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第三十六話:探索できる場所は男女で分かれています

「いったい何が!?」


 シャムの悲鳴を聞き、すぐさま脱衣所に駆け込むエレナ。

 脱衣所と浴場をつなぐ扉を開けると、そのすぐ傍でシャムが大事なところだけをタオルで隠し、へたり込んでいた。


「――っと」


 エレナは勢い余って彼女に躓きそうになる。


「いったいどうしたの? こんなところに座って」

「うううぅ――」


 シャムは目をぎゅっと瞑り、必死に横を向きながら、震える手で前方を指差した。


「あっち? あっちに何が――っ!?」


エレナの目に映ったのは、浴衣をめちゃくちゃに着崩し、ほぼ半裸の状態で、脱いだ服が置いてある棚を漁っている――――二人の男。


「いやああああああぁぁ! 『突風ブラスト』―!」


 エレナはそれを見た瞬間に思わず呪文を叫んだ。


「ちょっ――うぇ!?」


 びゅん! と一瞬風切り音が鳴り、二人の男を脱衣所の外へ吹き飛ばす。


「はぁ……はぁ……。ななな何してるの、いや何してたの! ――リトもダクドも!」


 脱衣所の中から大きな声で呼びかける。


「いてててて……何も攻撃することねえだろうに……。だってさー」


 リトの声が近づく。


「普通に入ってこようとしないで! そこで待って! 動かないで!」

「……はぁ、分かった」


 二人の足音が聞こえないのを確認し、エレナはすぐさまぱっと浴衣を着る。すぐ隣でシャムもよろよろと立ち上がり、浴衣に手をかけエレナに背を向けながら着替えた。



 ――――。



「なぜこんなことに……?」

「だから我輩は入る前に嫌な予感がするとあれほど……」


 客室に連れて来られ、正座で座らさせられるリトとダクド。

 二人の前には険しい顔のエレナ。そしてその斜め後ろには隠れるようにしてシャムが立っている。


「どうしてあんなことしたか、ちゃんと説明してくれるよね?」


 リトに詰め寄るエレナ。


「あんなこと?」

「女湯の脱衣所にに入ってきたことだよ! まさか覗くつもりだったの……?」

「いやいや、そんなつもりは全くない! たださ、女湯っていつもだったら扉に鍵がかかってたり、障害物があって入れない場所なんだぜ。やっぱり気になるじゃん。もしかしたら特別な重要アイテムでもあるかもしれないだろ?」


 まあこの女湯の脱衣所見つかる『特殊』アイテムはエレナとシャムの下着ぐらいだろう。


「なにもないよ! というよりそんな理由!?」


 予想もしない答えに驚くエレナ。


「……というかちょっとぐらいは私たちの体に興味を持っても……そんなに魅力ないかなぁ……」


 少しショックを受け、ぼそりとつぶやく。


「なにか言ったか?」

「――っ、なんでもない! 次からは絶っっ対! 女湯に入ろうとしたらダメだからね!」

「なんで?」

「な、なんでって、えーっとそう当然暗黙のルールだから!」

「ふーん、探索できる場所が限られているのか……」


 残念そうにするリト。

 いろんな場所を調べるのが醍醐味で動き回れた過去の世界と比べ、非常にルールに縛られているなと感じるのだった。




「あ、あのー、そろそろ浴衣をちゃんと着直してくれないでしょうか……。目のやり場に困りるのですが……」


 エレナの後ろからひょこっと顔を出したシャムが二人にお願いする。


 現在のリトとダクドの服装は浴衣を布代わりにして腰に巻きつけている状態。上半身はほぼ裸で、着こなしているとは到底いえない。


「いやー、装備の仕方――着方がわかんなくってさ。一瞬装備不可かと思ったけど、ダクドが『これならどうだ』って着させてくれたんだよ。元魔王なのに優しいところもあるんだな」

「貴様がのろのろしているから、見ておれんかっただけだ。我輩は早く部屋で休みたかったからな。一人では先に部屋に戻ろうにも迷いそう――いやなんでもない」


 元魔王なのでマップを覚えるのは得意ではない。


「そそそそれはつまりダクドさんが手取り足取り……」


 なにやらそわそわするシャム。


「うむ、そうだが」

「ってことはですよ。もちろんリトさんの体にいろいろあんなとこやそんなとこに触れ……きゃー」


 シャムは手で赤くなった顔を覆いながら部屋から飛び出した。


 バタン、バタン!


 すぐ傍で扉の閉まる音が聞こえてくる。

 どうやら隣の自分たちの部屋に向かったらしい。


「ほらいつまでもそんな格好だからー。シャムちゃん、恥ずかしさに耐え切れなくなっちゃったじゃない。上半身だけとはいえ、男性の裸に慣れてないんだろうね」

「いやそれは大丈夫だろ。むしろ原因はシャム自身だと思う……」


 実際、ダクドがリトに浴衣を着させるというシチュエーションの妄想がはじけた結果である。


「えっ? よくわからないけど、何はともあれとりあえず早く着直してよね」

「エレナが着付けてくれるのか?」

「さ、さすがにそれは恥ずかし……ほらこんな感じ。み、見たら分かるでしょ」

「分かんないから聞いているんだけどなー……」

「うっ、…………わかった。分かったよ! さすがにその格好で宿屋の中をうろうろされるわけにもいかないし……」

「おっ、サンキュー。じゃあ頼むわ」

「なら我輩は貴様らのを見てまねるか……」

「よし、よーし……ふー」


 エレナは顔を真っ赤にし、意を決して着付けに取り掛かる。


 …………。

 ……。


 できるだけリトの裸を見ないように、意識しないように目を半分閉じて作業をしたため、時間が結構かかってしまう。

 着付け途中に、シャムが隣の部屋から戻ってくると「ダクドさんじゃなくてエレナさんが着させることにしたんですね」と少し残念そうにしていた。


「ふぅー、終わり!」

「おー、ばっちしだ。『浴衣』ってのはなるほどこうやって着るんだな」

「次からは自分で大丈夫だよね」

「覚えてなかったら次はダクドさんに聞けばいいんですよ。ほら、ちゃんと着れてますし」

「やたらとダクドを押すなよ……。まあ覚えたし、次は一人でできるさ。ってかエレナこそなんか体力減ってるように見えるけど……まあ宿屋だし、すぐ回復できるから別にいいか」

「あはは、いやーもう恥ずかしさで疲れが……」


 変に汗をかいてしまったため、後でもう一度温泉に入ろうかなとエレナは思うのだった。




 コンコン。


 ふと、部屋の扉がノックされる。


「はーい、なんでしょう?」


 シャムがそれに応じ、部屋の入口へ向かう。

 扉を開けると前に立っているのは宿の主人だった。


「遅くなってすまない。食事の用意ができたので食堂まで来てもらえるだろうか?」

「はい、わかりました。――みなさんもすぐに食事にしますよね?」

「うむ」「うん」

「それじゃあすぐに向かいま――」

「――あと食事と別に注文があるんだけどさ」


 リトが部屋の中からはっきりとした声で主人に呼びかける。


「この村で何が起こっているか教えてくれないか? たぶん力になれると思うぜ」


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