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皆の言葉にごちそうさま

「ファッション誌に書いてあったんですけど、全く当てにならないんです!」

とある居酒屋チェーン店には私と、私の隣で熱弁を揮う凛子さんと、焼き鳥を頬張る芋丸さん、隅でお茶を飲んでいるジョンさんがいて、私の向かいにはすっかり出来上がったミケさんがいた。

 テーブルの上には各々のグラスとコンロと鍋、それから唐揚げ、漬物、豆腐にサラダ、定番の居酒屋メニューが所狭しと並び、そして今、作戦会議と称した飲み会は、既に一時間半が経過、私の恋愛相談そっちのけで下世話な恋愛話が展開されている――

 元々はミケさんと二人で居酒屋さんへ行く予定だったけれど、話を聞いたジョンさん芋丸さんが参加して、更に近くで飲んでいたという凛子さんまで誘ったものだから当初の予定よりも大分賑やかなものになった。

 予定外の展開でも、私の相談そっちのけでも嫌な気がしないのは、皆との食事が楽しいから。職場の人間と食事をする事自体は今までもあったけれど、今いる皆で食事をするのは初めてで、私は今、この場の、余計な気遣いもいらない自由な雰囲気がすっかり気に入っていた。


「ジョンさんと芋丸はその辺どうなんですか!?」

 本当に男性はギャップに弱いのか、本当に男性は料理上手な女性に弱いのか、日々の疑問を次々と投げかける凛子さんは現在彼氏募集中らしく、気になる人はいるものの、脈有りか脈無しか、彼の真意を測りかねているんだとか。

 私も似た様な状況故に、確かにそれは気になる所。身を乗り出して話を聞けば芋丸さんとジョンさんからは、正直好みのタイプかによる、なんて元も子もない答え。

「だって好みのタイプなんて人それぞれだぞ? なあ、芋丸?」

「そっすね。ちなみに俺は性格がいい子が好きです」

「それはちょっとあんまりな答えじゃないですかぁ……」

嘆く凛子さんと項垂れる私。

 そう、今の私達は性格がいい子が好き、だなんてそんな模範解答は求めちゃあいない。

 あんまりと言えばあんまりである。

 頼れるものは己自身……知ってはいたけれどそんな事考えたくはなかった。

 くっと焼酎を飲み干して、追加の水割りを頼めば、私達の様子をぼーっと見つめていたミケさんが、呂律の回らない口で答える。

「私的に言えば最後はがっつり相手の懐に飛び込むくらいの気持ちがいいと思いますけどねー」

「ちょっと待ってミケちゃん私メモする!」

バッグからボールペンを出した凛子さんが箸袋にさらさらと書き出す。

 がっつり相手の懐に飛び込む……それは前にも言われた強行策というものだろうか。

 色仕掛けか、堂々と想いを伝えてしまえばいいのか……どちらにせよ覚悟を決めなければいけない事なのだろうと思案していれば、お冷を一口飲んだミケさんが、さっきよりも少しだけしっかりとした口調で語り出す。

「そこそこ仲の良い、友達以上恋人未満の関係なら最後の一押しはやっぱりはっきりした言葉か、これでもかってくらい分かりやすい行動の方がいいと思うんです。凛子さんの方の話は聞いていないのでわかりませんが、小鹿さんの好きな人はほぼ間違いなく、小鹿さんに気があります。これでもし小鹿さんが拒まれたりしたらそれは相手の男性が悪いですね。えっとつまり、付き合う気もない女の子を勘違いさせるようなイケナイ殿方だった、って事ですねー」

イケナイ殿方――拒まれたら諦めなければいけない。

 わかっている。伝えなければ、後悔する。他の人に先を越されちゃうのも知っている。心

 の準備なんて既に出来ていたはずなのに、覚悟を決めたはずなのに、急に不安になってしまう。どうしよう……。

 そんな私の表情を察したのか、ミケさんはむしゃり、食べていた唐揚げを飲み込んで二言三言付け足した。

「心配しなくても大丈夫ですよ、小鹿さん。私、色恋沙汰に関する勘には自信がありますから。安心してぶつかってきて下さい」

ね、とミケさんは微笑んで、食べてください、なんてお鍋を取り分けてくれる。

 ミケさんは優しくて、可愛くて、美人。最初はマイペースな子だと思っていたけれど、意外と物事を良く考えてるみたいで尊敬しなければいけないところがいっぱいある。

 もしどんなお姉さんが欲しいかと聞かれたら、私は間違いなく、ミケさんのような女性がいい、と願う事だろう。

「そういえば、ミケちゃんがこんなに喋るのは珍しいね」

 メモを取り終わった凛子さんがビールを飲みながら言えば、ジョンさんと芋丸さんもうんうんと頷く。

 確かに、ミケさんは口数が多い方ではない。かといって無口という訳でもなく、他の人ともそれなりに会話する。

 ただ他の人とはそこまで親しくないというか、話しても業務連絡や仕事関係の話ばかりで、自分の事を話したり相手の事を聞いたり、そういう踏み入った話をしているところは見た事がなかった。

 お酒が入って幾分か饒舌になっているミケさんはにっこり笑って凛子さんの質問にこう答えるのだった。

「小鹿さんとは仲が良いので。あ、でももし良ければでいいんですけど、今日は皆さんとも、仲良しになりたいです」

それは恐らくミケさんの本心。

 以前、一緒に食事に行った時は、同居人以外の人と出掛けるのは久々だと言っていた。日本に来て日が浅いなら、きっと知り合いも少なくて不安な事だろう。

 皆さんとも仲良しになりたいです――照れたような一言はまるで少女のようで、不覚にも、可愛いと思ってしまった。

「うん。構わないよ。だって私も仲良くなりたいと思ってたんだもの」

ビールを飲む凛子さんは、そう言って笑ってみせる。

 ジョンさんも芋丸さんも、今の言葉は嬉しかったみたいで改めて飲みなおすか、なんて飲み物を注文して、五人揃ってグラスを持てばジョンさんが一つ、挨拶をする。

「店長が不在なので俺が仕切らせてもらう。長ったらしいのは苦手だから一言でいくぞ。四人共、これからもよろしくな。乾杯」

掲げられた五つのグラスは照明の光が反射して、きらきらと輝く。

 ジョンさんに絡まれて困っている芋丸さんと、それを見て笑う凛子さんとミケさん。皆の表情はとても楽しげで、ああ、私は今とても楽しんでいるんだ、とそう思った。

 この後ダーツでもどうですか――

 居酒屋さんは閉店間際。ラストオーダーの時間も過ぎて、テーブルが片付いた頃、どこかへ移動したいけど流石にお酒はもういらない、そうなった時に凛子さんが提案してくれたのが近くのアミューズメント施設に行く事だった。

 終電の時間はとっくに過ぎてるし、タクシーで帰れる程リッチじゃない。

 ビリヤードもダーツも経験はないけれど、まあなんとかなるだろうと付いてきたゲームセンターはなんというか、想像以上にすごかった――

 見慣れないダーツの機械にマイダーツ持ちのジョンさんと芋丸さん。

 そんな玄人二人に軽く投げ方を教えてもらった後に始めたのは一番ポピュラーだというカウントアップ。

 着々と点数を増やしていく二人と、それなりに遊び慣れているだろう凛子さんの点数が高いのは納得出来るとして、私と同じく初心者だというミケさんがやたら上手いのだ。

「20のちっちゃいとこに入れたらなんか点数高いんですねー」

説明を聞いていたのかいないのか、がっつり点数を伸ばすミケさんはどうやらこういった才能もあるらしく、早くも凛子さんを追い抜く勢いだった。

 一方私は徐々に感覚は掴んできているものの、まだ少し慣れるには時間がかかりそう。どうにかして追いつかなければと雑誌を読み始めるのだった。

「小鹿さんも初めてなのに上手いっすね。投げ方も綺麗じゃないっすか」

 なんとか上手くなりたいとダーツ雑誌の初心者向け特集を熟読している最中に、ひょいと横から現れたのは芋丸さん。彼は初心者の女性はどうしても肩で投げてしまいがちなんですけどね、と教えてくれる。

「ミケちゃんも小鹿ちゃんも上手いからな。残念だったな芋丸。お前が手取り足取り教える事なんざ何もないぞ」

 自分の番が終わって缶ジュース片手にやってきたジョンさんも、上手いじゃないかと褒めてくれた。手取り足取りだなんてそんな下心はないっすよと憤慨する芋丸さんを余所に、飲むか、なんて炭酸ジュースを手渡されたらすぐに私の番。

 お礼を言ってから立ち上がればジョンさんはまずはお手本だと言って私の代わりに投げに行ってしまった。

「よく見とけよ、小鹿ちゃん。こういうのって案外真っ直ぐ届かないもんなんだ。だから少しずらしてやると……ほら」

「わあ、すごい!」

刺さったのは真ん中も真ん中、ど真ん中。それからジョンさんはにっかりと笑って、私に一言残して後ろへ戻っていく。

「お兄さんからのアドバイスだ。狙いを定めたら成功をイメージしろ。ちゃんと届く、ってな」

成功をイメージ、それはとても大事な事。

 ジョンさんが言ってるのは多分、ダーツの事だけじゃないんだ。きっと、全てにおいてのアドバイス――優しいお兄さんからのアドバイスは、身に沁みる。ありがとうございますと頭を下げれば、今度は芋丸さんに声を掛けられる。

「小鹿さん、無理に高得点を狙わなくていいんすよ。ほら下半分見てください。19とか16とか。あの辺は20の周りよりは外しても痛くないんで結構おすすめなんすよ」

はい、もう二投――芋丸さんにいってらっしゃいと背中を押され、前に出る。

 案外真っ直ぐ届かないもの、背伸びするよりは外しても痛手にならない所を……言われた事を意識して、頭の中で放物線を描いてみる。

 視線、姿勢はさっきのまま、肘から先を動かして放ったダーツは――

 すとん、刺さったのは19のトリプルでカチリ、点数が加点される。

「わぁ……! 初めて狙った所に入りました!」

どうでしょうかと振り返った先の皆がすごいすごいと囃し立てるものだからつい嬉しくなってしまう。

 最後の一投は残念ながら7点になってしまったけれど、それでも上々の出来で、そしてそれは私にダーツは楽しいものと思わせるには十分過ぎるものだった――

 それから私達は、一晩中遊び倒した。ダーツに卓球、ビリヤード……。運動神経には多少の自信があったので卓球だけはなんとかこなせたけれど、それでも久々に体を動かしたものだから疲れてしまった。

「いやー、めちゃくちゃ楽しかったけど……疲れたねー!」

うーん、と伸びをする凛子さんに続いて外に出れば、朝の空気が火照った体を冷やしてくれる。

 はしゃぎ過ぎたと肩を摩るジョンさんは満身創痍といった具合で、それとは反対に余裕綽々の最年少、芋丸さん。ミケさんはと言うと私そろそろ眠いですー、なんて口を大きく開けて欠伸をしていて、これでお開きだと思うと少し寂しくなる。

「あの、今日はありがとうございました。また皆で遊びましょうね」

口に出した言葉は社交辞令なんかじゃない、私の本当の気持ち。

 こんなに楽しい職場の飲み会は初めてで、また皆でこうやって集まりたいと思ったのも初めてだった。どうだろうかと顔を上げれば凛子さんがにこにこと駆け寄って私の手を握る。

「次は恋愛成就のお祝いだね」

「違いねーな」

「楽しみにしてるっす」

皆が応援してくれている事が嬉しくて、凛子さんの手をぎゅっと握り返して、お互いに頑張りましょう、と声を掛ければ、ミケさんは更にその上から手を被せて

「きっと叶います」

とおまじないのように呟いた――


 優しい言葉をありがとう。これでもう大丈夫。こんなに良い仲間がいるんだもの。恋だけが私の全てじゃないんだもの。もうどんな結果だろうが怖くない。

「おじさん、準備は全て整いました」

――皆と別れた早朝五時の駅前で、私は小さく呟いた。今度こそ、はっきり決着付けさせて頂きます。

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