一見さんお断りダンジョン
「ねえ、マスター」
「なあに、ヒロメ、もぐもぐ」
「今日もお客さん来ないけど大丈夫?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。最小稼働なんだからじっくり調査しないとね。もぐもぐ」
半径、高さ3mのドーム型の部屋に二人はいた。最初に声をかけたの者の名はヒロメ。愛くるしい容姿で油断させ情報を手に入れる優秀な男の子である。ただし人間ではない。
一方、寝そべりお菓子を食べながら返事を返すのは、この部屋の主。こちらも容姿は6歳になるかどうか。おかっぱ頭は、お菓子の油でテカテカである。やはり、人間ではない。
二人は世界の全てを手に入れようと企むダンジョンマスターのトトとその配下である。
「そう言って3年、もうエネルギーなくなるよ」
…のはずである。
「え?なんで?最小稼働なら8年はヨユウだろ」
「だって、そのお菓子も周りの漫画もエネルギーからだし。せめて阻害装置止めて人間入れない?」
「だめだよ。1部屋しかないし、今だれも居ないから攻略されちゃう」
「フロアボスはどこ行ったの?」
「んー、もうすぐ帰ってくるよ」
寝そべった姿から、腰から振り返り時計を確認すると、そう応えた。
と、その時。
ビービー、ビー、ビービー、ビー。
「なに?」
「ん?」
警報音に慌てるヒロメと、ようやく起き上がるトト。
「モニター表示。侵入者詳細、出せ」
トトの声に反応し、なにもない空間に映像が二つ現れる。一つはこのダンジョン、侵入者を捉えた映像。不安がりながら、おぼつかない足取りの幼児が居た。もう一つにはこの幼児のステータスが表示されていた。
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種族:人間
年齢:3歳相当
状態:不安
装備:--
警戒レベル:1
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「んー??だれ?」
「あー、ヤイちゃんだ。斜向かいのアフロディーテのちぃママ、ゆうこさんの子供だよ」
「そうじゃなくて、なんで入れてるの?」
「阻害装置は子供に効かないし」
「あ!だから大人のお店の集まるここにダンジョン作ったんだった。どうしよ」
「とりあえず迎えに行く?」
「追い出しても、一人じゃダメだよね」
「ダメだよ。危ないよ」
「だよね。はあ、ヒロメ、連れてきて」
「…にぃちゃ」
ヒロメに連れられてきた幼児、ヤイちゃんこと国階やいばは、ヒロメのズボンのすそをはしっと握っていた。
「こんにちは。お名前は?」
「やい」
「いくつ?」
二本の指は綺麗に立つが薬指は正面を指すにとどまった。
「俺の名前はトト。お母さんは?」
「かぁちゃ…ひっ、ぐぐ」
泣きかけるやいばにトトは慌てる。
「ヒロメ、まかせた」
「大丈夫、大丈夫。お母ちゃんはお仕事だもんねー。託児室から出てきちゃったのかなあ」
「斜向かいのアフロティーテだな。ちょっと行ってくる」
「待って、その姿じゃ」
「お?だな」
ダンジョンは夜の繁華街にあった。ビルとビルの隙間、メーター類が掲げられ道を塞ぐその先にあった。 阻害装置はそこを行き止まりに、別のビルの裏側を見せていたが、20m四方の空き地にぽつんと岩がありそれがダンジョンの入り口になっていた。
「さて、アフロディーテか」
斜向かいと行っても、表のビルを抜けた先のこと。
擬態でスーツ姿の、この街に馴染んだ姿でメーター類をくぐり通りに出る。左右に首を振り、たしかに右手のビルの2階にあるのをみつける。
10階はありそうなビルで2階のアフロディーテは正面から階段で入る。高級さは分からないが特別は伝わる。
営業にはまだ早い時間。換気の為かビールケースをドア止めに、上にマットを被せ扉は開いていた。
「こんにちは。どなたかいらっしゃいますか」
トトの3年の調査は伊達じゃない。敬語をマスターしていた。
「はーい」
若い男の声が聞こえる。トトの正面からは中が見えず、一歩横にずれると白く、金色で、鏡があって、とにかくキラキラだった。
広い部屋でも中ほどに薄暗い通路が見え、その先は厨房だったりの裏側があるのだろう。
男はそこから出てきた。
「あー、えー」
「なんだ?」
「あー、こども、ちっちゃいこ、えーと、やい」
3年の調査で敬語はマスターしたが、3年の引きこもりでコミュ力は著しく低下していた。
「ヤイちゃんのことか!どこにいる!」
男はトトの肩を激しく掴んだ。
「ヒロ…メ、ヒロメが見て…ます」
ガクガクと揺さぶられ言葉が続かない。
「わあ、ヒロちゃんと一緒なの」
艶やかな姿の女が現れる。この展開は間違いない。彼女は、
「ゆかりです」
誰だよ。
「こっち、ヤイちゃんのママのゆかりさん、俺はギン」
男が紹介を始める。どうやらゆかりは源氏名らしい。
ギンの話を聞くと、やいばを預かったギンがコンビニからともに帰る途中、ちょっと走ったと、ちょっとその角を、と曲がると消えたという。
阻害装置…。
トトはとりあえず預かっていることと、ぐずるやいばを連れ歩くよりまず確認、と一人できたことを伝え出直すことになった。
「ただいま。とりあえず確認してきた。連れてくか?」
「マスター、大変!エネルギーが」
「うっそ、もう切れるの?」
「違う。どんどん貯まってる」
「貯まってるって、やい?」
「そう、ヤイちゃん」
ダンジョン、維持する為には人間が必要だった。人間の闘争心や怒り、悲しみ。人間の感情を集めエネルギーに変換していた。
幼いやいばの感情は不安だけでなく、ヒロメに会えた安心感、母に会えない寂しさ、そしてヒロメと二人で待ってる間に遊んだ楽しさ。コロコロ変わる感情にダンジョンは急激にエネルギーを貯めた。
しばらくして看板が立つ。
『託児受付中 ちびっこダンジョン』
なんでこうなった。
最初に「もぐもぐ」なんて入れるからこうなった。
強そうな人や荒っぽい人を弾くダンジョンを書こうとしたら、
うん、託児所できてた。
でもおかげで完走。
そういやフロアボス忘れてた。
トレーナー着てる綺麗系のヴァンパイアとか想像してた。
きっと、いい保育士さんしてるはず。
読んでいただきありがとうございます。
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