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6.うんこξプリースト(下)・Be invoked

「これはスキル名、それとも呪文かしら。バリアにホーリーであってる? もしそうなら彼は聖職者と見て間違いないわね」

 モリブが見解を述べた。その間、俺は書かれた文字を神妙な面持ちで見つめる。

 彼女はどうやら先入観もしくは半端な知識で誤解している。


 数秒の静寂、俺の返事を諦めた彼女は顔を爺に向けたようだ。

「秘匿されたスキルは、きっと習得候補ね。この先、ホーリーを覚える可能性があるなら、集中すればヒールもいけるんじゃないかしら」

 彼女自身がホーリーと記した場所をトントンと指で叩きながら、俺を聖職者と見越した上で話を進める。

「なんじゃ、結局何も出来んのか」

 俺の背後で爺が苛立ちを彼女にぶつける。

「そう結論を急がないで」

「こいつの背を見れば分かる!」

「そんなに怒らないで。しょうがないのよ、彼はスキルが有って無いような世界から来たんだから」

 彼女が俺を擁護する、俺にはそれが無意味な行為に思えた。


「ぬーっ、むーん」

 爺が嘆息した。

「例えば杖を……」

 爺が落ち着くのを待ってモリブがやれ杖だ、誰かヒーラーに指導を頼もうなどと俺がヒールを会得する為の方法を案出している。それは俺にとって大事な話だ。

 そうは分かっているのだがどうにも耳に入ってこない。こっちは示されたスキルへの怒りで頭が一杯だ。

 ホーリーシット? ビッグベンの方がまだ面白い。

 トイレから中々戻ってこない奴の称号だ。学校で一時期流行った。

 俺のホーリーは白じゃない、茶色だ。

 彼女のチェックが確かなら、俺に聖職者としての素養は無い。杖などクソの役にも立たない。


 俺はラノベを良く読む方だ。スキルが未来を(かたち)づくる。

 それが……こいつはひどい、あんまりだ。

 快便スキル、姉なら素直に喜んだだろうか。

 悪いが俺は呪詛を吐く。快便の度に、臥薪嘗胆の思いで。


「もういい。子馬はどうなったのじゃ、もう一度――」

 爺の問い詰める声の大きさに、俺は気を周囲に向ける。

「それは無理! そういう訳にいかないわ。意識を合わせるほど無意識に匂いが入り込んでくるの、ダイレクトに。ほんと肥溜めに落ちた気分よ」

 彼女が眉間にしわを寄せ嫌悪感を露わにする。辛そうだ。


 モリブの言う耐えられない匂いとはやはり俺のことらしい。

 鑑定者泣かせの正にうんこまみれのステータス。不可抗力にせよ傷つくなぁ。

 苦労させて露わになったのが駄洒落ともつかないスキルだとは申し訳ない気持ちで一杯になるが、彼女は俺とはもう口も利きたくないかもしれないので、今は静観の一手だ。

 俺自身、誰を恨めばいいのやら、便所の呪いと言わんばかりの悲しきクソ配牌。茶色いチンイーソーに白の居場所は無い。


 しかし、打ちのめされてやっと分かった。白馬を治したのはやはり俺だ。

 俺にヒールは無い。妖精も見えない。この先ヒーラーに成れそうにもない。

 汚臭すら漂う執念めいたステータスからそんな未来をひしひしと感じる。

 だからこそ俺なのだ。むしろ俺だから成し得た、ただのヒールじゃ駄目なのだ。

 この思いは希望的推測に過ぎないと理解する反面、怒りや失望と同時に確信めいたものを感じる。


 俺はここに来るために下水でも通ったのか?

 肥溜め認定、呪いともいうべきステータス。

 ノロよりマシだが、強烈な呪いだ。

 そいつが異能を得た代償ならば、スキル快便がただの長所止まりでは困る。

 確かに今朝は快便だったが、元々通じは良い方だ。呪いに対してそれだけではあまりにも割に合わない。

 つまり俺の予想では、快便スキルは他者にも効果を発揮する。成り行き上、白馬が最初になっただけで、きっと人間にも効くはずだ。

 俺の読みが確かなら、これはドラだ。便利なドラ、メイドも羨むチートドラ1だ。


 鶏鳴狗盗。幼稚な名前のうんこバリアだって物は使いようかもしれない。

 それにモリブが見つけられなかっただけで、スキルがまだまだ他に有るならば、うんこ縛りも悪い話とは限らない。

 つまり、うんこへの執着が強ければ強い程、日本へ帰る算段が高まる。

 そう、あのビルだ。あのビルこそが日本に戻る鍵であり、失意の俺に残された希望だ。


「なにこれ、お酒じゃない!」

 モリブの声が響く。そうお酒だ! あのビルの隣だ。

 偶然にせよ、どうにも思考を先読みされたようで一瞬ドキッとした。脳内ツーリスト、ロンドン経由で東京に達した意識を目の前の現実に引き戻す。

「ああそうだ。お前の余計な……、一言、で気を利かせてくれたらしい」

 背後のボスが答えた。俺が考え込んでいる内にボスが渡したのだろう、彼女の両手の間にいつのまにかコップが収まっていた。

 ボスへと目を向ければ、その視線の先のメイドが自分が話題にのぼったことを気にしてこちらに振り向き、対するボスは問題ないといった具合に鷹揚に手を上げた。


「お酒も入ったし、今やったら間違いなく吐くわ」

 飲み干したのか、モリブの置いたコップから軽い音がした。

 集中が切れたとばかりに彼女は耳の後ろを指で掻いている。

「金なら払う。頼む」

「あーもー、ヘボで結構。ほっといて」

 爺の声色からは真摯さが伝わってくるが、対する彼女はこれ以上は勘弁とばかりに聞く耳を持たない。

 俺にとっては爺の真摯さこそが厄介だ。快便スキルの存在を聞いてなおもしつこい男。白馬が逃げだした気持ちが分かる。

 いやその反応は当然か、スキル認識において隔たりがある。ついさっきは爺の前で失敗もした。


 俺にヒールが無かろうと、この状況を打開するカギは、結局はあの痩せ馬だ。

 スキルを聞いて自覚した今なら治せるはず。勝算は高い。

 快便を阻むのは何も便秘だけとは限らない。

 つまり食欲不振や消化不良にも効果は 抜群だ。そうだろ? ピッピ。

 ああいいぜ。俺が治してやるよ、このうんこプリーストが。


「大体、産んだ子をどうにかされてピッピが平然としていられる? そりゃないわー」

 ヘボに対する恨みか、臭気体験へのイラつきか、モリブの応対が雑になる。

 内容は今までの努力とはてんで無関係なものの、ありがたい事に俺への弁護だ。

「花摘みに行ってくるわ」

「その言い方は止めんか」

 彼女の言い方の一体何が気に食わないのか爺が癇癪を起こす。当の彼女は気にも止めずに離席する。


 鑑定が完全に終わった、俺にスキルは有った。

 モリブは吐きにいったのか。終盤に進むにつれ、苦痛の表情がよりひどくなっていた。

 彼女の置き土産、酒混じりの息が食欲を刺激する。

 ヒールを探していたはずが蓋を開ければ惨めなものだ。

 その惨めさを空腹が助長する。今じゃ俺にこそ癒しあれだ。


 うんこに悩む人は多い。快便スキル、大いに結構。これで痩せ馬も治せれば一件落着だ。

 しかしうんこはダサい、格好がつかない。

 体裁を気にする。俺は今そういう年頃なのだ。


 うんこは時と場所を選ばない。謙信公にこのスキルがあれば便所で倒れずに長生きできたかもしれないし、NASAはうんこ打開策に賞金を懸けた。

 快便の価値は認めるが、それでも俺はヒールがいい。どうせなら普通のヒールで感謝されたかった。


 モリブに調べられた当初は助かれば何でもいいと思った。スキルが便秘に特化している可能性も予想の内にあった。

 それでもこの先、下らないうんこスキル以外、覚える望みが無いのかと考えると、やはり普通が良かった。これは欲張りな願いだろうか。


 不浄な呪い、明かせぬスキル。

 今後こっちがひっそり暮らそうにも、一目で見抜くタイプの識別スキル持ちに出くわせば隠し通せるものではない。

 隠蔽、偽装、そうこれは偽装だ。偽装で押し切ろう。

 それでもバレたらしょうがない。実害さえ無ければ、糞ダセーとでも好きに呼ぶがいい。


 いや不味いのか? もしも聖職者としての俺を期待されていたら。

 ギルドや他の転移者、スキル持ちなど、全てにおいて判断材料が足りず仮定の域を出ない。

 バレる頃には皆に恩を売るなりして笑い話で済めばいいのだが。

 スキルか……、読みかけのラノベが恋しくなる。


 モリブが離れたのを契機に余計なスイッチが入った。解放された先のことを考えていた。

 せっかちにも程がある。痩せ馬が待っている。今は集中だ。

 白馬の時を思い出せ。痩せ馬と何が違うのか、ほんの数時間前の事だ。

 あの時、白馬を治したのは利き腕の右、間違いない。たてがみを撫でたのも同じ、左の掌を見た。

 記憶に残るのはサラサラの感触、そして臭い手だ。

「ハ、ハハ、ハハハハ」

「なんじゃ、気でもふれたのか?」

 爺の侮蔑混じりの問いかけ。

 そうかもしれない。俺がこれからやる事はとても正気じゃ試せない。

「フフッ。爺さん、もう一度だ」

 止められても俺は行く。試さずには終れない。

 言葉に四の五の言わせぬ威勢を込める。鼓動は荒く乱れ、固く握った手に汗を感じた。


 返事を待たず俺は立ち上がりテーブルに椅子を寄せる。

 ボスの正面に立ち、覚悟を示すように頷いた。

「杖は要るか?」

「いや」

 俺はボスに短く答え、あわせて小さく首を振った。

「いいだろう――」

 背後からの爺の声。俺はそれをろくすっぽ聞かず痩せ馬の元へと急ぐ。


 屋外に出ればすぐそこに白馬の気配を感じた。俺は良く照れ隠しとして無視の態度を決め込む。我ながら困った性分だ。

 次は決めてくる、そこで待っていろ。


 馬小屋に着くや自分で足裏を拭き中に入る。

 俺はうんこ座りになって腹に手を当てて力む。快便スキル、発動の条件はうんこだ。

 深く呼吸を整える、口の中が渇く。生水よ、頼む。

 体は俺の意に反してパンツを履いたままでの排便を断固拒否する。恨めしくもスキル快便の肩書きが下着の穢れを厭う。

「ふーっ」

 立ち上がり、声にも出して息を吐きだす。仕切り直しだ。


 ぬいだ(Veni)、しゃがんだ(vidi )でた!(vici)

 楽勝だ。咄嗟の横文字は出鱈目だが、俺の意気込みとスキルは本物だ。 

 そして快便スキルは痩せ馬にも効く。

 その仮説をいざ証明せんと俺は右手を広げ、馬の腹に襲い掛かる。


 尻丸出しの変質者と化した俺を爺が妨害する。行かせまいと俺の腰にすがりつき両腕に力を込める。

「ふざけるな、この――」

「うるせえ、これが俺のミソだ。邪魔すんな!」

 こいつを力任せに振りほどくか、このまま引きずるべきか。

 馬と共に生活する爺の体幹を甘く見ていた。躊躇した少しの間に劣勢に立たされる。

 足の裏なら届きそうだ。裸足なんだ、発動する可能性は高い。

 俺は利き足をピンと伸ばす。


”ヒヒーン!”

 屋外からの突然の大音声。

 屋根が落ちたと錯覚する程の霹靂にも似たいななきに、バランスを崩した爺が俺を抱えたまま尻餅をつく。

 ぐちゃっと不快な音がして、爺は急ぎ立ち上がろうともがき、縛めの腕が緩んだ。

 今だと咄嗟に抜け出した俺は馬の腹へ這い寄りながら右手で優しくタッチダウン。

「ヒール」

 偽ヒールだろうが、この掛け声がしっくりくる。

 痩せ馬の体がビクンと震え、何かを訴える様に藁敷きの寝床から顔を上げる。

 こちらを見つめる瞳には生気が感じられた。

”ぐうー”

 手ごたえを感じた俺の喜びのフィンガースナップに被せるように、存在感のある低音が馬の腹より発せられた。

「ふふっ、腹が減ったってよ」

 爺が束の間の放心からハッと我に返り、ダンを大声で呼びながら小屋を出る。


 フェイストゥホース。

 残された俺は、痩せ馬の前で一人佇む。役目を終えて転移するには絶好のシチュエーションだと思うのだが、その兆しは一向に訪れない。

 俺はパンツと共にズボンを上げ、自分で汚した藁を部屋の隅にどけた。


 何はともあれ成功だ。

 俺は清々しい気分で小屋を出た。白馬に喜びを伝え、共有したかった。

 白馬は小屋の入口のすぐそばに居た。

「ピッピ、お前の勝ちだ。お前はやり遂げたんだよ」

 白馬に視線を定め、ゆっくりと歩み寄る。

「お前は困難を乗り越え、一人打ち勝った」

 白馬の首を両腕で抱えるように縋りつく。寄りかかると安堵と疲労でへとへとになった体を実感する。

 俺は白馬を支えとして頭を預け目を閉じ脱力する。

「賢いとか関係ない。お前は正しかった」

 たてがみを撫でる。白馬が身じろぎした、想定内だ。

「伝わらなくていいから、今はハグさせてくれよ」

 サラサラの感触を存分に味わう。


 さあ、この屋敷には便秘の馬がまだ居るんだろ?

 みんなまとめて治してやるよ。手の臭気が消えぬ内に。

 白馬に預けた身を起こし、痩せ馬の小屋を慌ただしく出入りしたダンの方へと足を向ける。


 俺は白馬から数歩離れた所で振り返り、街中で噛まれていた部分をポンポンと叩き、その先、右の掌をおもむろに嗅いだ。

「ピッピ! 仕返しだ」

”ブヒッ”

 俺はオークのように顔をしかめ、白馬は豚の悲鳴を上げた。


 再び白馬に背を向ける。噛まれ続けた腕は乾くにつれ匂いを増していた。

 どんなに自分が臭くとも、人は他者の、他生物の匂いには敏感になるものなのだろうか。臭い仲、怒る程の事ではない。

 ここに呼ばれた真相は未だ謎であり、八つ当たりするのも気が引けた。

 むしろ匂いは嬉しかった。仕返しとはただの照れ隠しに過ぎない。

「なるほど、こいつが多生の縁か」

 さっきは体が自然に動いていた。その思いを確かな言葉にする。

 いささか感傷が過ぎるだろうか。自嘲の裏で置かれた境遇への不安に襲われる。

 俺は頬を掻こうと伸ばした手を鼻先ギリギリで止めた。

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