第七話:第一村人発見です
「ここの主を倒してはいけません! この方は私たちの村を守ってくれているんですから!」
リトの前に両手を広げて立ちはだかった彼女は、緑の布地のエプロンに三角巾という質素な田舎娘といった風貌。二十歳は越えているだろうか、大人びた印象を受ける。家事の邪魔にならないようにだろうか、長い茶髪を首辺り後ろの一箇所で束ねている。
「どういうことなの……ですか?」
何事かと駆け寄ってきたエレナが娘に尋ねる。
「ええと、それはですね……詳しく話すと長くなります。もう暗くなってきてますし、私の住む村についてからでいいでしょうか? ここから少し歩いたところにあるのですけど……」
「ん、別にいいけどさ、本当にあいつをこのまま放っておいていいのか? 村とか襲われる心配は?」
リトが剣を鞘に戻して、彼女に再確認する。
「心配及びません。この方は普段そんなに凶暴じゃないですから。もちろん攻撃しようとしてくる敵とみなせば応戦しますけれども。……あっ少し待ってもらえますか?」
そういって彼女は猪の方へと駆け寄り、状態を確認する。
「……呼吸は落ち着いてますけど、かなり負傷しているみたいですね…………しばらくはまともに動けなさそうですし、食べ物はこちらで用意した方がいいでしょうか……」
猪を優しくなでながら彼女はぶつぶつとつぶやく。巨大な体の回りを一周した後、二人のもとに戻ってきた。
「とりあえずはこのまま休ませれば大丈夫そうです。時間はかかるかもしれませんがそのうち回復するかと。それでは村に向かい始めましょうか……あっ申し遅れましたが、私は村で店を営んでおりますリセラといいます。お二人は……?」
「私はエレナ。隣町で魔術師として務めていました」
「俺はリト。この世界に呼ばれた勇者だ」
「エレナさんにリトさんですね。隣町といえば不幸なことに魔物に襲われたとすでに聞いています。それにしても魔術師は分かりますが勇者というのは……? 御伽噺でしか聞いたことがないような――」
「あー、そ、それは気にしないでください!無職が言い張ってるだけですから」
エレナが早口でぴしゃりと言い放つ。
「無職ってちょっと待て。勇者って言う職業もちゃんとあって――いって! 耳を引っ張るな!」
「いいから話を合わせて! 変なこと言ってリトが召喚されたことがばれないように!」
エレナはリセラに聞こえないようにリトの耳元でささやく。
「なんでだ?」
「あのね、実を言うと召喚なんて表立ってするものじゃないのよ。危険が伴うし……」
エレナの言う危険とは召喚された者がパニックになり襲ってくるということだけではない。召喚に失敗した場合、どんでもない魔物を呼び寄せてしまう可能性があるからである。
「だからリトが別世界から来たってのは他の人には内緒にしてくれる、お願い!」
「まあいいけどさぁ……でもやっぱり無職ってのは響きが――」
「――さあさあ、細かいことは気にせず、村に向かいましょう。ね、リセラさん!」
リトが不満を口にするのを制止して、彼女に村への移動を促す。
「えっ、ええそうですね。それでは村までお連れします。――こっちです」
リセラが先頭を歩いて彼女の住む村に向かう。その後ろでリトが「また後ろを付いてくのかよ……」とぼやいていた。
「……着きました。ここが私の住む村――ワブ村です」
「おお、最初の村って感じがするな! いつも通りだ!」
「はぁーここ……ですか。ち、ちょっと思ってたのと違いますね……」
呆然となりながら村を見渡すエレナ。目の前にあるのは十数軒しかない家。かろうじて宿屋と道具屋を示す看板が掛けられている建物もあるが、エレナの住んでいた街のものと比べるとはるかに小さい。村というより集落といった方が合っている。
「とりあえず私の店に案内しますね。宿屋の方は避難してきた方ですでにいっぱいですので……」
「やっぱりこの村にも来てましたか……。でもあの宿屋でよく収まったものだと――あっいえ、その別に宿屋が小さいとか言ってるんじゃないですよ!」
「最後の一言余計じゃね?」
リトがさらに余計な一言を付け加える。
「ええと、だからですね……」
「ふふっ、いいんですよ、小さいのは本当のことですから。実は避難してきた人が多すぎて入りきらなかったんですけど、ほとんどの人がこの村より先にある都に向かいまして……。やっぱり都の方が警備隊などがいて安全ですからね」
リセラは宿屋が小さいと言われたことは全く気にしていないようだ。
「とはいえ怪我人などもいて、その方達はとりあえず回復するまではこの村に泊まっていくそうです。それで宿屋がいっぱいいっぱいでして、もう宿屋というより病院になっています」
「ん? 宿屋で回復は当たり前じゃないのか?」
「さ、さあリセラさんの店にお邪魔しましょ」
リトの疑問を無視するようにエレナは道具屋に向かい、足を進める。
「エレナさん、そっちはお客様用の入り口ですよ。こっちです」
「は、はい、すみません……」
早とちりをしたエレナが恥ずかしそうに顔を赤くして、リセラの元――店の店員専用入口に駆け寄る。
入り口前に三人集まったところでリセラが入り口の扉を開けた。
「ただいま戻りましたー…………あら? 二人ともここでちょっと待ってくれますか?」
もちろん構わないと二人ともうなずく。
バタバタと奥に駆け出すリセラ。
「あー!」
どこかの部屋に入った瞬間、リセラが大声を出した。それを聞いたリトとエレナはすぐに彼女の向かった部屋に向かうが――。
「もう、お父さん! またこんな時間にお酒飲んで寝てたでしょ」
「ん~、おおエレナ、帰ってきてたのか。……酒? はてなんのことだ?」
リトとエレナの目の前に広げられるのは単なる親子ゲンカの姿だった。
リセラの父親と思われる人物は一八0を超える大男で無精ひげを生やしている。がっしりとした体格でまさに山男という感じだ。
「堂々と目の前においてあるビンは何でしょうね~」
リセラがテーブルに置いてあるビンを手に取り父に突きつける。
「……少々いいだろうが」
「その少しですぐ寝ちゃう位、お酒に弱いのがのが問題なんでしょ!」
「大丈夫だ、飲めばいずれ強くなる!」
「そう言ってもう何年になるのかしら……」
「分からんが五十歳は過ぎちまったな、ガハハハッ」
「もう……」
「まあこっちとて避難してきた怪我人の手当てで疲れてんだからよ。疲れた後の一杯が格別なんじゃねえか。それくらい許せって」
「私はみんなの手当て後も森の異変を見に行きましたけど」
「お、おう、そうだったな。で、騒がしかった森の方はどうだったんだ? ……それと後ろにいる二人は?」
「えっ!」
リセラが二人の方へ振り返る。
「あっ……こ、これはお見苦しいところをすみません! こ、こちらが私のお父さんです」
二人に気付いたリセラは慌てたように父親の紹介を始めた。
「リセラの父のダンだ。二人は何者だ?」
「お邪魔してます、隣町から避難して来たエレナです。こっちがリト、私の兄です」
「へ!? 兄ってちょっと待っ――いって!」
「話を、合、わ、せ、る!」
リトの足――小指辺りを思いっきり踏みながらささやく。
「どうした?」
「いやちょっとさっきの戦闘でくらったところが痛んで……まあ大丈夫だから気にしないでくれ。エレナの兄のリトだ。今日は世話になるぞおっさん!」
「ガハハ、おもしろそうな奴らじゃねえか。避難遅刻組ってことは今日はここに泊まってくんだな」
「はい、宿屋が満室だそうで、リセラさんから泊まるのならうちをどうぞと」
「ワシももちろん歓迎だ。久々の客だしな。ただそこのリトとかいったか? なかなか面白そうな奴だし、晩酌にでも付き合ってもらうか!」
「おう! もちろんオーケーさ!」
「もう! ……いいけどちゃんと森での話を聞いてからにしてくださいね!」
リセラが父を一喝する。
「おお、そうだった。森の騒ぎをすっかり忘れとったわ」
「その出来事に関してリトさん、エレナさんが詳しいので話をしてください。その間に私はご飯を作りますので」
そう言ってリセラはそそくさと調理場の方へ駆け出して行った。
「なんか逃げるようだったけど、どうしたのかしら?」
エレナがふと疑問に思う。
「なーに、素を見られて恥ずかしかったんだけだろう。普段はワシとここの村人以外はお客としてしか接しとらんからな。いつも取り繕っとる」
「箱入り娘かー。おっさんが過保護なんじゃないか?」
「一人娘だ、仕方ないだろ。……さて、話を聞くのに立ったままってのもあれだな。落ち着いて座れるところに移動するか」
三人はテーブルと長椅子のある別の部屋に移動した。