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3.白馬物語(中)・Pipi

 男はみんなからボスと呼ばれていた。きっと名前でなく役職の方だろう。守備隊のボスが門への先導役を務める。

 門前では、さっきの足の速いゴブリンからの戦利品であろう銀色の剣を逆手持ちにした男が、強弩を片手に門壁にもたれ掛かった男と嬉しそうに肘でタッチを交わす。どちらも小柄で俺より若く見える。

 その戦果は敵を引き付けた白馬の手柄でもあると、内心誇らしく思えた。


 門へ向け十mも進まない場所で白馬が止まる。ボスはこちらに構わず門へ到達しゆっくりと振り向く。

「馬に警戒されちまったようだが、そこで待つか?」

 ボスが声を張り上げ気味に呼びかけてきた。俺は白馬の気配を探りながら、白馬と共に門を注視する。

 高さは低い場所は五m、高さ不揃いの壁が左右に長々と続いている。かなりの大きさの城郭都市らしい。ここからは他の門は見当たらない。

 城壁に彫刻や布飾り等の装飾は無い。門の道幅は約三m。年季を感じさせる城壁には細かな修繕跡があるものの、手入れは行き届いている。

 そこに居並ぶ武装した男達が白馬を見下ろす。さすがに威圧感がある。

 腕を組みいぶかし気な表情の者、隣と会話する者、それぞれがこちらの動向を注視する。破格の報酬を前にそれなりに騒がしい。


 白馬は動かない。チェンジか、この門じゃ駄目なのか?

 てっきりここが白馬の望みだと思っていたが、ただの成り行きか。

 他に入城するプランがあったのかもしれない。例えば飼い主に余計な出費をさせないような。

 俺が早々にボスに仲介を頼んだのは、断って関係をこじらせるよりはボスに恩を売った方が得策だと考えたからだ。

 俺はボスに悪い印象はない。彼には例えそれが業務であっても、俺に連れが居ないかを確かめる等の配慮があった。


 飼い主がここに迎えに来れば、残念ながら白馬とはお別れだろう。

 まさか俺が報酬の話に乗ったせいで白馬が拗ねて足を止めた訳でもあるまい。

 当の白馬に注意を向けるも寄り添う俺への未練や嫌悪の感情は伝わってこない。微動だにせず、ただ門を見つめている。

 白馬の警戒、それは俺への警告なのか。


「言い方が悪かった。門を閉じるぞ。ゴブリンがまた来る前にこっちに来い」

 ボスの改めての催促。強硬手段に出ないのは白馬の怪我と逃亡を恐れての事だろう。

 白馬が大事なら閉門はブラフだろうが、俺との約束を盾に逃げれば追いかけて来る可能性は十分ある。

 彼の言うゴブリンの脅威は事実だし、例えこの城が巨大で彼らとの接点無しに過ごせても、無闇に彼らの恨みを買うのは避けたい。

 しかしながら彼らがたちの悪いごろつきならば報酬を全て差し出すだけでは済まないかもしれない。

 疑い出したらきりが無いが俺の運命を左右する選択だ。白馬はそれを俺に選べと言うのか。


 俺だってここまできて死にたくはない。奴隷になるのも御免だ。

 都合よく俺に鑑定スキルは使えるか、彼らにそれを感知、阻害する術はあるのか。さすがに杞憂だと思うが迂闊な真似は出来ない。

 決めた。どっちにしろリスクが有るのならボスから受けた俺の直感を信じる。

 お前の首も心配だ、早く休ませたい。

「いこうか」

 白馬が動き出す。足並みを揃え門へと向かう。


 無言で合流したボスが先頭に立つ。白馬を刺激しないように皆が気を使い、あらかじめ人払いされた道を進む。

 俺は門脇に立つ弩使いに気が付いた。

「さっきは助かりました。ありがとう」

 お辞儀か礼になるのだろうか、俺から何かを身振りで人に伝えるのは初めてだ。

「馬さえあればもっと仕留められたんだがな」

 弩使いが返事をする前にボスが残念そうに口を挟む。

 皆さんも――と、俺が周りに感謝を告げるために振り向きかけた刹那、白馬の顔が俺の背中を押し、俺はつんのめるように弩使いに向かって倒れかけた。

 何かを言いかけた弩使いが俺を支えるか得物を守るかと、あからさまな逡巡を見せる。白馬が俺の右肘を咥えて引き上げる。


 白馬は止まるどころか歩みの速度を上げる。咥えられたままの俺も小走りにならざるを得ない。

 門を潜るや、さらに歩みを速める白馬。守備隊に動揺が走るもボスが皆を鎮める。

「馬屋敷、例の館に戻るんだろう。こっちとしても好都合だ」

 ボスだけが俺たちの傍らに寄って来た。


「斥候二人ついて来てくれ」

 ボスが後ろを振り返り守備隊に号令する。剣を拾った男と弩使いが手を上げ志願する。

「いや、ベテランに頼む。目立たぬようにな」

 確かに剣を拾った方は戦いの興奮未だ冷めやらぬといった具合で、落ち着きがない。

 紅顔の少年兵、その顔が失意に暮れる。大人だらけの守備隊の中、ひと際その幼さが目につく。

「お前達は見回りを続けろ。しれっと勝手に戻るじゃない」

 ボスの怒るでなく言い諭すような口調に少年達が大人しく引き下がる。

「それと、戦利品には気安く触れるな。呪われるぞ」

 なるほど呪いか。ボスのその口ぶりから察するに、躾のための方便では無さそうだ。

 むしろその剣にあるのは速度上昇の加護ではないのか。もっともそれが招いたのは突出からの災いのようだが。

 新たな斥候の気配を不快に思ったのか白馬が身震いした。

 普段の白馬なら斥候やゴブリンなど物ともせずに逃げおおせられるのだろう。俺という存在が足手まといでしかないことがつくづく申し訳なく思う。


 内門が開くまで少し待たされる。その間にボスが他人の助けを借りて革鎧を素早く外す。

「留守を頼む。おい記録係、難民イチ馬イチ、通るぞ」

 内門が開き白馬が再度小走りになる。指示を飛ばしたボスが遅れまいと続く。


「随分なついてる様だが、馬は手放すことになるがいいな? やっぱりやめた――」

 丸腰になったボスが俺の脇に並び、小走りのまま話しかけてきた。

「はい。馬も飼い主の元へ戻るつもりのようですし」

 傍からはそう見えるのだろうか。俺の心変わりを心配してかボスがくどい程に念を押す。

 それはボスの温情か、これからの飼い主との交渉をこじらせないための根回しか。

 どちらにせよ後戻りは出来ないのだ。俺は白馬への未練を断ち切るようにボスの言葉を遮った。

「よし、まずは馬を返すとしよう。お前の取り調べ抜きに通すんだ。揉め事、盗み、怪しいマネはしないでくれよ」


 内門を抜け少し進んだ辺りで白馬のペースが落ちた。高台を利用した城郭都市の中を俺は白馬に連行されるように歩いていく。

 大通りには、左右には簡素な兵舎と簡易な丸椅子に腰かけた屋台商いとそれ目当ての往来がちらほら。

 買い物客のやりとりがハッキリ聞き取れるほど完全に会話が理解できるのだが、簡単な西洋建築に暮らす皆は西洋顔だ。

 文字はアルファベットに似ているが種類が多く、露天の札の値段らしき金額すら理解できない。先行きが不安だ。


 道の先に手を大きく振りこちらに合図を送る老人がいた。痩せ気味の男だ。

 俺達が老人の元まで辿り着くと白馬はプイッとそっぽを向いた。そのあからさまな態度がかえって知り合い、つまり飼い主だと証言している気がした。

 俺は押しのけられた格好になり老人に背を向けて横歩きになる。

「おおーピッピ探したぞ」

「捜索主のカレ爺さんだな?」

「いかにも儂がカレイドじゃ。おぬしは?」

「俺は東第三門の守備隊、あそこの門のボスだ。そっちは白馬の発見者」

 ボスが親指で後方をさす。

「その馬はどこに居たんじゃ?」

「森で弱ってました」

「森で? 野犬だらけの森にピッピが行くわけないだろう。ピッピ、本当なのか?」

 老人は俺の返事をあっさり否定する。白馬はソッポを向く。

「おい、その森はどこだ」

「小川の先です。詳しい場所までは……」

 不思議な場所だった。ほんの数時間前に居た場所なのにあそこに戻れる保証はない。俺は言葉を濁した。

「子馬はどうした? 孕んでいたはずじゃぞ」

 飼い主すら妊娠と勘違いしていたのか、大量の便を思いだし思わず吹き出した。

「なにがおかしい」

 この老人の興奮した様子ではフン詰まりだと真実を語っても信じそうにない。

 ジジイに聞く耳がないのなら、この白馬に羞恥心があるのかは兎も角、茶化さないと決めた俺にとっても好都合だ。かくして約束は守られた。


「門外から来たのは確かだと思うがな」

「おぬしは黙っておれ」

 俺が押し黙る代わりに口を開いたボスの発言にも耳を貸さない。

「馬泥棒の一味じゃないのか?」

 と爺が俺を疑う。

「馬泥棒、あの引きずられてる小僧が? 馬の方が強そうだぞ」

「下っ端を捕まえたんじゃ」

「俺には爺さんより懐いてるように見えるが」

「無垢な子なんじゃ。怪しい小僧め、惚れ薬でも使ったか?」

「馬が合ったというか」

 あらぬ疑いを掛けられ俺はついつい言葉を返した。

「まぐわった?」

「いやいや」

 この世界は微妙に言葉が伝わらないのか単にこの爺がそそっかしいのか。尻を見られたなどと白馬が喧伝したら収集がつかなくなるところだった。

 大事な馬に興奮する馬主の気持ちも分かるが、いずれにせよこのイレ込み具合ではお手上げだ。

 報酬の話を聞くまでは、金かコネなどと漠然としたものを期待しつつも必要以上にたかる気はない等と気取っていたものだが、こうも頑なに疑われるとそれは要らぬ気づかいに思えてきた。


 俺は右腕を白馬に噛まれたまま知らない街を歩きつつ、爺の問いかけに気のない返事をする。

 この厄介爺から逃げたい気持ちが伝わったのか、白馬の焦りがパジャマ越しに返ってきた、気がした。

「子馬をどこに隠した? 森はどこじゃ? 珍しい野草はなかったか?」

 珍しい野草、便秘に効く薬草のことだろうか。

 白馬を治したのは俺のヒールだ。薬草ではない。


 白馬はまるで自分の所有物だと主張するかのように俺を咥え続ける。俺と離れ難いのか、俺のヒールがそんなに気に入ったか。

 ゴブリンの中にも苦しそうな奴が居たし、この世界は便秘が蔓延しているのではないか。

 白馬は便秘か事あるごとに俺にヒールをせがむ気だろうか。

 いわゆるお抱えヒーラーって奴だ。

 ボスが口にした馬屋敷という言葉。そこには便秘で苦しむ仲間が大勢居るのかもしれない。


 俺はトイレから召喚され、ヒールで便秘が治せた。俺のヒールだけが特別なのかもしれない。

 白馬との不思議な出会いや、俺に対する執着を見ればその可能性は高い。

 誰も治せず途方にくれる白馬を俺だけが治せたのだ。


 便秘しか癒せない可能性すらある。なにしろそれが姉の望みだった。

 それでも構わない。苦しむ姉を見ていればそれだけで凄いことだと思うし、皆に感謝され、商売としても成り立つだろう。

 仮にそうだとしても、いつまでも便秘ヒールだけってことはないだろう。きっと修練次第。

 他にどんな魔法が使えるのか。それを考えると今からワクワクしてくる。


 しかしそんな話を果たして同行の二人が信じるか。

 この世界にはゴブリンが居て呪いも存在するらしいが魔法そのものをズバリ見ていない。

 俺が異端、魔物扱いされるのは困る。今はまだ様子見、この身を白馬に委ねるのが賢明に思えた。


 俺は思考を巡らせていると、爺の堂々巡りの質問に痺れを切らしたボスが横槍を入れてきた。

「おかしな爺さんだな。言ってることが支離滅裂だぞ」

「賢い子なんじゃ、森に行ったなら必ず理由があるんじゃ」

「まあいい。爺さんには馬が森に行った心当たりはあるんだな? 聞いてくれ爺さん。森で小僧が馬を見つけた。そこで一つ問題なのが――」

 ボスは爺が話に耳を傾けているのかを窺うように間を置いた。

「俺達が小僧を助けたって事だ」

「それがどうした? お前らの仕事じゃろう」

「ああ、俺達は東第三の城門と市民とその財産を命を懸けて守る。しかし、そこに難民は含まれない」

 ボスが大仰な手振りを加え声高らかに宣言した。

「だからなんじゃ」

「つまり俺たちは管轄外にも関わらず爺さんの恩人を救っちまった訳だ。これは報酬が出て然るべき手柄じゃないのか?」

 爺が不愉快さを隠しもせずボスを睨んだ。ボスはその反応を想定内とばかりに受け流す。

「ピッピを逃がしておいてよくも抜け抜けと」

「そりゃお互い様だ。そこまでの面倒は見切れねえ。仮に逃げたのが東門からだとしても、自慢の賢い馬なんだろ? 賢過ぎて誰も逃亡に気付かねえ。無傷で帰って来たんだ。それだけで良しとしてくれ」

「その小僧から貰え」

 言いくるめられた格好の爺が苛立たし気に答えた。

「だとよ、小僧さん。報酬から半分だ」

「いいですよそれで」

 俺はボスに顔を向けたものの目を合わせず答えた。

 彼らに助けられたのは事実だ。快諾したいところだが、厄介ごとを増やさぬように渋々といった雰囲気を出した。

 確かに俺が難民でなかろうと爺は俺の手に余る。

 ボスの全てを信頼する訳ではないが、同行理由と取引条件に俺はひとまずホッとした。

「よし、その返事が聞きたかった」

 ボスは満足気な発言とは裏腹に、この流れは想定内といった具合に心底落ち着いた口調だ。

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