第四十一話:空を飛ぶ魔物には地属性が有効です
「すごい威圧……」
標的を変更し、向かって来た古代龍に対し、エレナは気を引き締め直す。
敵う相手とは到底思えないが、それでもリトとダクドがこちらに気付くまでの、わずかな時間を稼ぐくらいはできるだろう。
「『暴風』――『火球』!」
敵に攻撃される前に、全力で魔法を打ち込むことに専念する。
しかし、古代龍は魔法を見切ったように風の弱まる場所へ移動し、特大サイズの火球はかすりもしない。
「くっ…………。たぶん狙いは私……。それなら――」
エレナは自分の後ろにいるシャムに声をかけた。
「シャムちゃん! 私からできるだけ離れて! 早く!」
「――――はい!」
緊迫した様子に戸惑いつつも、すぐに頷きその場を離れるシャム。
古代龍は遠ざかるシャムの方を見向きもしていない。
「……うん、やっぱり狙いは私だね。シャムちゃんもこの距離なら巻き込まれないはず。後はタイミングを計って…………今!」
十分に引き付けたところで魔法を唱える。
「『炎部屋』!」
エレナを包むように炎が舞い上がる。
彼女を中心にして半径三メートル。術者以外、侵入するものを焼き尽くす分厚い炎の壁。
範囲の狭い一枚壁の『火壁』の上位魔法である。
「――どうよ!?」
炎が揺らぐ。
古代龍が彼女の魔法領域に入ったことは確かなのだが――
「二属性も操れるとは良い魔術師……しかしこれは範囲が広い分威力に落ちるのう……」
炎の壁をなんとも思わないようにエレナの頭上に顔を見せる古代龍。そこで「すぅー……」っと大きく息を吸い込み始める。
「全然効いてな……やば……」
集中力が途切れ、『炎部屋』が消失する。
足がすくむ。体が動かない。
防御する魔法を唱える気力も起きてこない。
――もうだめだと諦めかけたそのとき「うぐっ……」と古代龍が片目を閉じ、苦悶の顔を浮かべる。息の吸い込みも中断させられ、げほげほと咳き込んだ。
「…………まったく、ないがしろにしないで欲しいですね。私だってパーティの一員なのですから」
ぽつりとシャムのつぶやく声がエレナの耳に入る。
何事かと思い声の聞こえる方を向けば、護身用のナイフで古代龍の後ろ足の先端を切りつけるシャムの姿を見つけた。
古代龍の足からはわずかだが出血の痕が確認できる。
神経の集まりやすい指先は比較的皮も薄く、ナイフでも十分攻撃は通るようだ。
痛みでジタバタと暴れまわる後ろ足をするりと避け、的確にナイフを切りつけていくシャム。
一撃一撃は重くとも当たらなければどうということはない。
しかし、古代龍もやられっぱなしとはいかない。前足のみで体を回転させ、尻尾で彼女らをなぎ払おうとする。
「――――っ!」
巨大な尻尾はまさに迫り来る壁。かわすにはジャンプで飛び越えるしかないが、彼女らに二メートルを超えるジャンプ力はない。
「――『突風』!」
とっさに魔法を唱え、押し返すエレナ。
なんとか尻尾の攻撃を凌いだそのとき、ようやくダクドの助けが入った。
「――はあ!」
「グフッ!!」
ダクドの拳が古代龍の横っ腹に直撃する。
後ろ足の痛みで注意が散漫していたために、防御は全くできず、そのまま遠方の壁まで吹き飛ばされる。
「まったく無茶しおって。隠れておればよいものを……」
「ダクドたちがのんきに会話してるからじゃない」
「会話中に攻撃されそうで……危なかったんですよ?」
「…………」
返す言葉もない。
「…………う、うむ、では今も話している暇はないな。追撃へ向かおう」
そそくさと逃げるようにして古代龍の元へ。
古代龍はというとすでに立ち上がり、空中へと退避していた。足の傷をかばうため、地上での戦闘は避けたいようだ。
「いやー、やっぱりターン制じゃないと忙しいな。考えたり相談する時間がないのはきつい」
ダクドと入れ替わるようにしてリトがエレナ達の傍へやって来た。
「もう! リトも戦闘中にのんびりしすぎだよ! 守るって言ってくれたのにさぁ……」
「悪い悪い。しばらくはエレナから離れねえよ。ちょっとあいつの言葉で引っかかってることもあるしな」
『一度仲間を失えば……』という、ダクドの元魔王らしからぬ心配する一言がどうも気になっていた。
はっきりするまでは誰一人として体力ゼロにしてやるものか、とリトは強く心に刻んだ。
「とりあえずあいつに任しておけばまあ大丈夫――」
「――でもないみたいですよ」
シャムが戦闘中のダクドを指差す。
戦況は一目見て理解することができる。
ダクドが何度も飛び上がり攻撃を仕掛けるのだが、すべてひらりとかわされ、尻尾でのカウンターを食らっている。
空中戦では勝ち目は見えない。それなのにダクドは一歩も引く様子は見られなかった。
意地でも自分一人で何とかしてやるという感じである。
「ちっ、このままじゃさすがに分が悪いな。どうにかしてあのドラゴンを地上に持ってくることはできないのか? ……そうだエレナ、魔法でなら――」
「ううん、きっとダメ。さっきも『暴風』かわされちゃったし、あいつが本気で空中にいようとする限りは『風』じゃあ対抗できないと思う。……魔法で効果があるとすれば対象の重力負荷を大きくするような『地』の魔法が合ったと思うけど…………すぐできるような簡単なものじゃないし、なにより呪文が……」
エレナは頭を抱えて悩むが、一向に呪文を思い出すことができない。
「…………『地』の魔法ですか……あっ、それだったら!」
シャムが手提げカバンの中から『ある物』を取り出す。
「護身用『地』のアブストーンです。敵からの逃走用アイテムですが、これをぶつければもしかしたら――」
シャムは黄色く光る十個のアブストーンをリトに渡す。
「オッケー、分かった。やってみよう。……しかし十個だけか。少し心もとないな」
「数はこれだけです。足りなくなったら投げ終わって落ちてきたものを使ってください」
「えっ? 使い終わったアイテム、拾えば再利用できるの? そりゃあ良い仕様だ。じゃあ問題ない、行ってくる」
リトは十個のアブストーンをポケットの中に入れ、投擲の命中率がある程度保てるくらい近くまで足を運んだ。
古代龍はこのまま戦闘が続けば余裕で勝利できるだろうと考えていた。
ダクドの攻撃はカウンター、もしくは完全に防御することができるし、後から来たリトの投擲もダクドの攻撃と重ならなければ避けることができる。さらにたとえ当たったとしても地面に吸い寄せられ、下がる高度は半分ほど。連続で食らわなければもう一度高度をあげればよい。
それに、一度使い果たしたのか、石の回収作業も見られ、投擲の頻度は少なくなっている。
ダクドもあと少しだろう。明らかに息を切らし、威力も落ちているのだから。
まずはダクド、次にリト、残る二人の順か、とそれぞれを一度見やり、倒す算段をつけていた。
「……どこを見ている……? ……はぁはぁ……貴様の相手は我輩だと言っておろうが……」
凝りもせずに、攻撃を仕掛けてきたダクドにカウンターを入れる。
「ぐぅ……」
さすがにタフなダクドも攻撃を受けすぎたため、すぐには起き上がることができないところまできていた。
「やれやれようやくか……」
思わず一息をついてしまう古代龍。
さて次は――などと考えている間にリトからの投擲を一発受けてしまった。
「ぬぅ……いかんいかん……」
己の不注意を反省するも、次の一発を避ければどうということはないと冷静に考え直す。
リトを視認し、次を確実に避けるため、体勢を整えようとするが――。
「………………!?」
古代龍はここでようやく体の異変に気付く。
そして、気付いたときにはもう遅い。リトの投擲を連続で食らい、地面に叩きつけられることとなった。
なんかダクドのほうが主人公っぽくなってる気がしてきました。……まぁいっか。
次話はいつもより早めに投稿します(目標)




