第四十三話:人攫いの真相
「いやー、ここまで強いとはの。久々にいい運動になった、ぐぅははっはは。いやー、ちょっとばかしやばかったから、つい本気を出してしまったわい!」
「「……」」
快活に笑う巨体――古代龍を見上げながら、エレナとシャムは状況を理解できずぽかーんと立ち尽くす。
少なくとも双方に戦意がないのは明らかである。
「ん? 二人とも元気がないのう。こやつらは大丈夫じゃと言うておろうに。少し休めばじきに目が覚めようぞ」
ダクドは戦闘がなにやら終わりを迎えたことを察したので、何度も地面に叩きつけられたぼろぼろの体を休めるために、半分強制的に眠りについているだけ。
古代龍から吐き出された火炎をまともに受けたリトは重傷ではあるが、命に別状はない。
古代龍が迅速に炎を吹き消し、自らの『龍の血』を彼の皮膚に塗ることで、火傷もある程度ではあるが抑えることができたからである。
「いやあの、なんか頭の整理ができてなくって……さっきまでなんで戦ってたのか……」
「単純にお主らからびりびりと威勢の良い力を感じたのでな。久しぶりに戦闘を楽しみたくなったのじゃ」
致命傷を与えない程度に、力を加減した戦闘。火炎という龍の力を封じたハンデ戦。
――もっとも想像以上に強力な攻撃、的確な急所狙いに力を抑え切れなかったところは多分にあるが、それでも実力の半分位しか出してはいない。
「そうだったんですか……あっ――じゃあその、あなたが攫った方たちは!?」
大事なことを思い出し、金色の瞳を大きくして問い質すシャム。
「あー、心配せんでいい。みんな無事じゃ。連れてきた人間達には悪いことをしたと思っておる」
「「……?」」
ばつが悪そうに顔をしかめる古代龍を見て、エレナとシャムは同時に首を傾ける。
「実際見てもらうのがよいじゃろう。一度付いて来て……」
古代龍は巨体からは想像できない繊細さでふわりとリトとダクドを掴み上げ、翼を広げ、宙に浮こうとする。しかし――
「――っと」
片方の翼がぎこちなく動き、バランスを崩す。
「そうじゃった。すまんがこの辺りにつけられた『もの』をもう取ってくれんか?」
右の翼に視線を向ける古代龍。
「……了解。『浮遊風』!」
エレナは自らの体を風で浮かせ、翼に近づき見回す。
「………………あっ、これかな?」
翼の真ん中よりやや右側に黄色く輝く光を見つける。
――光の正体は『地』のアブストーン。リトが戦闘中にぶつけたものであり、吸い付くようにして翼に張り付いている。
「――よし、これでオッケー」
彼女自身の風の魔力を注ぎ、力を相殺する。それだけでアブストーンは古代龍の体から簡単にはがすことができた。
アブストーンの効力を消すには元々の属性でその力を操るか、反対(『火』なら『水』、『風』なら『地』)の属性で力を打ち消してしまえばいいのである。
「はい、シャムちゃん」
ふわりと地に降り立ち、アブストーンを持ち主のシャムに返す。
受け取った彼女はそれをジーッと見た後、あごに手を当て首をかしげた。
「あれ、これって――」
見に覚えのないアブストーンの大きさに、シャムが疑問を持ったところで
「おー、ようやく体が軽くなったわい。では少しばかり付いて来てくれ」
と古代龍が移動し始めたため、思考を中断し、そのアブストーンを手提げカバンに入れてすぐ、彼に付いて行く事になった。
「あ、あそこに集まっているのって――」
彼女たちの目の前に見えてきたのは攫われてきたと思われる女性たちである。一箇所に集まり何かを覗き込んでいるようだ。
「着いたぞ」
――ズンッ! 、と飛んでいた古代龍が地に降り立つ。その直後女性たちは一斉に彼のほうを向き、人差し指を口に当てた。
「しっー! 静かにしてください。今寝ているところなんですから」
「す、すまん……」
素直に頭を垂れる古代龍。
名高い龍がただの一般人に向ける行為では決してないはずだが、ここではなぜか立場が逆転しているようだ。
「あのー、あなた方は先日攫われた……?」
目の前の光景に驚きつつ、シャムは古代龍を叱りつけた彼女に質問を投げかける。
「そうですよ――ってまた連れてこられたのですか? まったく、もう心配ないというのに……」
攫われた村人の中でリーダーのように古代龍の前に立ち、物怖じせず話す女性は若く見える。二十代後半だろう。淡い緑色の着物で身を包み、ほほに手を添えるなど行動一つ一つはおしとやかである。
「違う違う。ワシが連れてきたのではなく、この子らからここに来たのじゃ!」
古代龍は慌てて弁明する。
「そうだよ。村の人達から頼まれてね、助けにきたんだ。みなさん元気そうで何より! ……ただなんか攫われてきたにしてはそんな感じがしないような……あっ――!」
エレナは村の女性が集まる場所に近づいたところであるものを発見する。
その瞬間、とっさに口を手で覆って驚きの声を殺した。
「――えっ、赤ちゃん!? それも人間の!?」
村の女性が見守っていたのは一歳にも満たない人間の赤ん坊であった。
「本当ですか!? ――――ふわー、かわいいです!」
シャムも近づき、その目で確かめる。
気持ちよさそうな寝顔に無意識に表情を緩める。
「……まあそういうわけじゃ。お恥ずかしながらのう」
古代龍は目を伏せがちに尻尾で顔をぽりぽりと掻いた。
…………。
「――――なるほどです」
古代龍、村の女性たちの話を聞き終える。
どうやら事の発端はここ――方向山の中腹に赤ん坊が捨てられていたことらしい。
古代龍が発見したときにはすでに赤ん坊は衰弱しかけていた。
――人間の子とはいえ、方向山は自分の領地。
自分のの領地内で、救えるはずの命がはかなく散っていくのを、見て見ぬ振りをするのは寝覚めが悪い。
だから、古代龍はすぐに行動に出のだ。
近くの村から女性を攫い、彼女らに赤ん坊の世話を頼む。
最初は恐怖していた彼女らも古代龍の話を聞き、実際にその赤ん坊が弱っているのを見て古代龍のお願いを聞くことにしたのであった。
火山内――古代龍の住処へ連れてきたのは近場で安全、なにより暖がとれるので、弱った赤ん坊には良い環境だったからである。
「――今までは弱った赤ちゃんの世話をしていたとはいえ、もう元気になったんだしもうみんな村に帰れるんだよね」
「そうなるのう。一気に寂しくは……そこまでならんか。隠居暮らしも悪くはないしの。ちなみにこの子はどうするつもりじゃ。言っておくが人間の子育てなどワシには無理じゃからな」
「そこまで迷惑はかけません。……この子はひとまず村に連れて行くとしましょう。子を捨てる人など私共の村の中にいるとは思いませんが……」
「まあもし見つけたら存分にとっちめてやっとくれ。見つからなかった場合その子は……」
「それなら一つ考えが――」
グラグラグラグラグラグラ…………。
地面が大きく揺れる。……地響きは鳴り止まない。
「なにこれ!? ちょっと長くない!?」
「……た、ただの地震じゃないように思います!」
「――もう来るとは今回の周期は短いのう」
エレナとシャム、そして村の人々が慌てふためき、赤ん坊は起きて泣き出す。
その中で一人――いや一匹だけやれやれとため息をついた古代龍が行動を起こした。
「ふぇ!?」
古代龍がエレナを掴みあげる。
「ちょっと野暮用ができたのでお主の力を借りるぞ」
「え? なになに? なんか嫌な予感するんだけど断ることは――」
「そんな暇はない。急がねばならん。他の者は念のためこの火山内から離れておいてくれ!」
古代龍は村の人々、シャム、気絶しているリト、そして寝ぼけ眼のダクドに避難指示だけ伝え、その場を離れる。
手に掴まれたエレナが「どこ行くのー!?」と叫ぶのを無視し、ぐんぐんと飛ぶスピードを上げて目的の場所へ向かう。
――その場所は方向山の山頂にある火口。
煮えたぎる溶岩は今まさに噴出されようとしていた。




