第三十七話:ドラゴン討伐のクエストが追加されました
宿の主人が用意した食事をとるため食堂に集まったのは、リト達一行と現代日本から召喚されたという青年一人だった。
並べられたテーブルの数や部屋数に比べ、集まった客の数が明らかに少ない。
「お客さん、結構少ないですね」
がらんとした食堂に唖然としたシャムは、主人のいる前で口を滑らせてしまった。
「まあ客の数は時期によって様々だ」
シャムの一言に対し、主人は無愛想に短く答える。
「ご、ごめんなさい! 失礼なことを……」
とっさに頭を下げるシャム。しかしすぐに、リト達より少し離れた席に座った青年からフォローが入った。
「別に主人は怒ってないと思うよ。ただ口下手なだーけ。だよね?」
主人は「うむ」と小さく頷く。
「客が少ないのは事実だ。謝られるとこちらが申し訳なくなる」
「それにちゃんと理由もあるからね。聞いてない? 近くにある方向山の火山活動が最近活発化しているって話」
「そうなの? 知らなかった――ってもしかしてこの辺り危ない!?」
エレナは椅子をガタンと後ろに倒して立ち上がる。
「落ち着きましょう。本当に危なかったら村の人もとっくに避難しているはずです」
「そ、そうだね」
取り乱したことを恥じながら、エレナは椅子を元に戻し座り直す。
「で、どうなのでしょう? 村人は火山活動を知っているのですか?」
「うむ。ただ昔も似たような情報が何度もあったが、結局山がうなるだけで村に被害が及んだことはない」
「ふーん、あれ? じゃあなんで村全体がピリピリしているんだ? 今日の集まりは?」
リトの問いに主人は目を閉じ考える。
沈黙がしばらくの間続いた後、主人は重い口を開いた。
「こんなことを見ず知らずの旅人に話してよいかは分からんが……頼み事をしてもよいのだろうか」
「おう、もちろん! なんでも解決してみせるぜ!」
「話の内容を聞く前にそんな大口をたたいてよいのか? それも引き受ける前提で話を進めるとは」
ダクドが冷ややかな目でリトに視線を向ける。
興味のない人間の手助けなどもってのほか、と言いたげだ。
「なーに、どうせクリアしなきゃ先に進めないんだから依頼を断ることはねえよ。なら安心させる上でも自信を見せつけないとな」
「それを依頼人の前で言っちゃダメでしょ」
冷静になったエレナが突っ込む。
「細かいことはいいんだよ! ――で、その依頼ってのはなんだ?」
「あ、ああ、それは……」
今のやり取りを見て少し不安になる宿の主人。とはいえ彼らに自信があるのは確かだろうと思い直し、意を決して話し始めた。
「つい昨日のことになるんだが、非常に強い魔物がこの村を襲ったんだ。一目で敵わないと感じた。……その魔物の種族は……ドラゴン」
「ドラゴンだって!?」
エレナが再び椅子を倒して立ち上がる。
隣に座ったシャムも体を強張らせている。
「ドラゴンがどうしたんだ? 確かに強敵であることが多いけど、いままで何度も戦って勝ってきたぞ?」
そんな中、平然と言ってのけるリトにみんな(ダクド以外)の視線が集まる。
「本当かい、それは?」
「ドラゴンって言ったら一匹に対して、一国の軍大半を投じるほどだよ。生息数が少なかったり争いに参加することがあまりないから助かっているけど……ってあれ? じゃあ何度も戦ったって――そっか!」
ようやくエレナはリトが異世界からから来たことを思い出した。
同じようにドラゴンという種族でもこの世界とは強さが違うのかもしれない。
(まあでもリトやダクドならここのドラゴンでも倒せそうな気もするなぁ……)
とか考えていると、宿の主人から
「確かに何度も戦う機会なんて普通ないはず。君達はいったい……?」
「あっ、ええと……」
しまった、さっきのは失言だったとエレナは後ろ頭を掻く。
「さ、さっきと同じで単なる大口をたたいただけですよ。ただそれだけ自信があるってことです」
シャムがなんとかごまかし、リトの「本当なのになぁ」というぼやきを無視し、主人の話の続きを聞くことになった。
「……そのドラゴンは強大だった。逆らえなかった。私たちが硬直しているのをいいことに、村の女性の次々と攫っていったんだ。……私の妻も含め、あの方向山に――」
「何だと!?」
今度はダクドが椅子をガンッ! と吹っ飛ばして立ち上がった。
テーブルに両手をつきわなわなと体を震わせる。
「今まで姫一人だけだぞ、我輩が攫ったのは……。我輩より魔王らしいことをたかがドラゴンごときが……許せん」
ガバッと顔を上げるダクド。
「よし決めたぞ! たとえ我輩一人でもドラゴン討伐に向かおうではないか! ひたすら打ちのめしてくれよう」
「待て待て。だから依頼は断らないって言ってんじゃん。みんなで行くんだよ」
「あっ、やっぱり私たちも入ってるんだね。リトとダクドだけじゃなくって今回はパスを――」
「ドラゴンと知っても怖気づかないとは。分かった、正式に君達に依頼しよう。明日村長に話をつけておく。…………おっと話ばかりしてしまっては料理が冷めてしまうな。すぐ持ってくる」
四人全員で討伐に向かうことが決定した。
バクバクパクパク。
宿の主人は次々と調理場から料理を運ぶ。
出された料理はすべて美味で、リトはどんどん平らげていった。
宿の主人は料理人であるそうで、普段からお客の夕食は彼が作っているとのこと。接客は妻が主にしているらしく、彼は苦手らしい。
その間に不安が残り食欲の少なくなったエレナとシャムは村を襲ったドラゴンの情報を主人から聞き出していく。
得れた情報は
――体長は約六メートルと通常の一・五倍。
――咆哮による威圧だけで体が硬直してしまうらしい。
――口からは時々青白い炎が見え隠れている。
と、二人の顔色をより悪くさせるものばかりだった。
「おーい、エレナもシャムも食べなくていいのか? めっちゃうまいぞ」
「うむ、もったいない。満腹度は大切だと聞いたのだが」
「ちょっと食欲が……ね」
「私も今は……」
聞かされるドラゴンの姿にすっかり委縮してしまった二人は少し食べただけで食事を終えた。
「できれば早く妻を助けたいのだが……」
「もちろんです。早朝から出発するのが良いですね。夜は危険すぎますから」
「頼む……。あいつの目的が分からないのがすごく怖いんだ。普通ドラゴンが人を攫うなんて聞いたことない。妻たちは今どうしているか……」
「任せろって。ドラゴンの一匹や二匹すぐに狩ってきてやるからよ」
「我輩としてもどちらが格上か教えてやらねばなるまい」
「じ、じゃあ今日は早く寝て明日に備えないとね……はぁ」
不安が隠せないエレナ。そんな彼女を見てリトは立ち上がり近づく。そしてぽんと大きな手を彼女の頭に乗せた。
「大丈夫だ、必ず何とかなる。主人公が負けてたまるかって。困った人は必ず救える」
エレナはゆっくりと顔を上にあげリトの顔を見る。
「もう、主人公って自分で言うこと? いつも思うけどすごい自信だよね。……まあでも、なんか大丈夫な気がしてきたよ」
彼の自信満々の笑みにエレナは安心する。
(違う世界から引っ張ってきたのは私なのに、それ以降引っ張ってもらってばかり……もっとしっかりしないと)
リトに頭をなでられつつ、目を閉じ強くなろうと決心する。
「もう部屋に戻りますよー」
シャムから声をかけられ、袖をくいくいと引かれる。
どうやら夢見心地でしばらく時間が経ってしまっていたみたいだ。
「う、うん、今行く!」
リト達は一斉に部屋に戻っていく。
「ふーん……」
食堂に残された青年はにやにやと口元を緩ませる。
「ドラゴン討伐かー。これはモン○ンの世界が生で見れるかな。ゲームじゃ味わえない迫力があるだろうね絶対。楽しみー」
青年も早朝に備えるため、いつもよりも早い時間に寝ようと自分の部屋に戻っていった。




