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13.3-メチルインドール(餐の巻)

 トイレから出てきた妊婦に医者が診察を始める。俺は手を洗う。

 場が一段落したことで、メイドが軽くトイレ掃除を始めた。それがギルドでの約束を思い出させる。

 あれから二時間近く経っている。あちらのトイレ掃除は既に終わっているだろう。

 それでも行くべきだと思った。


 医者から問題無しとのお墨付きがでる。俺はメイドに声を掛ける。

「ちょっとギルドに顔を出してくる。用事が終わればまた来るから」

 妊婦との挨拶もそこそこに済ます。感謝されるのは正直苦手だった。

 先に調理場に寄る。チーフに急な価格変更による混乱について謝罪し、中で働くメイドにも出かけるとひと声掛けた。


 来た道をたどってギルドへと急ぐ。既に飲食店としての営業を開始していた。

 配膳をするメイドと目が合った。まさにトイレ当番だった。

 プイっと聞こえてきそうな位、あからさまにそっぽを向かれた。


 こうなる予測はできていた。しかし俺も遊んでいた訳では無い。

 だからこそ胸を張り、ケジメとしてここに来た。なにを期待するでもなく。

 そもそもが俺のスキルと飲食を生業とするギルドとでは相性最悪ではないのか。モリブにとっても疫病神でしかない。

 距離を置こう。そう考えると元々結論ありきで切っ掛けを探していた気がする。

 ギルドには金を預けている。むしろそれが俺を意固地にさせる、そんなものは惜しくないのだと。


 無表情に努めて踵を返し、館への道すがらつい先ほどの情景を思い出す。

 今朝、俺が酔客に掛けた上着は、酔客が持ち帰ったか、営業前に処分されたか、ギルドの門前には見当たらなかった。

 俺が勝手に押しつけにせよ、もし泥にまみれて放置されていれば切ないものがあっただろう。


 馬屋敷の門柱に男が立っていた。遠目に俺を見つけると、逃げるようにさっと敷地に引っ込んだ。


 館からメイドが出て来た。タイミングから察するにさっきの男は、いつ帰るとも知れぬ俺を待たされていたのだろう。

 そう推察する程、挨拶が無かった事が気になったのかはさておき、俺は勝手に男を応援したくなった。


 調理場で今も働いているメイドの為に戻って来たが、館から来たメイド曰く、解放にはもう暫くかかるらしい。

 待っている間に、風呂はどうかと勧められた。ありがたい提案だった。

「貸し切りにしとくから、安心して入りな」

「ここは女風呂なのか?」

 俺は訊ねた。館内の風呂がトイレ同様、実質女性専用なら、多少なりとも俺を不潔と思う者にしてみればいい気はしないだろう。

「そうだよ」

「ダン達の使う風呂でいい」

 俺の言葉にメイドは、昨日の宴でのボスの禁欲発言でも思い出したのか「なるほどねぇ」と納得の顔。


 外に出て館の裏手へと壁をぐるっと廻った先には、丸桶型の風呂が三基置かれていた。

 壁には穴が三つあり、メイドが左の穴に着脱式の蛇口を、先を横に向けて刺した。蛇口から流れる湯はチョロチョロと放物線を描き、真ん中の桶に注がれる。

 手際よくさらに蛇口を二つ、同じ桶に向けて差し込んだ。


 俺は服を洗わせてもらおうと、まずは手持ちのズボンを流れる湯に晒す。

 それを見たメイドがすっとんできた。

「水臭いじゃないか、水場だけにね」

 そう言って、俺のズボンを奪い、脱げとばかりに俺の胸あたりを指差す。

 引き下がりそうのない気配に、素早く衣服を脱ぎ、下半身を隠す様に風呂桶に身を寄せ、やや前かがみに手を伸ばして脱衣を全て預けた。

 メイドはまず、「バスローブは脱衣所に備えのを使いな」と言い、わざとらしいにらみを利かせて「恥かかすんじゃないよ」と接待の評判を気にするかのような小言を残して去って行った。


 俺は濡れない場所にスマボを乗せたサンダルを置いた。

 半ばまで湯が溜まった。風呂に浸かって考える。

 これだけ厚遇されればこの館に身を置くのも良いだろう。

 しかしこの館の女性上位の力関係を見ると、俺だけ特別扱いされるのも、異世界に来てまで姉のような存在に囲まれるのもまっぴら御免だった。


 程よく温まったところで、男が一人そばにやってきた。

 俺に断りを入れ、壁の蛇口の向きを一つだけ変えて、隣の風呂桶へ湯を注ぐ。

 中肉中背、ずいぶん疲れた様子だった。

 湯は捨てず、皆で入るのだろうとの予想を元に、――そのつもりで掛け湯もした――俺はその背に声を掛けた。

「もう上がるよ」

「おう」

 湯量十分と見たたのだろう。男は蛇口をすべて取り外し、俺が使わなかった脱衣所に向かう。


 ひとつの懸念が俺の頭をよぎる。男が嫌がるか確認が必要だ。

「うんこプリの後でよければな」

 男はこちらに戻ってきて、怪訝な顔で湯舟を覗き込んだ。

 一瞬ドキッとした、悪戯のつもりで股間でも見に来たのかと。

 しかし目を細め、顔を揺らし真剣に湯舟を透かし見る男を見て、やっと意図が理解できた。

「出してない、出してない。プリーストの事だ」

 ぷりっとした訳ではない。

 男は「ダッハ」と笑い、離れて行った。


 風呂に関して、ここの世話になりたくない理由がもうひとつ思い当たる。

 共用風呂では当然にしてうんこはおろか、鼻をかむのもはばかられる。

 俺はもう暫くは自由でいたい。俺は湯船で鼻をかむのが好きなのだ。


 脱衣所に用意されたバスタオルで体を拭いてバスローブに着替えた。

 館に入り、馴染みとなったトイレ前の廊下で妊婦が座っていた椅子に腰かけ、俺の服が戻ってくるのと、治しを約束したメイドが調理場から解放されるのを待つ。

 その間、スマボを検分する。昨日渡された時、一人の時に調べようという思い込みは激しいもので、妊婦に対して知恵が必要な時もスマボの存在を忘れていた。


 スマボの表示部に触れれば”1.快便”という俺にも読める文字が白く浮かび上がる。そして数秒後、徐々にうっすら消えていく。

 変化はその表示だけで、文字に触れても、弾いてみても無反応だった。

 試しに「ステータス」と呼び掛けたり、念じてみたが同様だ。

 どうやら本当にスキルが増えた時のお知らせ機能しか利用価値が無いらしい。

 これはそういう物だと諦め、しばらくうたた寝しようと思った。


 それから調理場で働いてくれた五人に呼ばれて目を覚ます。

「いやあねえ、足ツボであっさり出ちまったんだよ。試しに押してみたらさ」

「そうか」

 メイドの言葉に応じつつ、頭が真っ白になった。

 簡単に客が減るという先行きの不安に加え、不要な治しだったと返金要求されるのではないかというさらなる不安に襲われた。


 調理場とは逆の方から声がした。

「そりゃあ動けない程の便意だったのかい?」

 物言いをつけた者を先頭にメイドが六人、こちらに向かって歩いてくる。

 こういった場合は大抵、到着まで無言が続く。

 言い返すにしても答えづらい質問だ。


 俺を挟んで対峙する十一人のメイド。さっきはケンカで今度は乱闘か。

 物言いをつけたメイドが口を開く。

「足ツボとか言って、こっそり蜂蜜舐めてたね? あたしゃ見てたよ」

「そりゃあ明日配るための味見ってやつさ。ま、そういうことだから」

 俺は黙った。足ツボか蜂蜜、恐らくは合わせ技。そのどちらも発端は俺だが、五人の効果のてきめん具合に、この世界の住人を単純な奴らと内心罵りながら。

 今度食卓に肉が並んだ時、バランスの良い食生活が大事と主張して食べるつもりだったが、それは止めた方が良さそうだ。

「それでも、やってもらうべきだと思うけどねえ。私は若返った気分だよ」

「そうは言っても、出ちまったからねえ」

「出た後で、ムリムリ出されるのは怖いよ」と隣が付け加えた。

 俺は答える。

「それは無い。スキルはあくまで快便だ」

 今までの例外、痩せ馬の件を思い出す。あの場あの時、直後に排便はなかったはず。

 蜂蜜派の代表格がしばし思案を巡らせ、仲間と相談するためこちらに背を向けた。

 さほど時間をかけず。結論はでたらしい。

「ならお願いしたいけど、できたら私らもその、ねえ? 動けない程って奴を体験してみたいよ」

 彼女の仲間が一様に頷いた。俺は隣のメイドとあきれ顔を見合わせた。

 好きにしろと思いつつ、目を閉じ無言で、頷いて見せた。


 先の五人の去る気配がした。俺は薄目であらぬ方を向いて、今の出来事を反芻していた。

 思わぬライバル出現に、皆が幸せならそれでいいと素直には思えず気落ちしつつも、確かな顧客満足を十分に実感した。

 隣に依然残るメイドが椅子に座る俺に対し、腰を屈めて話し掛けてきた。

「まあ、気にしなさんな。今からいいとこ連れてったげるからさ」

「一人にしてくれないか」

「ちょいちょいちょいちょい。実はあの妊婦の旦那がさ、私らにご馳走してくれるって言うんだ。あんたが行かないでどうするってんだい」

「はぁ」

「わかったら、ほら着替えた着替えた」


 洗ってもらった服を着たかったが、半乾きの為、袋を貰ってそれに詰め、パンツと作業着を借りた。

 椅子は後日使うだろうと、トイレの控えの間の隅に置かれた。


 前掛けを外したメイドの集団と共に、ぞろぞろと街を歩く。

 懸念がひとつ生まれた。それは脳内で不気味な声となった。

「あなたから誘ったことにしてくれれば、こちらとしてはすごーくありがたい」

「意味わかる? わからないかなぁ」

「ほら、勝手について来たって言うとおかしくなっちゃうでしょ……」

 畳みかけるように繰り出される脳内会話に耳を傾けつつ、歩くこと三分、目的地に着いた。

 そこは下宿のような二階建ての一軒家。妊婦一家は宿屋を営んでいるそうだ。

 恩着せがましくも、代金あと払いでしばらく泊めてもらおうかと、単純にそう思った。


 俺を誘ったメイドを先頭に室内に入り、出迎えてくれた主人に先頭が告げる。

「私らまで呼んでくれるとは、さてはあんた出産と早とちりしたね?」

「それは言わないでくださいよ、あれからまた妻に叱られましてね。その話は食事と一緒に腹に収めて下さいよ」

「まあ、出産祝いにも呼んどくれ。頑張るんだよ」

「はい」

 大勢で押し掛けても平気なのかという俺の懸念はその会話で晴れた。

 実際に豪勢な料理がこの人数でも十分な量、大テーブルに盛られていた。

 続くメイドが「ごちそう様」等と挨拶を交わし、俺も「よろしく」と告げた。

 俺の事は恐らく妊婦から伝え聞いたのだろう。応対は俺に合わせて淡白でありつつも丁寧さが感じられた。


 食堂には先客の一団がいた。俺達の大テーブル横の中テーブルに四人が腰かけている。

 男二人が食事を交えつつ、明日の出立を打ち合わせている。持ちロバの疲れ具合と天候が気になるようだ。

 突然、メイドが男の背に声を掛けた。

「三日待てばいい事あるよ」

 男の会話が一瞬途切れた。しかし干渉するなと言わんばかりに、やや声量を落とし会話を再開した。


 その後は互いの卓の交流がないまま、俺達は食事を楽しんだ。

 しばらくして中テーブルの男が向かいに座る連れに声を掛けた。

「どうした、おなかが痛いのか?」

 男の静かな連れにチラと目を向ければ、十歳位の子供だった。


 コツコツコツコツコツコツコツ――コツン、コツンと右に座るメイドが俺の出番だと言わんばかりに肘打ちで合図を送ってくる。俺はとぼけて二度目を左に座るメイドに受け渡す。

 すると肘打ちがドミノの様に連鎖する。丸テーブルを時計回りに一周。

 そう思えたところで、発端のメイドが肘打ちを空かす様に立ち上がり、隣の卓に体を向けて――。


「おやまあ、食当たりかい?」

 カウンター奥の料理番が反応する前に「冗談だよ」とメイドはカウンター越しに呼び掛る。むしろそれが何事かと料理番が出て来る切っ掛けとなった。

 メイドが男に向き直る。

「腹痛なら、ここにいい医者がいるよ」

「おいおい、俺に出来るのは、消化不良程度だぞ。治せるのは」

 俺は慌てて訂正した。疾患まで治せる自信は無い。

 他のメイドが口パクで”うんこ、うんこ”とはやし立ててくる。食事の席、それが言えないから避けているというのに。

 しかし、すっきりすれば腹痛が和らぐというのも、これまた事実である。


「消化不良か、それなら私がお願いしたい」と、もう一人の男が立ち上がった。

 その一団は双子に思える程そっくりな六十代位の男が二人。後の二人は十歳位の子供らしいが、警戒の解けぬうちに目線を向けるのは妥当ではない。

「なるほど、この食事の豪華さは君達のおかげか」と、その男は身内の卓を一瞥して言った。

「へえ、すんません」

 メイドが口を開くより先に、すぐ隣に来ていた料理番がその推察に対し張り合いのない返事をした。

 男は気にせず話を続ける。料理番は剣呑な雰囲気に陥らぬ様に出て来たのだろうと、俺は推測した。

「三日後というのは?」

「それは開業日です」

 今度は俺がすかさず答えた。その受け答えは既に用意していた。

 メイドが隣にちょっかいを出したときから、再度のちょっかいないし、男からの不意の質問の発生を予期して答えをずっと考えていた。

 メイドの座っていた席に目を向ける。男の反応を窺がう為に間を置きたかった。

 男には堅物そうな威厳があった。面と向かってみて、それは教師に対する緊張に似ていると思った。答えを用意して正解だった。


 メイドは良かれと思ってか、この宿の売り上げの為か、ついつい声を掛けたのだろう。

 しかし赤の他人の彼等にしてみれば余計なちょっかいに過ぎない。

 盗み聞きからの予定への難癖でもあり、気分を害しただろう。

 ギルドと距離を置くと決めて稼ぐ必要がある俺にしてみれば、三日後と言わず急な依頼は大歓迎だ。

 さりとてメイドの善意をでたらめと切り捨てたくはなかった。

 そこで三日待たせる理由となる、長々と説明せずに済むような説得力のある言葉を考えた。それが開業日。


 俺は男が落ち着いていることに安堵し、向き直って話を続ける。

「彼女達にはそう伝えていたので、でもお急ぎなら話は別です」

 それからは銅貨一枚、食事を終えたら呼んで欲しいと伝え、メイド共々お互いの席に戻った。


 隣の卓の一団が食事を終えて退室し、後に宿の主人づてで男に呼ばれた。

 メイドが食事を続ける中、俺は食堂とは離れたトイレを借り、治しの準備を終えて男をトイレに呼んでもらう。


 俺の匂いに気付いた男が怒りだす。

「なんだそれは、肥でも塗るつもりか!」

 もっともだ。痩せ馬を治した事を知らなければ当然の反応だ、すっかり失念していた。

「あなたのロバで実演しましょう、連れて行ってください」


 外に出てロバに近寄ると、嫌悪露わにガン、ガンと右後ろ足を踏み鳴らして威嚇してくる。

 これまた当然か。馬屋敷の従順な馬達、あれは白馬の不思議な統率あってのことだろう。

 俺はここまでついて来た宿の主人ともう一人の男を含めた三人に頼む。

「ロバの鼻を塞いで下さい」

 三人がロバをなだめつつ鼻に布を押し当てる。

「妊娠は?」

 していれば旅はさせないだろうと思いつつ、依頼主に最終確認をする。

「こいつはオスだ」

 

 偽ヒールから待つこと数秒、目論見通りにブツが落ちて、宿の主人が「おおー」と声を上げた。

 依頼主じゃない方が別のロバの鼻を塞いで呼びかけてくる。

「こっちも頼む」

「銅貨一枚」

「安いもんさ、頼む」

 依頼主に質問をする。ないがしろにするのは後味が悪い。

「オス?」

 男は頷いた。


 子供が一人、宿から飛び出してきて「僕も僕も」と男の足にしがみついてせがむ。

 結局は全員治すという話になった。

 ある意味そうなることは予想内であり、それが苦しむ子の助けになればと思い、慌ただしくも日をまたがずの治しを提案したのだ。

「排泄の準備をして鼻をつまんで下さい」

 そして裸足を向けさせる。

 痛がらせることになるが足ツボを選んだ。対人にはそちらが妥当に思えた。


 最後に苦しんでいた一番小さな子が鼻をつまみ、男が声を掛けてきた。

「この子は娘なんだが」

「大丈夫。ここの奥さんのお陰で覚えたこの方法なら、例え妊娠してても問題ない……」

 気付いた懸念に言葉尻を濁した。小さい足裏を見なが考える。この子の胃腸が弱っているならば、その分足ツボの痛みは増加するのか。どれくらい耐えられるか、ただでさえ幼いのに。

 避けるべきだろうか。しかし女の子にだけ腹に触れるのは極めて不自然ではないのか? 最初は軽くと続けて二回試すのも未知のリスクがあった。

 ここはひとつ、痛い程に健康になると信じるしかない。


 治しを終え、初回サービス分を抜いた銅貨五枚を受け取った。

 幸いあの幼子は元気になったようだ。一団は腹がすっきりしたことで宿の主人の勧めもあり食事を再開し、感謝の意を込めて明日の弁当を追加で依頼した。

 再開に際しメイドが「よく手を洗え」と、食当たりが真実にならない様にお節介を焼いた。

「洗ったー」

 子供が威勢よく答えた。俺の見真似で手を洗った四人に抜かりは無かった。


 メイドは館に戻り、俺は主人に宿泊を頼んだ。

 修行僧だからと一番安い部屋を借りた。


 翌朝、あの四人の出立を見送ってから、東の第三門の守備隊のボスに会いに行く。

 ギルドでの話し合の中で、毒草採集に乗り気だった彼を止めるためだ。

 毒草からキシリトールや有用な物は俺には作れないと、もっと早くに打ち明けたかったが、昨日の朝からの呼び出しで後回しにしてしまった。


 大通りでは、大勢の露天が商売の準備を始めている。皆がせわしく動く中、道にはみ出し過ぎた露天が衛兵か役人か、なにやら偉そうな男に杖で地面に境界線を引かれて注意を受けていた。

 露天には刀や雑貨が並び、俄然興味が沸いたが、俺は衛兵らしき男に関わらない様に見て見ぬふりで通り過ぎた。


 直線の大通りの先に見える大門のそばまで辿り着いた。

 手前には横長の障害物が二つ、右、左とシケインを造るように設置され、門自体も完全に閉ざされていた。

 恐らくすばしっこいゴブリンへの対策として、鈍重な門は常に閉鎖しておくのだろう。


 そこから南下すると十数分で目的の東第三門が見えてきた。

 門の手前で、目に付いた武装した男にボスの所在を聞くと「詰所に居る」と中に案内してもらえた。


 詰所ではボスを含め、男が三人くつろいでいた。

 案内してくれた男に感謝を告げる。三人に挨拶を終えると、ボスが訊ねてきた。

「今朝、馬屋敷には行ったのか? 大変な騒ぎだぞ」

「いいえ」

「蜂蜜を配るってんで、物凄い人だかりだ」

「はあ」

 何か大事件、もしくは俺を待っているのかと思えばそっちか。タダには勝てないと諦めよう。

「ひとつ問題があってな、幼児には毒だって言っても聞かねえ奴がいる。それでだ、例の毒草を集めるって話なんだが、その騒ぎを見ちまったらどうにも深入りしちゃいけない気がしてな。悪いが中止にさせてくれ、死人が出る前にな」

「そうですね。中止が無難です」

 トントン拍子で悩みが解決した。

「金が入り用な奴にはいい小遣い稼ぎになると思ったんだがな。ま、おまえのうんこを売るような事にでもなったらいつでも協力するぜ」

「やっぱりバレてたか。それは忘れてください。今はこれだけ、試してみます?」

 俺は右肘を曲げ、掌を見せた。

「おう、一人銅貨一枚か?」

「そうです」

「よし、頼む」

「はい」

「それと、時間があるなら希望者を募るが、いいか?」

「はい」


 守備隊の詰所のトイレは三つ。ドアを開ければすぐに便座という馴染みあるものだった。俺は準備のためそこを借りる。

 トイレを出てボスと入れ替わる際、言われずとも既に裸足となったボスから銅貨を一枚受け取った。

 間違いや取りっぱぐれが無いように、その都度、一人ずつ支払ってくれるらしい。

 その際に訊ねられた。

「その匂いがキシリとかって奴か?」

「いや違う。これで歯は磨きたくないよ」

「おいおい、一人でウケるなよ」

「すみません」

「しかしなんだ、聞けば聞くほど便利な代物だな。やっぱり探すべきか?」

 ボスは小出しの情報に探求心を煽られるタイプらしい。

 これまた秘密の多い俺とはギルド同様に相性が悪い。

「俺は買い取りませんよ」

 悩みが再燃してはたまらない、俺はしっかり予防線を張った。

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