第六話:初戦はチュートリアル(ボス)戦です。
「……ねえリト、ちょっと、なんていうか……変な感じない?」
エレナが不安そうな声でリトを呼び止める。
「何が?」
リトはエレナのいる真後ろに振り返る。
「周りの木々なんだけど……やけに折れてる気がするのよ……。ほら、あそこなんてまるで何かが通ったみたいに道になってるし……」
エレナの言うとおり、先に進むにつれ根元から折られている木が多く見られるようになってきた。葉の生い茂った木も倒れていることから、寿命とは考えられない。また、倒されたのも最近だろう。
「大丈夫、大丈夫。どうせただの気まぐれでこうなってるだって!」
リトは全く気にせずに前へと進み続ける。
「気まぐれってどういうこと!? 『あー、もうなにもかも疲れた、死のう。――バキッ』みたいな感じ……ってそんなわけあるかー! どんだけ欝な木なのよ!」
「いやだから『セイサクシャ』っていう最大の強敵のだな…………あれ? おお! なんか開けた場所に着いたぞ!」
二人は半径百メートル程の空き地のような場所に出た。真ん中に樹齢千年は超えているであろう大木があり、周辺は枝、葉で覆われている。
「大木周辺に木々が生えないのは光が当たらないため? でも……」
エレナは足元を見やる。
所々に草は生えているものの、まるで何かに押しつぶされたようにべたっと地面に張り付いて見える。
「ねえ、嫌な予感がするから早くここを離れて……」
エレナがリトの腕を引っ張ろうとしたそのとき、前方の森の中からドスドスとすごい勢いで向かってくる何者かの足音――地響きが聞こえてきた。
とっさに剣を構えるリト。
バキッ!
空き地の傍に生えていた一本の木をなぎ倒し、ここの『主』は姿を現した。
体長三メートルを越す巨大な猪。茶色の毛の下にある皮膚は分厚く硬い。特に鼻の部分は鉄柱に勢いよくぶつかっても、猪自身がダメージを受けないほどである。
二つの赤い瞳で二人の姿を捕らえた猪は、前足でザッと地面を一掻きし、臨戦態勢をとる。
「よし! ようやく戦闘だな! 待ってたぜぇー」
最初の敵を前にして、意気揚々と巨大猪に向かい足を進めるリト。
「あんなの相手にほんとに戦う気!? 大きさといい威圧感といい……やばい感じしかしないよ!」
「心配すんな、どうせチュートリアルなんだから余裕だって。……まあこんなでかいなんて珍しいけど……強そうなのは見た目だけだろ」
「え? 『ちゅーとりある』って何――」
「うお!」
エレナが聞こうとした瞬間、巨大猪がリトに向かって一気に距離を詰めてきた。
ドスン!
激しい衝突音が辺りに響く。
「くっ! さすがに重い……」
リトは猪の突進を剣でガード。ぶつかる直前とっさに足を地面に挿し、はじき飛ばされないようにしていた。
「だぁっ!」
そのまま剣を大きく振り、巨体を遠くに弾き飛ばす。
ザザザッ。
しっかりと四本足で着地した猪は、リトの方に視線をはずさずに辺りをうろうろする。さすがに驚いたのか、様子を見ているようだ。
エレナはというと戦闘に巻き込まれないところまで離れ、リトの戦い振りを見ていた。
(なんであいつあんな巨大な相手に一人で普通に戦ってるわけ!? どう見ても上級魔物のドラゴン並だよ!? 強すぎる……)
猪と同様、エレナもただただ驚くばかりだった。
リトが攻撃に移る。
「でかい図体のわりになかなか素早いじゃないか。――だが力を引き継いだ俺の敵じゃあないな。ふっ、せっかくだ、大技で決めてやるぜ! 『暴風』!」
リトは先ほどエレナから教わったばかりの魔法を放つ。
唱えた直後突風がどこからともなく発生し、猪へと襲い掛かった。
「どうだ! この全体攻撃(――ぽいもの)! まさか序盤、それも最初の戦闘から使えるなんて……な、ぁ……あれ?」
攻撃を受けたはずの猪は平然と元いた場所で止まっている。
「リトー! 重い相手に風の魔法はほとんど効かないからー!」
遠くからエレナの助言が聞こえてきた。
「それを早く言えって! くそー、一ターン無駄にしたー……」
「魔法で攻撃するなら火を使って!」
「火……『灯火』しか覚えてねえぞー!」
「来る途中いっぱい教えたでしょ!」
「魔法を維持するのに精一杯でほとんど聞いてなかった!」
「……バカッ!」
「ば……バカという方かバカなんだぞ! ――うお! また来た!」
リトから何も仕掛けてこないのを攻撃手段がないとみたのか、猪が再び突進を仕掛けてきた。
リトは剣を真正面に向け、再びガードの体勢をとる。
猪はリトに向かって一直線に走り、スピードを上げる。そして彼まで数メートルといったところで急に走る方向を変えた。
「な!?」
リトは突然のことに戸惑い、反応が一瞬遅れる。
その隙を突いて猪はジグザグに走り、剣を避けるようにしてリトの体めがけ、斜めからぶつかった。
「ぐあぁっ!」
全く防御ができなかったリトの体は軽々と吹き飛ばされ、空き地端の木にたたきつけられる。
「い、いつつつつ……なんだよあれ……斜めから攻撃とか防御無理だっつーの。まじチートかよ……」
ぶつかった衝撃で落ちてきた枝や葉を払いつつ、よろよろと立ち上がる。
顔を上げた直後リトの目に入ってきたのは、猛突進してくる巨大猪の姿だった。
「ぎぇ! 連続攻撃とか……最初の戦闘にしては強すぎじゃね!?」
疑問を口にしつつもとっさのガードは成功。
後ろ背にある木を軸にして踏ん張り、剣で巨体を再び振り払う。
バキバキバキ……。
猪を振り払った反動により、軸にしていた木は音を立てて根元より折れた。
巨体をくるりと翻しきれいに着地した猪は、間髪いれずにリトに突撃してくる。
「どんだけあいつのターン続くんだよ! ……くそっ! 何度も喰らってちゃさすがに体がもたねぇ……なら――」
猪とぶつかる寸前に真横に飛びのき突進をかわす、が――
「ぐはっ!」
猪の体当たりを横からもろに受ける。
リトが突進を一度かわした後、猪は地面を強く蹴り、突進の軌道を即座に彼のいる方向に変え攻撃を加えたのだ。
突き飛ばされた体は弾丸のような速度を持って飛んでいく。
「突風!」
リトが突き飛ばされた先にいたエレナが魔法を唱える。しかし、わずかに回復したばかりの魔力ではリトの速度を少し緩めることしかできない。
「きゃっ!」
止めることが無理と判断したエレナはとっさにしゃがんで彼を避ける。
「だ、大丈夫!?」
またもや木にたたきつけられたリトに駆け寄るエレナ。
「な……なんとか……」
よろよろと立ち上がるリトは大きな怪我こそ見られないが、体力は消耗しているようだ。
「うーむ、もしかしてこれは負け戦だったのか……? 能力を引き継いでいるから気付かなかっただけ?」
「だから逃げようって言ったのに」
「でもさ、今なら負けない気がするんだよ。まだまだ耐えれるし、攻撃さえできればいけるはずだ!」
「じゃあさっさとしなさいよ!」
「いやだってあいつの攻撃まだ終わってないみたいだし……順番は守らないと……」
「なにその変な騎士道精神!? そんなのいらないから!」
「え!? いつ攻撃してもいいのか? ……どういうことだ……?」
「こっちこそどういうことか聞きたいことが山ほどあるのに……」
考え始めるリト。いまだにこの世界のことをゲームの世界と疑っていない。
「ほら、またこっち来た!」
猪の向かってくる足音が聞こえてくる。エレナは即座にその場を離れ、リトに警告した。猪はエレナには目もくれず、リトに向かって走っていく。
「えーと、んー……もしかすると……ぐぅっ!」
リトはエレナの警告に全く気付かず、考え事にふける。猪の存在に気付いたのは攻撃された後のことだった。
受身を取りつつ、地面を転がったリトはゆらりと立ち上がり、猪と対峙する。
「はぁ……はぁ……ようやく気付いたぜ。つまりこの世界は――」
ビシッと人差し指を猪に向け言い放つ。
「噂に聞いていたアクションRPGということだな!」
よくわからない威勢に猪はその巨体を一歩引き下げる。元より何度攻撃しても立ち上がってくる相手なので、異様な強さを猪自身も感じ取っていた。
アクションなんちゃらが全然分からない絵レナも緑の目を丸くして固まっている。
「いやーどおりでマップの切り替えもないわけだ。やっぱり最新のやつはすごいなー。……さて、確か記憶では基本RPG、戦闘はアクションって感じでいいんだよな? ものは試し、どうせチュートリアルだ。適当にやってみるか」
リトは剣を握り締め、猪に向かって走り出す。
同様に猪もリトに向かって真っ直ぐ突進を始めた。
猪の巨体がリトに急速に接近する。
先ほどまでガードを決め込んでいだ彼も剣を振り上げ、攻撃に移っている。
ダンッ!
衝突する寸前、リトは強く地を蹴った。
猪の頭上を軽く超えるほどの大きな跳躍。しかし、猪も反応が早く、リトがジャンプをしてすぐにジャンプし、巨体を宙に浮かせた。
「ひゅー、あの体で跳んでくるか。すげぇな!」
余裕の表情のリト。
それもそのはず、ジャンプした高さが全然違うのだ。猪のジャンプは到底リトには及ばなかった。真下を猪が通り過ぎていくのを確認したリトは少ないながら覚えている魔法を唱える。
「『暴風』!」
荒れ狂う風がリトの背中を押し、猪の背後へと運ぶ。
「おりゃ!」
猛スピードで接近し、剣を振り下ろした。
刃こぼれした剣では猪の分厚い皮膚を斬ることはできなかったが、強力な一撃は巨体を地面にたたきつけた。衝撃でたたきつけられた場所の地面は数十センチほど沈む。
しかし、まだ戦意を失っていない猪はなんとか起き上がろうとしていた。
「もういっちょ!」
――が、リトの追撃を受け吹き飛ばされる。
「やったの!?」
隠れていたエレナがリトに近寄ってきた。
「いいやまだ――っていうか旅の仲間なんだから援護でもいいから一緒に戦わないのかよ」
「魔力の回復していない今の私に戦えと? 厳しいって。……それにこんな大物相手を倒せるとは思ってなかったんだから」
エレナが反論する。
「まったく俺をもうちょっと信頼してくれていいんだけどなぁ」
「出会って間もない人のことを信用できるほど私は甘くな、い、の!」
「そんなんじゃ疑ってばかりじゃ彼氏の一つもできないぞ? ……もしかして付き合ったことないんじゃないか?」
「そ、そんなこと今関係ないでしょ! 別に今すぐ恋したいなーとかな、ないし……ほ、ほらあの猪はあのままでいいの!?」
話を避けるる様に猪の方を指差すエレナ。恋愛関係に疎い彼女はできるだけその話をしたくないのだった。
「……ん、まあ次でとどめのつもりだけど……よし、ラスト行くか!」
まだ相手を完全には仕留めきれていない。
リトが剣を構え直し、走り出す。
…………。
「待ってください!」
「ん?」
――猪まであと数メートルといったところで誰かの叫び声が聞こえ、リトは立ち止まり声のした方向を向く。
リトの目線の先にはエレナではない、見知らぬ若い女性が立っていた。
ようやく最初の戦闘。
どうも戦闘描写を書くのが難しいです。もうちょっと回りの景色を細かく書くべきかなぁと思ったり思わなかったり。
いまだにゲームの世界と疑って止まないリト。レムリアがまったく違う現実の世界と気付くことはあるんでしょうか。