第5話 錯乱
ジンフォニアック型狙撃手のシルヴァは、通りのビルの屋上で身を潜めるように寝そべりながらスコープを目に近づけて、ゴミ集積箱に隠れている人間を観察している。彼は、人工知能による係数で相手の動向を分析を開始させた。
《応戦の可能性あり。指示を待つ》
青く透き通ったような鋭い左目をスコープに当てながら、今か今かとレイモンドの体が出る事を待っている。
彼の目には実像と機械特有のデータ映像が融合された状態で、風景が表示され、右隅には通信相手の返答が返ってきた。
《対象を射殺し、ケースを回収せよ》
「了解」
シルヴァは、リロードし、弾を込めて、いつでも撃てる態勢でレイモンドの動向をスコープ越しで見つめる。
するとレイモンドが隠れているゴミ集積箱の方から青い閃光が発生したのを確認した。
「むっ……」
閃光の正体がなんなのかを瞬時にシルヴァは特定し、レールライフルの弾丸であることを認識。レイモンドがこちらに向けて発砲した弾丸であると判断した。
閃光は数十秒間、何回も放たれるが、シルヴァに当たる事はなく、近くの建物や壁に着弾し、それによる瓦礫や煙が彼のいるごみ集積箱付近で発生した。
弾丸によってできた煙幕はゴミ集積箱や路地通りを大きく覆い隠していく。およそ数十秒の間に、大きな弾丸の着弾音と何かが壊れた様な炸裂音がずっとシルヴァの両耳に響く。彼の表情は変わらないが、自分が見える映像の状況変化に急速なデータ処理が行われる。しかし、データとは違って、目に見える映像は煙幕によってレイモンドの姿を確認する事ができない。
《煙幕発生。対象の確認ができない。接近して、対象を確認し、始末する》
シルヴァは立ち上がり、ライフルを背負い、ビルの屋上から呼び降りる。一瞬の空中浮遊を体験し、アスファルトの固い地面に、力強く着地した。
機械の体が、地面に着地したと同時に、黒く固い地面に軽くひびが発生している。
しゃがみこんでいるシルヴァは、ゆっくりと立ち上がり、ごみ集積箱にゆっくりと近づく。
目に見える映像のモードが変更し、カメラ映像からサーモグラフィーを用いた映像へ変更し、風と共に灰色の煙で目の妨害も受け付けさせない状態でゆっくりとごみ集積箱の方へ向かう。
背負っていたライフルとは別に、腰のホルスターにつけているレーザーピストルを取出し、集積箱にシルヴァは、銃口を向けた。
銃口を向けた先には誰もいない。
目の前には、使い切った残弾数0のレールライフルが置かれていた。
周りを見渡すが、レイモンドの姿はなく、あるのは、路地の建物の壁を崩した瓦礫とレールライフルだけ。
シルヴァは、急いで、路地裏の先へと向かい、走り始めていく。
《対象の行方が不明、追跡を開始する》
その間に、レイモンドは路地裏から抜けて、大通りを走り、シルヴァの追跡から免れようと、ミッキーのオペレートを受けながら走る。
『次は左だ!』
「ああ!」
走りながら、自分の対策がいい時間稼ぎになったのではないかとレイモンド自身は感じている。
発想の誕生は、ライフルの側面を見た時。
側面には、《自動発射機能》と書かれていた。その上、あの通りの壁を見ると、老朽化が目に見えて分かる事から、簡単に煙幕を発生できると推測し、ライフルのモードを変え、あの壁に銃口を向けた。
『よく考えたな。特別製のスモークグレネードってやつか……』
「司令部には後で、修復する様に言っておいてくれ」
大きな通りを走り、十字の交差点へと入る。
交差点では、大規模な渋滞が始まっており、当分の間、車が動くことはない。
何台の車両が作る列の間に入り、大きな道路をレイモンドは走る。2列の真ん中を走るレイモンドの耳に、クラクションとアイドリングによるエンジンの起動音がうるさく感じていたがそれもどうでも良くなる。レイモンドは眼前を見て、足を止める。
彼が見つめる先には、1人の人間の姿をしている男が、レーザーガンを構えながら、立っていた。シルヴァは、無表情でレイモンドを見つめている。
パソコンに流れる画面で、レイモンドの動きが止まった事を確認したミッキーは彼に心配そうに声をかけた。
『どうした?』
耳に響くオペレーターの質問にレイモンドは返すことなく、ゆっくりとケースをその場に置き、眼前にいる男の姿を凝視する。
相手が背負っているライフルを見て、彼は、自分を襲った奴だと理解した。
「あいつだ」
シルヴァの目に写る今の光景映像の中に、ゆっくりとレイモンドの顔がズームアップしていき、分析する。その結果が右隅へ、文字列と写真のデータとなって表示された。
《対象:レイモンド・ダン中尉 国防軍所属Messenger》
レイモンドは、相手が襲いかかってくると予測し、ゆっくりと腰のホルスターに片付けられたFN Five―seveNを取れるように、ホルスターの留めているボタンをゆっくりと外した。
シルヴァはゆっくり近づき、レイモンドに向けたレーザーガンの引き金を引こうと、人差し指が動く。
第5話です。話は続きます。