牛乳を飲んでから焼けたパンを皿に乗せる。仕上げにメープルシロップをだっばだばかければ完成。あ、ヨーグルトにハチミツは鉄板な。スプーンで掬ってだぼっと入れる。うん。甘い。
「さて、そんじゃいただきます」
ザクッと1口。焼けて少しとろっとしたバナナが熱くて軽く舌を火傷した。猫舌なんだよ、悪いか。
そういえば、猫舌の人が熱いものを食べる時は、舌先を下の歯の裏側に押し付けて食べると良いってテレビで言ってたけど。試してみたら普通に火傷したよ、どういうこと??
もっぎゅ、もっぎゅ
食べ始めたら無言で食べる。1人の食事はもう慣れたものだ。母親は物心付いた時には既にいなかった。俺と父親を捨てて出て行ったらしい。
その父親も、俺が高校生の時には再婚して、今頃は新しい奥さんと仲良くやってるのだろう。俺? 高校入ってから1人暮しを続けてる。元々、父親とは疎遠だったし。
互いに無関心な親子。それがウチの『普通』だった。だから、世間一般の『普通』の親子に憧れた事もある。……もう、昔の話しだけどな。
さて、ごちそうさまでした。
食器を片付けながら、ふと思う。……何か後味が変だったような気がした。牛乳かヨーグルトの賞味期限切れてたっけ?
皿をザブザブ洗った後は、歯を磨いて、髪を整えて。スーツを着て、ネクタイを締めれば準備完了。忘れ物はないな。うし。
行って来ます。
「おはようございます」
「おぉ、おはよう」「「おはようございます」」「おはよう」「うーっす」
会社に着いたらまず挨拶。挨拶は基本だ。……って、誰だ最後の。何だ、足立さんか。
ふいっと顔を向けたら目が合った。と、思ったらキュッと眉間に皺を寄せた足立さんが足早にこっちに来る。
……え。俺何かやらかしたか?
ズン、ズン、ズン、ズンッ
目の前で止まる。
相変わらずデカイな。そんな事を思いながらボケっと見上げる。
眉間の皺が、益々深くなった。えぇ、何。
「なぁ、玄野。何か顔色悪くないか?」
ぅ、気付かれるとは思わなかった。俺は隈が出来にくい体質だから、3日位の徹夜なら気付かれないんだが。
「あー、すいません。ちょっと最近寝付けなかったのと、昨日はうっかり徹夜しちゃいまして」
「寝付けないって……ひょっとして、体調でも悪いのか? そんな状態なのに徹夜なんかするなよ」
はい、ごもっともです。
「あー……ホントすいません。昨日は全く寝付けなくて、とりあえずネットしてたらそのまま……」
「おい、なんだ? まさか、いかがわしいサイトでも見てたってのか? お前もちゃんと男だったんだなぁ……」
ちょ、違いますー。それに、そんな事をしみじみ言わないで下さいよ。
「違いますって。猫画像巡りしてました。これ、個人的お勧めなサイトのアドレスです。どこも美猫揃いですよ」
「お、マジか? 後で見てみるわ」
「是非どうぞ。特にココがお勧めでした」
「おぉぉ……!」
「あ、あとココには書いてないですけど……このアドレスですね。ちっちゃい可愛い子が勢揃いでしたよ」
「マジか、たまんねぇなぁ!」
「いや、ホント興奮しちゃいますよ。俺、サイト見ながら鼻息荒くなってましたもん」
「くぅぅ〜! 早く仕事終わんねぇかなぁ!!」
ヒソヒソ
(あの2人って、会話の流れだけ聞いてるといかがわしく聞こえるのに、実際はアレってどうなの?)
(まぁ、平和な証拠って事で良いんじゃない? 朝から下ネタ話されるより良いじゃない)
(でも、時々心配になるのは何でかしら)
((((分かる))))
ヒソヒソ
ん? 何か言った?
何か聞こえた気がして、クルッと後ろを振り向くも全員普通に仕事の準備をしている。
あ、やべ。俺も急がないと!
クラッ
んん? 何か今、揺れた??
…………。……気のせいか。よし、仕事仕事。
***
うーし、仕事終了。退勤、たいきーん。
今日も普通に忙しかった! 普通に忙しいって何だよ。
ゔあー、今日はあんまり腹空いてないな。んー。何食うべか。
「玄野さん、お疲れ様です」
「あ、お疲れ様です」
「今日はちゃんと寝て下さいねー。朝、足立さんと話してたでしょ?」
うぐ
「聞こえちゃいましたか」
「はい。聞こえちゃいました」「ゆっくり休んで下さいねー」「「お疲れ様でーす」」「お疲れ様でした」
同じ職場の女性陣と挨拶する。みんな元気だ。
どうやら今日は女子会らしい。以前、俺も誘われた事があるけど何故だろうか。『深く考えてはいけない』と本能がそう囁くので忠告に従っておいた。
さて、俺も帰ろう。
夜道を1人歩く。
夕飯は……んー、冷蔵庫に何があったかな。あんまり食欲ないから軽いものにしておこうかね。冷凍させたご飯があるから、それを使っておじやで良いか。
夕食のメニューも決まったのでサクサク歩く。空気が生温い。うん、ちょっと不気味。
何となく更に早足になる。別に怖くはない。ないからな。
何事もなく家に着いた。当然か。
少し早くなった心臓の音と、息を整えながらネクタイを緩める。
クラリ
うわっ……!? 立ちくらみか? ……治ったかな。む、やっぱり昨日の徹夜はマズかったか。今日は早めに寝よう。
さっさとスーツから部屋着に着替えると、夕食の準備をする。
冷凍庫からご飯を取り出すと、電子レンジへポイっと放り込む。解凍してる間に卵を小鉢に割り入れてカラザを取って、と。気にしない人は平気なんだろうけど、俺は取らないと気になる派だ。
カラザを綺麗に取ったらカカッとかき混ぜ、他に何かあったかな。ラッキー、ササミ発見。
ササミに軽く酒と塩を振って。タイミング良く鳴ったレンジを開けたらパカッと、解凍されたご飯を取り出す。代わりにササミをポイしてチン。
ご飯は軽く水で洗ってから、水を張った鍋にダバっと投入。顆粒のダシをザッと入れたら少し煮立たせる。次にチンしたササミをほぐして、これも鍋に投入。使い切れず残ったササミは、明日水菜か何かと和えよう。
軽く味を見て……うん? ちょっと薄いか? いつもと同じ量を加えたんだけど。まぁ、濃いより良いか。
最後にぐるっと溶き卵を流し入れたら蓋をして、テーブルまで運ぶ。
ペットボトルからコップにお茶を注いで。
「いただきます」
げふっ。んー、作り過ぎたか? 半分位残った。残ったおじやはどうしよう。……朝まで持つかな? ダメだったら捨てるか。
くあぁ……
ぅー、ねみぃ。さっさと風呂入って寝よう。今日は流石にちゃんと寝られるかな。風呂、風呂ー。
頭と体を洗って湯船に浸かる。くはー、気持ち良いわ。時々思うけど、髪の毛長い女の人って頭洗うの大変だよなぁ。肩まで浸かると髪も浸かるだろうし。俺、男で良かった。ふはー……。
浴槽の蓋に顎を乗せてまったり。体が温まって来たから頭もホコホコする。……逆上せ気味か?早く上がろう。
ザッと音を立てて、浴槽から上がる。
グラッ
さっきよりも強い目眩を感じた。思わず一瞬息が詰まる。ギュッと目を瞑ると、ドッドッドッ、という心臓の音が大きく聞こえた。
そのまましばらく、じっと待つ。目眩が治ってから軽く息を吐いた。
うぉぉ、びっくりした。やっぱり逆上せてたのかね。この後の番組見たかったんだけどなぁ、仕方ない。録画しといて後で見るか。はよ寝るべし。
ガッ! と拭いて、ザッ! と着替える。うん、早いね。
まだ残っている水気をタオルで拭きながら、居間の電気を消して寝室に向かう。うあー……まだ、ちょっとボーっとする。
ボーっとしたままドアを開け、のそのそとベッドに潜り込む。ブルリ、と一瞬体が震えた。ベッド冷えてたかね。
あー、目がしょぼつく。今日はちゃんと寝たいなー。
最近あまり体調良くない気がするな。次の土曜日に病院行くことにしよう。
おやすみー。
***
くそ眠れなかった。ウトウトしちゃぁ、目が覚めて、ウトウトしちゃぁ、目が覚めての繰り返しで夜が明けた。
流石にイライラする。
とはいえ、「昨日、眠れなかったから」で会社を休む訳にもいかないし。グラグラ揺れる頭を押さえながら支度をする。
ゔぁー、食欲ねぇ。
味なんてろくに感じないが、もっすもっす、と昨日の残りのおじやを飲み込む。はぁ、ごっそさん。片付けは帰って来てからで良いか。
ここまでは、わりといつもの通りだったんだ。最近、少し体調は悪かったような気はしてたけど大した事はないと思っていたし。そこが運命の分かれ道だったのかもしれない。あの時、もっと早くにおかしいと思っていたら……。
『ここ』から、俺の人生が大きく変わった。
何とか朝食を済ませ、支度を終えたらいつも通りにカバンを持って立ち上がる、と
ぐらん、と視界が回った。
突然の変化に、思わずその場にヘタリ込む。目を開けているとグルグル回る視界が気持ち悪くて、目を固く閉じる。
数分か、十数分か、ある程度時間が過ぎると、まだ目眩は残っているもののさっきよりはマシになっていた。
流石にこれは変だろう、と感じて居間の引き出しの中から体温計を探し出す。体温計を探している短い間にも襲って来る目眩に、凄ぇイラっとする!
「うぇぇぇぇぇ、気持ち悪いぃぃぃ……」
思わず、ガチで呻き声が漏れてた。
やっとの思いで見つけ出したソレを脇に挟んで十数秒。ピピッと音がして、体温計に表示された数値を睨む。
40度3分
……ぅわぁ、マジかよ……。
数字を見て、余計に目眩が酷くなった気がした。
病院へ行かないと、とは思うものの体が上手く動いてくれない。
あまり迷惑は掛けたくないんだけどなぁ。アパートの大家さんに連絡するしかないかぁ……。ちなみに、大家さんの名字は『大家』だ。初めて聞いた時は思わず聞き返した。
連絡して、待つ事10分程度だろうか。ドアの外から年を取った女性の声が聞こえる。
気力を振り絞ってドアの鍵を開けると、そのまま前に向かって倒れ込んだ。
……あぶねぇ、大家さん潰すところだった。別の理由で心臓がバクバクする。超怖ぇ……。
超、避けたぞ。華麗にヒョイって。
急なお願いだったのに、快く応じてくれた大家さんに感謝しかない。思わずうるっと来た。ら、余計心配された。
ちょ、今の俺には貴女に感謝することも出来ないんですか? 思考の混乱。色々ヤバい。
大家さんの車で、急ぎ病院へ。
「うーん、風邪ですね。栄養失調と、軽い脱水症状も起こしてるみたいですから、点滴入れておきましょうね。夜眠れないんですか? じゃぁ、導入剤も出しておきましょうか。ちゃんとお水で飲んで下さい。お大事にどうぞ」
超時間待たされた後、診察超サラッと終わる。ぅえ、もう終わり? マジで?
看護師さんに別室へと連れて行かれ、腕に針をプスッと刺される。看護師さん、刺す時小さく「えいっ」て言うのやめて下さい。地味に緊張する。
点滴を受けている間に大家さんが会社に連絡を入れてくれていたらしい。看護師さんから聞いて、大家さんがマジ優しすぎて思わず拝む。動くな、と怒られた。
気付けば会計まで先に終わっていた。
ちょ、俺お金払ってないよ!? 聞くと大家さんが払ってくれたとか。うおぉぉぉ……後で返さないと……! 大家さんの優しさが菩薩の域に達してる気がする。やっぱり拝んどこう。また怒られた。
点滴が終わるまで待っていてくれた大家さんに連れられて家に戻る。そのまま部屋に寝かされた後、ドコドコと大量の何かを持って来た。
「熱が出てる時は水分しっかり取らないとだめよ? コレ、お見舞いだから。気にせず飲んで頂戴。食べられそうならゼリーも食べるのよ?
朝ご飯は食べられたの? そう、良かったわ。
お洗濯終わったら1度様子を見に来るから、その時ご飯食べられそうならお粥か何か作るわね。それまで少し寝ていなさいね。
あぁ、こんな状態じゃお洗濯なんて出来ないわよね。洗って、干しといてあげるから全部渡しなさいね?
他に何かして欲しいことはある? 欲しい物は?
うん、無いのね。分かったわ。
あぁ、トイレ行ったりするのに大変だろうから、ここのドアは開け放しにしておくからね?
今はしっかり体を休める事! 良いわね?」
おおぉぉぉぉ、と戸惑っている間に怒涛の勢いで言い残し、部屋を出ると勝手知ったる他人の家とばかりに——そもそもココは大家さんのアパートだ——流れるように洗濯物を持って出て行った。
ちょ、大家さん! 俺のパンツまで持って行かないで! 大家さぁぁぁぁぁぁん……!
おれの、ぱんつ……。
***
はぁ……
眠れねぇ……。
ベッドには横になっているが、全く眠れない。ウトウト、としたと思ったら直ぐに目が覚めちまう。薬もちゃんと飲んだのに、ホント何なんだコレ。
良くなる筈が、段々悪くなって来てないか?
もはや、目を閉じてても回る視界にそんな事を思う。
あぁ、クソ。だりぃ……。
時々喉が渇いて、枕元横のテーブルに手を伸ばして水を飲む。
……ぇー。いや、これ積みすぎだろ。雪崩起こさねぇの? チョロっと不安が浮かぶが、気付かなかった事にしよう。
はぁ……
チッ、チッ、チッ……
時計の音がやけに耳に着く。静かだ。
今、何時位だろう? ボンヤリしながら時計を見ると、もうすぐ2時になろうとしていた。
マジか。以外と時間経ってたんだな。そういえば病院って何であんなに混んでるんだろう。超儲かってそうだよなー。どうせ、車は高級外車ばかりなんだろう?
何となく妬みっぽくなる。そんな事を考えていたら……
………………トイレ、行きたいです。
唐突に襲って来た尿意に悩む。起き上がるのダルいんだもん……。けど、漏らすのは嫌だ。1度起こった尿意は消えない。仕方ないか……。
肘を突いて、ゆっくりと体を起こす。うぉぉぉぉぉ、目が回る……! 一旦停止。ヤベェ、今度は腕プルプルする。気を抜くとそのまま倒れそうになるので、気合いで起き上がる。
ぬぉりゃぁぁぁぁっ!
ふぅ、起きるだけで超疲れる。ベッドに腰掛けてちょっと休憩。途端に強くなる尿意。空気読め。
仕方なく立ち上がるとグラグラ揺れる視界に、壁に手を突きつつトイレへ向かう。
良かった……。
わりとギリギリだった。
ホッと一息。さて、ベッドに戻らないとな。再びの苦行である。
壁に手を突きながら、部屋に戻——
グワン
これまでにない目眩が襲う。
ぇ、ちょ、待……なに、これ……。気持ち、悪……。
壁に突いた手がズルズルと下がる。
体を支えきれなくなって、床に音を立てて倒れ込んだ。
やばい、今凄い音がした。下の階の人ごめんなさい。
そんな事思ってる場合じゃないのに。頭が上手く回らない。
頭、痛……っ!
「っ! ってぇ……!!」
頭、痛い。
「っは……」
息が苦しい。
ギ————ン、と頭の中に響く耳鳴りに涙が勝手に出て来る。やばい、動けない。
カンカンカン……!!
ドンドンドン!
「真央くん! 大丈夫!? 真央くん!」
ドアを叩く音と、大家さんの切羽詰まった声。返事をしたくても、引き攣った声しか出ない。
「……っ! かふっ……」
変な声が漏れる。何だ、これ。
ホント、何だよ……これ……!
勝手に出て来る涙が止まらない。目が回ってんのか、地面が揺れてるのか、凄いグルグルする。
目を開けてるのか閉じてるのかも分からない。視界が、赤い。
「……っは」
ガチャガチャと、鍵を開ける音がしている、気がする。
大家さん、ごめん。凄い、気持ち悪いです。
ドアを叩く音が止むのが先か、鍵を開けた音が聞こえたが先か。
そのまま意識が深く沈んで行った——
1話目を最後までお読み頂き、ありがとうございました。
前書きにも書きましたが、モフモフ要素が無く申し訳ありませんでした。モフモフしてくるのはもう少し後になりますので、もうしばらくお付き合い下さい。
感想、改善点ございましたらコメント頂ければ幸いです。よろしくお願い致します。
なお、モフモフの出て来るペースを早めたいので、本日もう1話を朝の8時にアップ予定です。