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クッキー

 訓練を繰り返す。シミュレーターに裸で横たわるのも、少し馴れた。まだ恥ずかしいけれど。服を脱いでシートに仰向けに寝る。

 シートの背骨にあたるところに銀色の接続機がある。そこに私の背中の小さな金属板をあわせると、磁石がくっつくようにパチンと音がする。

 ボゥイ――私のマネージャーに登録した名前――に、手足を外される。接続を解除して手足を外すとき、神経を直接触られるような、腕の中、足の中を触られるような気持ち悪さがある。鳥肌が立って背筋がゾクッとする。それに耐えれば私の手足は外される。

 手足が無くなって裸で横たわっていると、とても不安で心細くなる。そんなときにボゥイと目が合うと、ホッとするというよりは、イラッとする。


 シートの機械が動いて肘と膝が機械と接続する。これで文字通り、機械を手足のように使えるようになる。腰から股にかけてを機械が覆って固定する。この部分はオムツのようなもので、これで戦闘中に漏らしても操縦席は汚れない。100時間の初期訓練でもかなりお世話になってるハズ。


 ヘッドセットが降りて頭を覆う。網膜投影の調整が終われば私の視界は外部カメラと連動する。機械との接続が終わると、蓋が下りて私の身体を軽く押さえて固定する。


 灰色の岩山と空は、外の風景を再現したものでこの施設の回りはどこもこんな風景らしい。今までと同じく、回避、防御の訓練をする。今までと違うところは、回避後に、攻撃してきた相手にカーソルを合わせて、攻撃確認後の敵性認定をおこなうこと。

 施設中央電脳が、相手の攻撃で和国国民の生命、財産等に危険有りと判断すれば兵器の安全装置が解除される。それを待ってから、自走戦車に攻撃指示を出す。


 相手についているタグが『不明』となっている青から赤の『敵』と表示になっているのを確認して、自走戦車に攻撃目標を割り振っていく。私自身が攻撃する必要は無い。

 自走戦車に指示を出しているときも、私自身は狙われているので、後方に跳びながら回避を続ける。


 ウキネに聞いた軍人としての仕事がなんとなく解った。和国のコンピューターに仕組まれている『戦争放棄のためのシステム』『他国への戦闘行為の禁止のためのシステム』それをどうにかして、兵器の安全装置を解除するための理由付けに、この施設は人間の軍人が必要なのだ。

 だから、相手の前に身を晒して、回避と防御するのが一番大事な仕事になる。


 何度かの訓練を繰り返して、丁二級に昇格した。

 個室が広くなって机が増えた。食事が3色ペーストから開放されて、選べるおかずが増えた。

 情報閲覧権限も丁二級にあがって増えたので情報室で調べものをした。解ることが増えるほどに、うんざりする気分になる。肝心なところは、階級をあげないと閲覧禁止のままだ。


 軍人の階級が丁二級に上がった権限を使うために食堂に行く。丁二級では、まだお菓子やデザートなどは支給されない。だけど、休憩中にキッチンで自作することができるので、材料を申請して自分でつくることにした。


 キッチンでクッキーを作りながら、考える。この和国はもとは日本だったとか、今は和国の人間は、私とウキネだけだとか。ボゥイはキッチンの隅で邪魔にならないように私を見ている。お菓子づくりは私の楽しみのひとつ、と言ってあるので手伝おうとするボゥイには、手を出さないようにしてもらっている。お菓子をつくるのがそんなに好きなわけでも無いのだけれど、訓練と情報検索以外になにかしたくなっただけだから。


 7日もすれば、手の色にも慣れてきた。ウキネのマネをして上はTシャツ、ただし下はジャージにサンダル。義手には通信機と施設地図情報が内蔵されている。使うたびに手袋を外して袖を捲るのが面倒になって、半袖にしている。


 エプロンをつけて合成粉末を黒い手でこねる。ここの食事は全て合成されたもので、食料工場で作られたものばかり。肉も魚も玉子も本物そっくりに良くできているので不満は無い。不満は無いけれど、なんだかなぁと思う。


「料理か」

 ウキネとシロがキッチンに入ってきた。

「クッキーを作ってみようかな、と。ウキネは料理とかしないの?」

「する必要が無いからな。そんな趣味も無い」

 こねた合成粉末を伸ばして、薄く広げる。形抜きでクッキーの形を抜いていく。星型、ハート型。この道具がある、ということはかつてはここでお菓子を作った人がいるのだろうか。

「ちょっと聞きたいんだけど」

「なにを?」

「和国の歴史。今なんでこうなってるのか、この施設がなんのためなのか、どうして私なのか」

「それは、話すと長くなるな。情報室で自分で調べてくれ」

「ウキネは、さ」

「うん?」

「ウキネは疑問はないの?なんで私たちなのか、とか、何故、専門の軍人じゃ無いのか、とか」


 ウキネは、ふむ、と言って腕を組んでいる。私は形抜きしたクッキーをオーブンに入れてからウキネを見た。シロが私とウキネにコーヒーを淹れてくれた。ウキネはコーヒーに口をつけてから、

「私にとっては、今の生活や軍人としての仕事に不満も疑問も無い。もとの生活を思い出すことも無くなったな。今のほうがシンプルでいい。軍人として仕事をすることで、衣類、食料、住居が得られる。かつての人の社会ではいろいろと生きていくうえで、面倒なこと鬱陶しいことが多すぎる。その煩雑なシステムが人類の絶滅の原因のひとつだろうからな。生きることに余計な義務や権利はいらない。単純でいいと考える」

「私は、もとの世界に帰りたいよ。死ぬような目に合いたくないし、相手が人間じゃなくても、殺すのが仕事ってなんかイヤだし」

 私もコーヒーを飲む、苦いから砂糖を足す。


「人間は滅ぶべくして滅んだ。ただ滅亡を回避しようとした和国の人間がこの施設を造った。そしてその施設を守るために、私たちはここの電脳に選ばれて施設防衛の為の軍人になった」

 ウキネはコーヒーを飲んで、言葉を続ける。

「詳しく調べたければ、階級を上げて情報室で調べるといい。しかし、前の世代の愚か者が作ったくだらないシステムに後の世代の者が苦しめられ、悩ませられるのはどこの国でもいつの時代でもある人類の宿痾だ。知ったところで現状は変わらん」

「それでも、いろいろと知っておきたいよ。それで納得できるかは解らないけれど」

「丁二級では、まだ閲覧できる情報も少ないか、和国の歴史は確か丙三級からだったな」


 クッキーをオーブンから取り出す、焼けたかどうか、ひとつ食べてみる。合成粉末だけどちゃんとクッキーの味がする。ウキネもどうかな?

「たべる?」

「貰おう」

 ウキネもクッキーを食べる。甘くしてあるけど大丈夫かな?

「なかなか、だな……あぁ、ひとつ言い忘れていた。私たちの食事が1日に朝夕の2食なのは、手足が無いぶんカロリーの消費が少ないからだ。過去にストレスから過食症になった者がいるのだが、太って操縦席に納まらなくなって脂肪切除の手術をした者がいる。まぁ、そこまで太らなければ問題無いのだが」


 う、先に言って欲しかった。次になにか作るときには糖分控え目にしよう。

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