わたくし、頑張ってるですわ。
「レイリシア、君に話が…」
「はっ!急に持病の腹痛が……っいたたっですわ!!ターナ様、アイラ様保健室に…」
「「はい!レイリシア様!!」」
それでは失礼!と淑女の礼をわたくしの友人が猛スピードで終了させ、わたくしの肩を二人で持ち上げ淑女らしく、しかし、直ぐ様わたくしの婚約者であるフレイム様とそのご友人四名と……とある少女が呆然とする中、優雅に猛ダッシュするというわたくしの為に体得したという謎の技能を発揮させてくれるのです。
うぅ……申し訳ありません。二人とも。ですが、わたくし、彼等に捕まる訳にはいかないのです。
特にあのピンクな頭の男爵令嬢がいる時、人目の多い場所など論外なのですわ。
わたくし、愛するフレイム様がわたくしと婚約破棄をしたいと申されるなら涙を飲んで受け入れますわ。ですが、人目、多い場所ダメ絶対!なのですわ。
あと、家に正式に破棄の申し出をしてからにしてください!
わたくし、何度も確認のお手紙を出しているのにお父様に『侯爵家の若造が嫌なのか?』と逆質問がきてますわ!
いいえ、むしろ大好き!お慕いしております!!と綴った羊皮紙三十枚分のお手紙に『公爵家じゃなかったら、破産しちゃうから止めなさい』のお返事をわたくしは、我が領の民の顔を思いだし、お家の方向に必死に土下座を致しました。
通りかがりのフレイム様が「……持病の腹痛か?話が、有ったのだが、保健室に行こうな」と、わたくしを抱き上げてくださった瞬間、天にも登る勢いで発熱し、気絶したところ、その日より、フレイム様が毎日顔を見に来てくださるように…っ。
しかも、お一人で!
はううっ、幸せすぎます!
あ、そうそう。ですわ。この世界は乙女ゲーの世界ですの。タイトルは忘れましたわ。
よる年波というものというものですわ。だって前世覚えておりますので、今世の年齢を足したら……良いのです。前世など足してはならぬのですわ!
今は、花の十八。花とか付ける辺りでおばんとか言う奴は極刑なのです。
わたくし、オズワルド公爵家の令嬢ですのよ。それくらいの権力はございます。
そうですわね。紅茶を三週間飲めないというそれは恐ろしい厳罰を与えてさしあげますわ。ふふ、あまったるいお茶請けに合う紅茶が飲めないなんて、なんて可愛そうなのかしら。
水くらいは用意して差し上げても宜しくてよ。おーほーほっほっほっ。
ーーやばいですわ。わたくしったら、なんて悪役令嬢らしいのでしょう。自分で自分の才能が恐ろしすぎるのですわ。ビシッ。
これでは、ヒロイン様をいじめていると勘違いされても仕方ありませんわ。だって、こんなに悪役思考なのですもの。
そうそう、ここの学園は平民も貴族も王族も通うことがステータスな学園ですの。ただ、貴族・王族はよほど生活が困窮していない限り、入学金が支払えるのですが、このゲームのヒロイン様は、貧乏男爵の令嬢ですの。入学金を一時的に待って貰い、借金を返しつつ冒険やら、お薬を作ってお金を稼ぐゲームですの。そうして、男女の恋愛に発展していく的な感じですわ。え、いまいち意味わからない?
わたくしも、公爵令嬢に生まれ変わってからいまいちわかりませんね。その流れ。
まあ、どうでも良いでしょう。
そうそう、入学当初、貧乏な男爵令嬢の彼女が明らかに中古で身体のサイズに合わない制服を着ていたので、わたくし、笑ってしまいましたの。
『男爵家の令嬢がそのようなみっともない格好。おーほっほっ。裁縫の腕前はそこそこ良さそうですわね。わたくしの侍女のサラがとても上手ですのよ。制服の手直しとともに教えて貰うとよいですわ!ーーえ?わたくし?………急用ガ出来マシタノデゴキゲンヨウ』
わたくし、その後ヒロイン様の寮の部屋へサラを派遣し、ヒロイン様が今では裁縫美人で内職をし、男爵家の財政を助けることができたらしいという話をサラに聞いた瞬間、うっかり感動し、わたくしの夜会のドレスの刺繍を優先的にとごり押すという悪女な行いもしましたの。えぇ、ヒロイン様に権力を笠に無理なお仕事を回す。あら、これも立派な悪役ですわね。
わたくし、この乙女ゲーでは、どのルートでもヒロイン様に嫌がらせをする悪役でしたから。
……フレイム様に嫌われたくありませんのに。
フレイム様はメインヒーロー様ですわ。パッケージのど真ん中を張る麗しさ。キャー素敵ぃ!
水色の髪、真っ赤な血のように紅い瞳、すらっと引き締まった上背、中性的ではありますが、男性らしさがない訳でもなく、ときおりいたずらっ子のような笑顔が……
モーエールー!
ハッ、前世の記憶が。大好きすぎて、色々つぎ込んで……うっかり、薄い本にも手を出した瞬間、ーー私、もう戻れない!と……話がずれすぎましたわ。何を話しておりましたっけ?
フレイム様の可愛らしさでしたか?かっこよさでしたか?……王太子との危険な夜という薄い本の内容でしたか?
ふ、……とても、良い夢を見れたとしか言えませんわ。
今でも、あの二人を眺めると……ときめきませんの。不思議な事に。
それよりも、本人の色気が酷いからですわね!わたくし、一緒にいると発熱、発汗、動悸で何度倒れたか。そのたびにお父様に『婚約やめる?』と……お父様の鬼!
お父様ったら、わたくしが本当は第二王子ーー王太子の婚約者になる予定だったのをギャン泣きして、妹の婚約者予定であるフレイム様に無理矢理変更させたからって。
……そういえば、妹はどこかの平民に嫌がらせしていましたわね。
『あらあら、教科書も揃えられないなんて』
自分のお友達とともに平民の少女を取り囲み、『こんなのと同じ学び舎に居なければならないなんて…』などなどと吐き捨てる妹にわたくし、感銘を抱きましたの。
なんて素晴らしい悪役ぶりとわたくしも、それを見習って、さんざん妹に詰られたその平民の前で。
『わたくしの一年の時に使用した教科書って、確かもう要らなかった筈ですわね。サラ。出来ましたらどこかに処分してくれる方を探してくださらない?ああ、平民は自分では買えませんわね。どうにか一通りくらいは揃えて平民同士で書き写してはいかが?ーー紙とインク……?ふふ、自分で購入出来ないなんてかわいそう。サラ、わたくし、お勉強がしたいので、植物紙とインクを大量に買ってきてくださらない?ーーえ?前回の考査の成績?……ホホ、急用ヲオモイダシマシタワ。ゴキゲンヨウ』
わたくし、学びました。ゴキゲンヨウは、逃げる時の魔法の言葉だと。
皆様、決して追いかけてきませんもの。生暖かい目と笑みを浮かべてくれるのですわ。ふふ、わたくしが恐ろしくて仕方ないのですわね。
でも、わたくしはいじめ行っておりませんわ。そんな矜持に関わることーーフレイム様にだって迷惑をお掛け致しますから。
でも、最近、悲しい事にヒロイン様の周りに攻略キャラの皆様がどんどん集まっていき……わたくしは、そんな皆様に捕まらぬように逃げ回っておりますの。
だって、あれはきっと悪役令嬢断罪イベントですわ。ヒロイン様と攻略キャラの皆様に追い詰められるなんて………悪役令嬢としては満点ですが、フレイム様の婚約者としては零点ですわ。フレイム様の経歴に傷がついてしまいます。
ですから、こっそりと破棄し運命の愛に浸っていただきましょうね。と画策しているのに上手くいきません。
でも今は二人っきりに……は、なれませんわね。ほら、サラとフレイム様の侍従どっか行っても構いませんわよ?ここからは、大人の時間ですから。
ほら、わたくし、前世の記憶がありますから。大丈夫ですわよ?
襲われかけたら「火事だー!」と叫べばいいのでしょう?
え?フレイム様の事嫌いなのか?いいえ、お慕い申し上げてますわよ?
でも、一緒に居ると胸がばくばくしすぎて死にそうなので、自分の生命維持を優先させていただきますわ。
「レイリシア?」
「はい、フレイム様。婚約破棄ですか?結婚の申し込みですか?どちらもお父様の血圧が大変な事になりそうなのですわね」
「……たまに君が何を言いたいのかわからない。その内容は、両立しないだろう」
「あら、両極端と書類上の手続きや色々大変な事は同じことですわ」
「ーーしたいのか?」
フレイム様のむすっと不貞腐れたご尊顔にわたくし、悶えます!
かーわーいーいー!!
「では、式はいつに!!」
「その前に君は卒業できるのか?」
「……急用ヲオモイダシマシタノ……」
ゴキゲンヨウ。と続けようとした瞬間、ガシッと二の腕を掴まれた。
なんと云うことでしょう。フレイム様には奥義、ゴキゲンヨウが通じなかったのですわ!
仕方ありません。ご友人お二人を召喚しなければ、わたくし、サラに視線を向ける。
サラ、メーディー!!
あ、何故侍従。サラの腕を掴むのですか。セクハラで訴え……ませんわ!笑顔が怖いわ。あの方!
「君の担当の教師が随分嘆いて、俺に相談に来たのだけど」
「まあ、アゼル先生ったら、個人の成績を勝手に流すだなんて!」
ひどいわ!と嘆くとフレイム様がこつんと頭を……叩かれてしまいましたわ!なんてこと!!
「君が随分、ボランティアに力を入れているのはしっているけれど」
なんてこと!フレイム様がDV男だったなんて。……わたくし、家庭に入って毎日暴力を……ああ、なんという悲劇。ある日、愛人が出来るのですね!
そして、起きる昼ドラ展開。待て次号!
「……聞いてる?」
「ああ、でも、ヒロイン様でない方を希望致しますわ!」
だって、愛されヒロインに勝てる自信なんてありませんもの。
「レイリシア」
あら、何故フレイム様ったら呆れた表情のかしら。まあ、ため息の息まで素敵。わたくし、同じ空間で息を……ハッ、口臭!わたくし、口臭大丈夫かしら?
朝からニンニクたっぷりのガーリックライスを食べましたの。
逃げ回るための体力増強のためにも、と、サラが時々「レイリシア様、最近変なあだ名がついてますので、ニンニクは控えたほうが…」 と、わたくしに苦言を。
そういえば、平民がニンニクを最近、わたくしの部屋の前に置いて拝んでいくという謎の風習が流行っているらしいわね。
流行を作り平民に流す事が出来るなんて、わたくしなんて素晴らしい貴族の鏡なのでしょう。
わたくしを誉め称えるといいわ平民たち。
ご褒美に明日のお昼はガーリックライスよ!
「レイリシア、前から言おうと思っていたのだが一緒に勉強しないか?」
「あら?」
前から言おう…?あらあら、では、婚約破棄の申し出ではなかったのですね。
てっきり、男爵令嬢のヒロイン様とその他ご友人がたと一緒にいたので、てっきり逆ハー断罪イベントがあるのかと思ったのですが。わたくしの成績を心配して勉強会に誘おうとしてくださるなんて……なんて……っ。
……アリガタメイワクナ。
「不満そうな表情をしない」
「わたくし、ギリギリはキープしておりますわ。このデッドラインをいったりきたり間がたまりませんの」
冷や汗を流しつつ、そーっと視線をフレイム様から外すと両手で顔を押さえられ、わたくし、フレイム様の真っ赤な血のような目と目を合わせないといけないことに!
ダメよ!レイリシア!結婚前の男女がはしたないわ!ちょっと、あんまり美味しい状況によだれがー、これが据え膳というもの?今なら、わたくし、言えますわ!
「火事ですわー!」
「なんでだよ!?」
わたくし、なんだなんだと集まってきた野次馬に紛れて、フレイム様から逃亡出来ましたわ。
ホホッ、ごきげんよう。
あ、寮館長、騒がせた罰として今日からトイレ掃除ですの?
まあ、大変ですわね。
え?わたくし?
わたくし、急用ヲオモイダシマシタノデ、ゴキゲンヨウ。
……結局捕まりましたわ。おかしいですわ。