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5.うんこξプリースト(上)・A contact

 小屋の入り口には暗色ローブの長身の女が立っていた。

 爺が女に対し嫌悪感をあらわにした。

「ピッピが死んだと言っとったヘボシャーマンが今さら何の用じゃ」

「随分なご挨拶ね。今日はギルド職員として来たのよ、そう邪険にしないで。それにあの時はもう居ないと言ったのよ、街の外に居たんでしょ? 当たりじゃない」

「たわ言を」

「私に分かるのはこの地区一帯だけ。ちゃんと説明したはずよ」

 子供に諭すようでいて、どこか人を小馬鹿にするような口調の女。その表情は光の加減で読めない。

 彼女は爺に言い聞かせるように一呼吸置いた。

「そして、その馬はもってあと一週間」

「分かっとるわ」

 爺が苛立たし気に吐き捨てた。

 爺が体に込めた力が俺を掴んだ腕越しに伝わって来た。

 プライド、彼女にはシャーマンとしての譲れないものが有るのかも知れないが、頼むから刺激しないで欲しい。


「さっき言った通り今日は別件よ。ギルド職員としてその子に用があるの。ここに入らない方がいいんでしょ? 外で待ってるわ」

 女は言い終えると入口から姿を消した。

 爺が俺の腕を掴んだまま、顔を寄せ凄んでくる。

「逃げるでないぞ」

 爺が小屋の出口へ向かう。引きずられまいと俺も歩調を合わせた。


 小屋の外でまず俺の目に飛び込んできたのは、当てが外れたとばかりに腰に手を当て渋い顔のボス。

 ああいった表情には見覚えがある。まるでテレビに映る高校野球の監督のようだ。無言のプレッシャーが凄い。

 十数歩先、女とボスは並んで俺達を待っていた。

「俺が見ている」

 ボスの言葉を受けて爺が俺を解放した。切っ掛けが欲しかったのだろう、白馬に比べあっさりしたものだ。


 俺は女のそばに立つ。最初の印象通りの長身で俺より幾分背が高い。

 長身を覆う濃紺色のローブは地面すれすれに達する。ローブが足を隠し、両手も袖の中に隠されて杖などの所持品は不明。ローブ自体に目立った装飾は無い。ベルトをぐるっと彩る金の刺繍が目を引く。

 顔は細長く薄化粧。顔立ちと身長から俺よりも五つは年上だろうか。さっきは”その子”とも呼ばれた。

 爺とのやりとりによればシャーマンとの事だが情報の乏しさで余計に神秘性が増す。緩くウェーブした赤茶色の髪に隠された耳ははたして尖っているのだろうか。


「私はモリブ。この地区のギルド付のシャーマンよ」

「俺は――」

「おっと名乗らないで、後で当てるから」

 自然に名乗り返そうとした。それを制止する彼女の声。同時に袖口からにゅっと現れた細い指を鼻先に突き付けられ、反射的に仰け反った。

 思えば、面と向かって名乗られたのはこの世界では初めての事だ。この気安さならエルフなのかと訊ねれば、その指で髪をかき上げて耳を見せてくれる気がした。

 同時に今聞ける様な状況ではない事も承知している。さらにはエルフが秘密や禁忌、侮辱なら藪蛇だ。いよいよって所で彼女の心象を損ねては目も当てられない。


 思えばこれまでは色々と探り探りの会話だった。それを考えたらモリブはここの男どもと違って説明的な長台詞なのも有難い。

 さらには俺の名を当てるとまで言う。この世界のシャーマンの実力を見せてもらおうなどと感謝と同時に不遜なことを考えていた。


「怪しい人間はギルド預かり、そのルール分かってるわよね? つい先月も、魔物の動きが活発になって注意したばかりよ」

 モリブが爺に向かって口を開いた。

「こいつは馬泥棒の一味じゃ、お前らの出る幕じゃない。それとも何か? ギルドが動いてくれるのか」

 彼女が爺の発言を受けボスを睨む。

「ちょっと! 話をややこしくしたわね」

 さらには叱責した。言われた方は決まりの悪そうな顔をして顎を掻く。無言のままだ。

「では、少年はそちらに預けるから、代わりにこの場でステータスチェックをさせて頂戴。どこかの部屋――」

「俺も知りたい!」

 会話の中にステータスチェックという単語を聞いて俺はたまらず割り込んだ。

 痩せ馬に己の無力を痛感させられたが、ステータスチェックをしてもらえるならしっかりと確かめて欲しい。

 モリブの言った”異質なモノ”とは何なのか。それが今の窮地を脱するカギだと信じて。

「それなら許そう。約束じゃ、違えるでないぞ」

 爺が俺を一瞥し妥協案に応じた。

「ありがとう。そうね、玄関から入るよりもあそこ、休憩室かしら? 脇のドアの」

 彼女が手振りと共に館に目を向ける。

「良かろう」

 二人の間で話がまとまった。


 それぞれが屋敷へと歩き出す。近場なのが裸足なので助かる。

 ここまで来たら得体のしれない中古靴やサンダルは、持ち主――恐らくはダン――には悪いが履きたくは無かった。

 館の大きさは体育館を低くした位。中央に正面玄関、土色の壁には小窓が数か所設けられていた。

 横目に見た玄関のドアは高さ二m超の両開きで、飾りや柱などそこだけ造りが凝っている。

 小窓はガラスの代わりに布張り。ここにはガラスが普及していないのか、はたまた爺の趣味か、例えば馬を刺激しない為の。


「良い時に来たな。助かったぜ」

 俺の後方を歩くボスがモリブに話しかけた。どうやら顔見知りの様だ。

「ルール違反! それに助ける気は無いわよ」

「本人が難民だって――」

「それを間に受けた? 馬鹿言わないで、あーほんとに」

 口調はきつ目だが彼女の声は楽し気だった。

「終われば次はギルドの予定だったんだ」

「ふふっ、これに懲りたら変な欲は出さないことね」

「いけると思ったんだがな。まあ、事情は全部お察しか、どこから視てた?」

 俺自身が二人の話題の中心になってること、さっきの表情からは想像のつかないボスの楽し気な口調と”事情は全部”という意味深な会話が気になって俺は何気ない風を装って、彼の様子を窺った。

 当のボスはきょろきょろと辺りを探っていた。


 不意に右肩あたりを軽く叩かれた感触があり、目を向けるとダンが隣に居た。入れ替わりに爺が白馬の様子を見ている。

「見えただか?」

「うん?」

「ほら、妖精を探してるだ」

 ダンがボスを指差しながら得意げに教えてくれた。話の流れ的にボスが探している妖精とやらはモリブのスパイ役といったところか。

 集中し目を凝らしても、俺には何も見えなかった。

「いや」

「見えねが」

 答えを聞いた彼の返事は素朴で嫌味が無い。俺への興味やお節介から話しかけて来たのだろう。

 しかし仮にそうだとしても、この話題は魔法の素養に深く関わっているとしか思えず、見えない理由をモリブのエルフ疑惑に転嫁しきれずに、これからステータスチェックを受ける身としてはすこぶる幸先が悪い。


 館の側面に廻ると休憩室の入り口であろう木のドアが見えてきた。

 進むうちに先頭に立ったダンがドアをノックして、白馬の面倒を爺から引き継ぎドアから遠ざかっていく。ダンは白馬と外で待機らしい。

 爺が備えの布で靴底を拭いて入室、それに倣って俺達も後に続く。


 部屋の中は窓からの自然光で明るい。室内は学校の教室より長めで直径二m程の丸テーブルが4つ菱形を描くように配置されている。

 奥のテーブルで三人の女性が丸椅子に腰掛けてくつろいでいた。白い割烹着、学食のパートのような揃いのいで立ちは、馬の世話役かメイドといったところか。

 三人はぞろぞろと入室する俺達に驚いたのも束の間、爺に頭を下げた。

「しばらく場所を借りるぞ」

 爺は会話に、気にするなといった身振りを添える。

 彼女達のテーブルの上にはクッキーとコップと外された白い頭巾。ここは彼女達の休憩所らしい。

 三人はこちらへの物珍しげな視線を隠そうともしない。それに気づいた俺は目を背けた。


「随分疲れてるようだけど、食事は――」

「勝手にせい」

 モリブの言葉に爺が割り込んできた。

「今は要らない」

「そう」

 俺のやせ我慢をモリブは素直に受け取った。気遣い合戦で余計な時間を取られずに助かる。サクサク事を進めたいのは俺も爺と一緒だ。

 確かにメイドの食事に目を奪われる程、腹は減っている。この先まともな飯にありつける保証もない。賢くない選択だと理解しつつ、それでも食事は欲しくない。

 別に痩せ馬に義理立てしてる訳ではない。爺の世話になりたくないと意固地になっているきらいが多少はあるにしても、そんな事より俺は一刻も早くステータスが、スキルが知りたいのだ。今はひもじさすらも俺を奮い立たせる力になる。


「俺は水を貰えるか?」

「やけ酒ね」

 ボスの発言にモリブがすかさずチャチャを入れる。背後でボスとメイドが動く気配がした。


 俺はさっきまでは助かり一心だったが、これまでの彼等の会話によると、どうにもステータスチェックは当然の権利のように思えてきた。

 ヒールが使えると調子こいていた自分を棚に上げるのもなんだが、随分と面倒な事に付き合わされたものだと徐々に怒りが湧いてくる。

 これからは不審者目線、転移者ファーストでお願いしたい。

 俺が余計な賭けに付き合わされて強制ボランティアの憂き目にあいかねないのは、ギルドの手際の悪さ故ではないのか。


 しかしながら浮かれるのはまだ早い。モリブは友好的な態度の裏で、その実、招かれざる客をあぶり出しているだけかもしれない。

 俺は彼女に”異質なモノ”と言われた事でころっと気力を取り戻した。やっと話の通じる人に会えた気がしたのだ。

 考えたくは無いが、もしも彼女の意図が単なる危険性の確認ならば最悪の結果もあり得る。


 モリブは入口手前の窓際のテーブルに向かい、俺にテーブル備えの丸椅子に座るように促す。

 彼女が隣に腰掛ける。爺とボスは俺の背後で立ったままだ。

 モリブが俺の左こめかみに右手人差し指を当てる。唐突にステータスチェックの儀式が始まった

「名はタイヨウ、日本、学生、異世界人ね」

 的中だ。モリブが目を細め、俺は驚きに身を引いた。

 あまりの当て具合に、この女が俺を呼び出した関係者、よもや黒幕なのかとの疑念が湧く。

 回りくどさから言えばその可能性は無いと直感が告げる。

 どちらにせよ質問は後だ、今は集中して協力しよう。

 余計な勘ぐりでチェックに支障が出ては困る。白馬の努力に報いてやるのだとさっき誓ったばかりなのだから。

「じっとして」

 俺は態勢を戻し、彼女が用意した筆記具を見る。

 外野の反応が気になるものの周囲に目を向ける暇はない。

 彼女が紙に日本語で文字を書き込む。

 何かのトリックでないとすれば、本当に俺の情報を覗いたのか。惜しいかな太い腸と漢字が間違っている。

「歳は十六」

「それはいい、それより子馬を探せ」

 爺が身勝手に急かす。

「そうね、これから記憶を見るわ」

 記憶、この精度でどこまで頭を覗かれるのか。

 たじろぐ俺に、そのセリフは爺を黙らせる為の方便だとでも言うようにモリブが茶目っ気混じりに微かなウインクをして見せた。


「スキルは、快便ね」

”ガタッ”

 複数の椅子が一斉に音を立てる。一つは俺がズッこける音。その他は部屋の奥から聞こえた。

 そこで飲食をしていたメイド達が揃って腰を浮かせ、食い入るように俺を見つめていた。しっかりと聞き耳を立てていたのだろう、モリブの声が届いたらしい。

 スキル快便、姉の望みだ。予想はしていたもののあまりにもひねりのないスキル名に俺はズッこけた。

 それに、今聞きたいのは現状を打破しうるスキル。そいつは今はお呼びじゃない。

「なんじゃい、儂をからかっておるのか」

 爺が怒気混じりに声を掛ける。

 時と場所に相応しくない話題に関わらずメイド達に不快な様子は無い。むしろ羨望の眼差しで、爺一人がおかんむりだ。

 モリブが分かっているといった具合で爺に愛想笑いを返す。

「ヒールは無いのか?」

 なんだかんだと結局は彼女の力を認めているのだろう。幾分落ち着付きを取り戻した爺が改めて聞いた。俺の知りたい事でもある。

「これから探るわ」

 不敵さを滲ませて彼女が答えた。


「うっ、臭いわ。耐えられない匂い。なんて妨害なの」

 儀式を再開したモリブが顔をしかめる。

 その匂いとは俺のせいなのか。そうだと言われても俺に解決策は無い。

「ふぅ、やるわね異世界、興味深いわ」

 一息ついて、彼女のつぶやきが続く。ここに比べて日本の空気が悪いのか。

「ここからは息を止めるから、あなたも目を閉じて集中して」

 彼女は涙目になりながら筆を置き、椅子に浅く腰掛けて体を寄せてくる。前傾姿勢となり、その分顔が近づいた。

 彼女は両手を開き親指を自分の左右のこめかみに、恐らく小指を俺のこめかみに置いた。

 いきなりの接近にやや緊張しながらも言われるがまま目を閉じた。彼女の息が続く間、沈黙が続く。


「ふーっ」

 態勢を戻したモリブが深く息継ぎをしてから筆を握る。紙に日本語で横書きする。

 うんこバリア、行を開けその下に、ホーリーシット。

 彼女にふざけている様子はない。

「呼び掛ける形でスキルを探ったら二度反応が有ったわ。残念だけどヒール系には無反応ね。妨害がひどくて解読までは無理だったけれど平易な文字だから覚えたわ……これよ」

 彼女が話しながら、紙をこちらへ反転させる。

「読めるかしら?」

 逆さのままでも読めた。いや、読める訳がない。ホーリーシット、そいつはただのスラングだ。

 音にして理解されれば身の破滅。無能の烙印を押されてしまう。

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