9.スナックギールド
門の陰に隠れこちらの様子を窺っていたのは馬泥棒などでは無く、只のクビになった働き手だった。
その男を皮切りに一人また一人と復帰する。
薄々と気付いていたが、ダンの口にした”打ち首”とは只の解雇で死者も居ないとメイドから知り得た。もっとも白馬が戻らなければその限りでは無かったかも、と冗談めかして告げられた。
しかしいくら人手が戻ろうとも、俺はそのメイドが言った筈の”ちょっと”どころかみっちりこき使われた。
その結果、俺は意識が朦朧とするまで働き、それを取り戻したのは渡されたトマトにかぶりついた時だった。
俺は今、椅子に座っている。ここはギルドの中らしい。
一辺1mも無い四角いテーブルを右にボス、左に爺との三人で囲んでいる。
卓の中央で燭台が灯る。爺は壁際、他方には空間がある。
正面前方には無人のキッチンカウンターが室内を分割し、その上には食事が並ぶ。その先は厨房、まるで飲食店。
俺とボスの後方には、こちらと同様の卓と明かりが十程。そこに人影がまばら。
最寄りの卓との距離は仮にボスが手を伸ばせば、そこに誰がか居れば背に触れたであろう程。それぞれの卓がその幅と等しく整然と、さりとて嫌味にならない程度にずれて並べられている。
俺は恵まれた体格の男とわだかまりの有る相手との板挟みに窮屈さを感じた。
それに次いで足元の奇妙な感触にドキッと、身を反らしテーブルの下を覗き込めば、いつのまにかサンダル。
「おう。うわ言みたいに水虫、水虫言ってたからな。新品だから安心しろ」
ボスがネタばらししてくれた。
「ありがとう」
「それにしても気を失ってまで働けるんだから、中々どうしてお前さん、意外と兵隊向きじゃないのか」
その言葉に咄嗟に軍隊のしごきが映像として頭の中に浮かぶ。映画なんかで良く目にする奴だ。
俺にしごき甲斐が有るとは、ましてやあれを日常にしたい等とはとてもとてもだ。
「勘弁してください」
苦笑と共に手元の赤く熟したトマトを平げた。馴染み深い味だ。
館での労働は、メイドが俺の疲労に合わせて仕事をより単純、より安全なものへと振り替えてくれたおかげで没頭出来ただけのこと。うまく乗せられる面白さがあった。それも今日限りと思えばこそだ。
ダンに簡単な事なら手伝えると言った手前休めない、スキルに頼らない白馬への恩返しだ等と、いつにも増して理屈っぽくなっていた嫌いもある。それもまた止め時を失した原因だろう。
卓上の燭台が周囲を照らす。卓は木製で表面加工が荒い仕上げ。丈夫で実用的な印象を受ける。
明かりは壁面にも有った。閉じ気味の窓の外は暗かった。
周囲の幾人かは思い思いに飲食しているようだ。
室内には太い中柱が二本。室内のサイズは厨房を含めて学校の教室よりは大きい、家庭科室程かと考えていたところで近づいて来る見知らぬ女に気が付いた。
「起きたみたいね」
声を掛けつつ俺の正面に座る。
「私はパリス。姉さんの代役です」
「タイヨウです」
よろしくと挨拶を交わし、俺はトマトはギルドの施しだろうと見越して話の腰を折らぬ程度に感謝の意を示した。
体調を訊かれ問題ないと答える。
実際、気分はすっきりしている。恐らくは少しの仮眠とギルドへの興奮、それに加えそれこそトマトのおかげだろう。
但し、肉体的には眠れと言われれば喜んで眠れそう、つまりは限界だ。
パリスの印象はその容姿うんぬんよりも、こっそりと俺の匂いを確認したような、その数秒の仕草こそが気になった。ちなみに俺好みのサラサラショートヘアだ。
単に気になっただけ、不潔扱いに関しては既に達観している。
そう、只でさえ他人の匂いは気になる物なのに、俺のあれはどうしようもない。
年頃の女性なら当然の反応、悩むだけ無駄なのだ。
「モリブはまだ駄目か?」
ボスが訊ねた。
「うーん、起きて作業を始めたんだけど調子が出ないみたい。もちろんこの件に関する事よ。……そうそう、さっきはありがとね」
パリスは彼に――恐らくは――モリブを送り届けた礼を述べるや、これがデフォ姿勢と言わんばかりに正面を向いた。彼女に興味を失った俺は彼女をNPCと見なした。
「それじゃ何でも訊いて頂戴」
「おいおい、いきなりそれか」
俺より先にボスが反応した。手抜きに呆れるというよりは頼りなさを咎める険のある口調だ。
「だって……、転移二度目の勇者様が居たり、異世界人には訳知りな人が多いらしいって姉さんが。それに役立たずほど怒らせると後が怖い――」
狭い卓の上、ボスが右手でパリスを制した。
「わかったわかった。しかし今日は姉さんは止めてくれ。説明の場にそぐわない。モリブギルド支部長で頼む」
「はーい」
ボスが言い諭すと、パリスは元気良く応じた。
質問形式でも俺には何ら不満は無いのだが、ボスにはそれが怠慢に思えたのだろうか。
しかしその苦言あってこそ、パリスの認識を伺い知れたのは思わぬ収穫だ。
その知識は恐らくモリブ伝のものであろうが、彼女はいわゆるラノベあるあるに毒されている。
”そうなのか?”と表情で問いかけてきたボスに俺は首を振って否定するも、俺以外の誰かが存在する可能性に思い至り、言葉をつけ加える。
「一度目ですよ」
それとは別にあの役立たず呼ばわりにも、ひっかかりを覚える。
彼女は俺が他人の便秘を治せる事を把握していないのだろうか。妖精の監視を考えればその可能性は薄いのだが。
この卓が何かしらの交渉の場だとすれば、俺がつけあがるのを恐れての事か。俺の出方を試しているとか。
もしくは勇者と呼べるような即戦力を期待していたのか。寝ている内に早くも聖職者などでは無いとバレてしまったのか。
はたまたギルドは庶民と違って便秘など解決済なのか。単に彼女自身が苦労していない為とも考えられる。なにせ便秘は個人差が激しい。
いずれにせよ、一体この状況はなんだ。仮にモリブ一人が相手なら展開次第では俺は全てを打ち明けたかもしれないのに。
現実は望外の三人に囲まれ、おまけに外野まで居る始末だ。
落胆が憤りに転じつつも、感情を押し殺して俺は訊ねる。
「それじゃさっそく。スキルはどうすれば増えるんですか?」
「転移者はモンスターを倒すとスキルが増えるらしいわ。普通の人とは大違いね」
聞き耳を立てていたであろう周囲の人々が驚きにどよめく。
「じゃあ……モリブ支部長の言っていた、俺にヒールを学ばせるというのはどうして?」
普通の人との違いというのは脇に置き、気付いた点をパリスに訊ねる。”爺さんの館で”と口にするのは意図的に避けた。
あの時、不貞腐れていても覚えている。さほど珍しくない提案だった。俺もあるあるに毒されている。
「さぁ」
「さあで済ますな」
ボスがすかさず横槍を入れる。もはや俺の代弁者だ。
彼こそが本当の兄ではないのか。その突っかかる様を見て不意にそんな考えが浮かぶ。
しかし和むつもりは無い。今度ばかりはボスに完全同意だ。せっかくの発見を無碍にされた思いだ。
憤りがさらなる憤りを呼ぶ。しかしそんな俺の胸中はつゆ知らず、パリスが淡々とまとめる。
「何か考えあっての事だろうけど、それについては様子見がてら訊いてくるわ。後でね」
俺は組んだ両手を卓の端に掛けて気分転換を図る。
知らないことを知らないと言えるのは美徳だが、どうにも彼女は頼りない。
彼女自身が役不足あるあるの体現者なのか、紛らわしい奴だ。
モリブや他のギルドへの期待を高めつつ、不信を悟られぬように一度目を伏せて気を楽にする。
伸びとあくびがしたい。無意識に組んだ指を段違いに組み替えていた。
周囲の目を気にしながらも次の質問に移る。
「それじゃあ転移者は俺の他に何人くらい?」
「この都市では現時点ではあなただけ。つまりゼロ」
「その根拠はモリブ達の千里眼だな」
ボスが口を挟み、俺はその発言に頷く。妖精の事だろう。
ボスの興奮が伝わってくる。今までに千里眼の存在を知ってこそすれ、その力を実感したのはまさに今日が初めてだったのではないか。館での彼の言動から俺はそう推測した。
彼女は頷く俺の真贋を見定めるように視線を向けてくる。
「そうよ。知ってるなら隠すまでも無いわね」
その返事には妖精に対する絶大な信頼が感じられた。
「転移者ってのは髪の色と顔つきも独特だな」
ボスの指摘、興奮するパリス。
「そうね、もしかして大発見かも。それに座高も高いわ」
彼女が卓の三人を見比べた。
俺は間違った知識が広まる前に「たまたまだ」と強く訂正した。妙なフラグが立っては困る。
そして居住まいを正す。座高を誤魔化すような真似はしない、これはもう日本代表の心意気だ。
「この先は地図を見てもらおう」
言うやボスが席を立ち、隣の卓にあった巻かれた布を持ってきた。
燭台をパリスの前に預け、布を広げる。エリア地図だ。
もしかしすると、最初にボスがパリスに文句を言ったのは、この段取りの出鼻を挫かれたせいか。
そう考えると振り回されるボスが愉快に思えた。
座り直したボスがパリスに向く。どうぞと右手で促された。
「これが東中央門、ピッピ御用達の幸運な我らが東第三門はその脇だ。俺に用があるならこの中央門から南下するのが分り易い」
「ちょっと、転生者はギルド預かりなんですからね。粉掛けないで下さい」
パリスが釘を刺した。からかわれた気がしたのだろうか。
「役立たずでも大事か?」
「それはあくまで例えの話。でもそのスキル快便っていうのは、実際どんなものなの? お昼に馬を治したらしいけど、誰も手に負えなかったのを。……例えば人間には強すぎるとか?」
「やれやれギルドがそんなザマでどうする?」
「だって、帰ってきた姉さん……もう姉さんで良いわね? 姉さんのあの様子を見たらどうにも心配になってくるのよ」
「問題なら儂が預かろう」
二人のやり取りに――例え白馬達が話のダシに使われても――今までダンマリだった爺が口を挟んだ。
その言葉からは適材適所の合理性と俺の身を案じる気遣いが感じられた。
それに対して、今「じゃんけん勝負」などと冗談でも口走った女には怒りすら覚える。
しかしその突飛な提案の主は真剣そのもので、それはボスに叱責され続けた彼女なりの焦りからの試行錯誤に思えた。
よもやパリスは急遽、説明役に抜擢されたのでは無かろうか。
仮にそうなら、いきなりの変質者に戸惑うのも無理はない。
さらには卓の窮屈さが示すが如き予定外の同席者。確証など無いが、いささかの同情が沸いた。
しかしそれ以前にスキルの認識が変だ。俺はダンを治す時、故意に手間取りはしたが、それは見過ごして良い事案ではない筈。つまりは本当に知らないのだ。仮に嘘が無いとすれば。
事実は兎も角、先程の爺の提案は有り難いのだが、俺のスキルが判明している今、結論は先送りとしたい。
俺としてはこの先快便スキルを利用して静かに暮らすのも有りだと考えている。
しかしそれを選ぶのはまだ早い。ついさっきスキルの増や方を知ったばかりなのだから。
そして今はまだスキルをこちらから公表する気は無い。周りに人が多く、食事中でもある。
商売として何一つ決めてもいない。なし崩し的に始めたくは無かった。
パリスの説明から、役立たたず呼ばわりが俺を指したもので無いと分ったとしても、いまいち釈然としないのは彼女の俺に対する不信感のせいと理解した。
事実、モリブに迷惑をかけた。
「説明に戻るぞ。他の転移者についてだ」
ボスの進行で、モリブの様子を訊くタイミングを逸してしまった。
そうでなくとも訊けたかどうか。
俺を不潔と見なし、尚且つ批難口調の出たパリスの対応がアウェイ感程度で済む間は、わざわざ事を荒立てるような行動は慎むのが無難だろう。
ボスは俺の心の乱れを見透かしたのか、少しの間を置いた。
「この都市にはギルドが20程ある。そしてここから5日も歩けば王都につく。ギルド本部も王都にある」
「近いですね……」
もし転移者が居るなら、その往来が全く無いというのは不自然な距離だと付け加えた。
同時に白馬に救われたゴブリンの平原に目を泳がせる。その先に描かれた森は御手洗の森とはいまいち違う気がした。
「そうだ。それには理由がある。ここいら一帯は女神の加護を受けた特別区として長い年月過ごしてきた。他の地域は激しく魔物とやり合っているようだがな。ここは魔物に襲われず、転移者の立ち入りを制限。そうだな? 爺さん。……ダンマリか」
ダンマリという響きが妙な符合となって耳に残った。思えばダンの打ち首発言、あれも俺の追いつめられた精神状態が招いた聞き間違いなのだろうか。
ボスが話を続ける。
「爺さんの信奉する女神の教義として転移者は避けられてきた。それが名目だけに留まらないってのは、もう千里眼のお墨付だな。そしてその女神が魔物に倒されたのが――」
「倒されてなどおらん」
爺が声を荒げた。周囲からも同調する声があがり、ボスが神妙な面持ちで静まるのを待つ。
「悪いな爺さん。しかしギルドと守備隊の共通見解だ……として、終いまで話をさせてくれ。それにここに転移者が一人の居るってのは、やっぱり何かあったんじゃないのか? ……1ヵ月前の嵐の夜に長い悲鳴のようなものが聞こえてから皆、徐々におかしくなっていった。それが便秘だ」
ボスが溜息混じりに話を終える。パリスが説明を任せたのはこの為だろうか。
俺は訊ねる。
「それが魔物のせい、魔物の仕業なら王都からの救援は?」
口にしながらもそれこそテンプレ展開だと思った。同時にそれを熱望した。言うまでも無く俺のスキルに魔物退治を期待されても困るからだ。
勇者、守備隊、女神信奉者。戦う力か理由を持つ者に全て丸投げしたい。
転移だろうが現地だろうが、どっちでも良い。王都と敵対している訳で無いのなら救援が有ってもおかしくは無い。
例えここが便秘の国で俺の活躍の場だとしても、危機が迫っていては全く嬉しくない。
しかしボスからは期待外れの答えが返ってくる。
「勇者は分らん。噂では王都でも便秘が蔓延し始め、貴族連中がちらほらと逃げ出して混乱状態とも聞く。しかし緘口令という奴か、どうにもこちらを除け者扱いしている節がある。大方こちらに原因があると解釈したのだろうな」
語る内にエキサイトしたボスが、遠回しに女神の事に触れてしまい一瞬苦虫を噛み潰す様な顔をした。
俺はそれを聞いて、実は王都なりに極秘のプランが進行中と願わずにいられなかった。
「心配は無用じゃ。女神様は再生の担い手、きっと復活なさる」
爺の頑なな主張を起点として周囲をさざ波の様に沈黙が覆った。
無言のまま十秒は経っただろうか。パリスが後ろを向き、厨房脇のドアへと目をやった。
「それじゃ、ちょっと様子を見て来るわ」
離席する彼女。俺はその背に視線を向けたのを契機に周囲を窺う。
ボスに声を掛けられた。
「どうした? これから厄介になるかもしれないんだ。今の内だ、気になるなら遠慮せずに堂々と見ておけ」
自分では割と堂々としていたつもりなのだが、確かに指摘どおり無遠慮には程遠い。
そうと言われりゃ遠慮無く。
「なんか、随分と……」
室内に依頼の貼り紙はどこにも無く、武装した者も居ないようだ。
男達ばかりだが、騒ぐでも無しに軽食片手にくつろいでいる。恐らくはボスに言い含められたか、こちらの事情を知る彼の部下ないし顔見知りなのだろう。
この光景は飯時に限っての事なのか、これが常ならもはやギルドとは別物だ。
サンダル越しに感じる石畳は衛生面への配慮か。整然とした卓の並びといい、もはやお食事処に全振りではないか。
「また何か知ってる口振りだな。この街はどこもこんなものさ。本部――王都の方から随分苦情が来てるらしいがな」
「はあ」
女神に守られていた故の平和ボケか、俺の言えた義理では無いが。
「そうそう、ひとつ教えておこう。この街の冒険者は皆モグリなんだ。誰もギルドには所属していない。依頼は直接受けた方が儲かるからな。ちなみにヒーラー連中は大抵、治療院か教会に籍を置く」
俺を真っ先にギルドに連れて行くべきだったボスが、ギルド内で悪びれることなく言い放つ。
そのギルドに対して敬意の欠片もない物言いに俺は疑問を持った。
俺は二人の斥候をてっきりギルドを出し抜こうとしての警戒だと解釈していた。それが違うのならその理由が知りたくなった。
「じゃあ、あの時の斥候は? モグリ――」
「なになに、やっとギルドに恐れをなした?」
そこへパリスが戻って来るなりの乱入。
「それは無い」
「紛らわしいのは抜きに、ズバッと教えなさいよ」
「ふっ。確かにギルドの動きは警戒した。しかしそれは足止めされるのを嫌ったからに過ぎない。俺が恐れたのはもっと怖い連中さ。パッと出の俺たちが儲けるのは我慢ならんって……お前にはさっき伝えた白馬の件だ。かなり本腰入れてた奴らにとっちゃあ、俺達は正に苦労知らずの棚ボタだからな」
ボスが説明の合間にパリスへの補足を加えると、彼女は食い入る様な前かがみから腰を下ろしつつ、分かってるとばかりにうんうん頷いた。彼女は素直にしている方が可愛げがある。
燭台がパリスを照らす。ありていに言えば彼女に見とれていた俺をボスがちらりと一瞥して続ける。実は恋人だろうか。
「同時に、こいつが馬泥棒の下っ端で、白馬の儲けを独り占めしようと一味から抜けてきたって線も考えた。どうにも話が旨過ぎると思えてな。俺達を巻き込もうって魂胆かと、そいつは杞憂だったがな」
白馬と辿り着いた門前でボス達に救われた時、俺が彼を誠実だと思ったのは、連れの有無を訊かれたからだ。例えその配慮の中に盗賊への警戒心が含まれていたとしても俺に失望は無い。
俺は転ばぬ先の杖を重んじる。能力や責務に歴然の差が有るにせよ、ボスも共感するところだろう。
もっとも彼に比べたら俺のはどん臭さを隠す方便かもしれないが。
俺が神経質なのは自認する。釣銭をまとめたがる位に。
さっきの彼の打ち明け話は俺の性質を見抜いての事だろうか。そう勘ぐるとボスからのこいつ呼ばわりにも逆に親しみを覚える。
「とまあ、相手がギルドだけなら要らぬ手間って訳さ」
ボスが楽し気に語る。
「まあ今だから笑っていられるが、俺も明日から捜索隊の一員かも知れなかったんだ。運命とは分らんものだ。なぁタイヨウ」
かと思えばしんみりと。
ボスは運命などと白々しくも口にして神妙さを演じるが、それが皮肉なのは明白だ。
あれは一寸先は闇と言うよりむしろ、俺に賭けた彼の身から出た錆に過ぎない。
”その節は”とゴブリンから救われた感謝を伝える絶好の機会なれど、おどけられては真面目な話を切り出せない。
そんな話の中で、ボスについて段々と分ってきたのは、彼は上機嫌になるとツッコミ待ちの様な話し方になるという事だ。祝い酒に飲まれた風でも無い。
思えば館での別れ際、報酬の話をした時もモリブに救われた恩をコロッと忘れた様な言い草だった。
その論法でいけば俺が兵士に向いてるというのも恐らくは……。
「それよりもどうやらまだの様だが、この件は解決済だと捜索隊に触れを出すのがギルド支部長代理殿の役目なんじゃないのか? なんせギルド与りになったんだからな」
ボスが一転、棘のある口調でパリスをからかった。
「ありゃりゃ、やぶ蛇」
「爺さんに手間かけさせるなよ」
駄目押しされたパリスは手元でメモを走らせている。
その態度ははふざけている様でいても役所仕事を連想させた。ウエイトレス風でもある。
「ゴロツキが」
爺がぼそっと毒づいた。ボスがすかさず反応する。
「そう言ってくれるな……と、言いたい所だが、否定はしない」