――雪
■キーワード1 『雪』
雪のように真っ白な君を、僕はずっと手に入れたいと思っていた。
僕だけを感じて、僕だけしか知らない君に。
「 」
さくり。
新雪に足跡をつけて可愛い声を上げていたのは、どのくらい前だろう。
無邪気に笑って、跳ね上げた雪がきらきらと舞う中をくるくると回り踊る。
『おにーちゃん!』
屈託のない笑顔を向けて、僕を呼んでいた。
そんな君が。
「 」
大人びた声で、僕の名前を呼ぶ。
「本当に、僕でいいの?」
「ずっと、ずっと好きだった。……ホントは知ってたでしょ?」
その言葉に、困ったように目じりを下げる。
何も答えない僕を恨めしそうに下から睨んで、ふいっと視線を横に逸らした。
「知ってたくせに、見ないふりしてたのはおにーちゃんじゃない」
「……僕は、君のおにーちゃんじゃないよ」
唯の、隣人。歳の離れた、唯の幼馴染。
指摘されて、無意識に呼び名が元に戻っていたことに気が付いた君が拗ねる様に俯く。
「だって。ずっとそう呼んでいたんだもの」
「その度に、僕は違うよって言ってたのにね」
君が僕をおにーちゃんと呼ぶ度に、ほのかに暖かい感情と仄かな昏い感情が混ざり合って……そして一つの想いに行きつく。
決して、君に悟られないように。
決して、誰にも気づかれないように。
けれど望みは唯一つ。
「 が嫌だって言っても、諦められない。 が、好き」
君の言葉に、心の底で過去の自分が昏く笑む。
ずっと聞きたかったその言葉に、それでも表の僕は困ったように目を細めた。
「本当に僕でいいの? こんな、年上の」
「おにーちゃんがいい!」
そう言って勢いよく抱きついてきた君の頭を、優しくなでる。
「僕は、おにーちゃんじゃないよ」
そう言う僕の言葉に、君は抱き着いた両腕に力を込めた。
「 が、いい」
絞り出すように告げる君の腕を、ゆっくりと僕から引きはがす。
不安そうに見上げてくるその瞳に、ぞくりと背筋に何かが走った。
「僕は、おにーちゃんじゃ、ないよ」
「 」
「それが、答え」
そう言って、初めて君の唇を奪った。
決して、君に悟られないように。
決して、誰にも気づかれないように。
けれど望みは唯一つ。
真っ白な君が、真っ白なまま、僕のこの手に自ら落ちてくる……
……ように、僕は。
「もう一度、名前を呼んで」
少しだけずらした唇から、吐息交じりに君に乞う。
「 」
ぼうっとした瞳のまま、そう呼ぶから。
僕は、もう一度唇を重ねた。
脳裏に、今より少し幼い君の面影が過ぎる。
長かったな、と目を伏せた。
君を、愛しいと思ったあの日。
君を奪うのではなく、君に奪われたかった。
君が、僕から離れていかないように――