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第三十五話:混乱はふとした瞬間になります

「おー、貸切だね。ラッキー!」


 大浴場を見渡すエレナ。

 他の客は見当たらないので、これならシャムが隣国の王女とばれないよう、他人の目を気にする必要はなさそうだ。

 外につながる窓はなく、代わりに壁一面に風景画が描かれているので万が一にも外から覗かれる心配もない。


「ほんとですか? じゃあ気兼ねなくゆっくりできますね。どうやって顔を隠そうかなーって困ってたんですよ」


 バスタオルをきっちりと体に巻きつけたシャムが続いて入ってくる。


「こそこそしなきゃいけないのは大変そうだね」

「でもこれはこれでスリルあって楽しいですよ? なんかスパイしてるみたいです」

「ふ、ふーん……」


 王女にとっては縁遠い職業だと思う。が、実際には旅人、冒険者になっているのだから縁というのは意外と分からないものである。

 その辺に置いてあった桶を使って体を流す。


「――っ、ちょっと熱いかも」


 ここの温泉は源泉掛け流しであり、お湯の温度が通常より少し高い。そのため、二人は湧き出る場所から離れた場所に移動した。


「あっ、シャムちゃん。せっかくきれいに巻いてもらったのは悪いけど、湯船につかるときはタオルをはずさなきゃいけないよ」

「えっ、そうなんですか!?」

「うん。衛生面上よくないんだって。タオルが新品でも繊維くずとかあるみたいだし……一応マナーかな」

「そうなのですか…………タオル取るのはやはり恥ずかしいですね。しかし王女として民のマナーくらい守らなくては……」


 シャムはタオルを丁寧に脱ぎ取っていく。


「…………」


 その姿に湯船につかろうとしていたエレナは足を止め、ついつい目が向かってしまう。


 脱ぐ動作一つでも感じられる上品さ。

 絹のようになめらかで白い肌。

 恥ずかしげな表情。


 ――そして何より大きな双丘。


 ふとうつむいて自分の『もの』と比較してしまう。


 ――絶壁。


「………………あはは、なんだろうこの差」


 乾いた笑いがエレナの口から漏れる。


「もうね、生で見ると余計実感するというか質感がまさにそこに……一体ここには何が詰まって……」


 ――ムニュッ。

 と、エレナはシャムの胸を片方つかんだ。


「ひゃわわわわ! ななな何してるんですか!?」

「やっぱりその(体の)小ささでこの(胸の)大きさは犯罪的としか……」

「小さくて大きいってどういうことです!? というか今まさにしていることこそ犯罪的ですから!」


 犯罪的というより犯罪そのものである。


「確かに同姓のイチャイチャというのは好んでますが読む見る専門でしてあの私は女の子が好きというわけではなくてですね、こんなことは初めてでして――」


 どうしたらいいかわからずに両手をわたわたとさせるシャム。


「ですからそんな揉まないでください。ひゃっ! そこは……ダメ……!」


 エレナの猛攻に思わず突き飛ばしてしまった。


 ザッパーン!


「あっつーい!」


 浴場ということもあり、エレナの叫びはよく響く。


「はぁ……はぁ……」


 エレナはすぐさま湯船から飛び出た。


「な、なんで私はいきなりダイブなんかを……?」

「ふう……正気に戻りましたか……」

「あれ? どうしたのシャムちゃん。そんなに顔を赤くして。やっぱり裸は恥ずかしい?」

「あっ、いえ、恥ずかしいのは恥ずかしいですがそれが問題じゃなくて、その……はずかしめを受け……なんでもないです」


 シャムは両腕でがっちりと胸を隠し、つま先からゆっくりと、お湯の温度に慣らすようにして湯船につかる。

 肩まで浸かってしまえば、お湯自体が白く濁っているので胸は隠すことができる。


「……うーん思い出せないけどまあいっか。疲れてたんだよね、たぶん。私もはいろーっと。………………はぁー、気持ちいいね!」

「そうですね。お城の浴場とは違って体の芯からあったまるような気がします」

「これなら旅の疲れも吹き飛ぶよー。足の痛みも明日には治りそう。シャムちゃんは足とか大丈夫?」

「平気ですよー。鍛えてましたから」

「王女様だったのに?」

「だからです! 城から脱走のためです! 体力をつけないとすぐに捕まっちゃいますからね」

「そういえばそうだったね……」

「それと人気の漫画(BL)の新刊が発売されたときの争奪戦は凄まじいですからねー」

「そうなんだ。私漫画とかは疎いからなー。どんな感じなんだろう?」

「激安タイムセールに群がる主婦の群れをイメージしていただければいいかと」

「うん、十分伝わった」


 ――――。


「それにしてもリトさんとダクドさんは今どうしてるでしょう? 気になります、すごく」


 シャムが男湯の方の壁をじっと見つめる。


「確かに。また変に問題起こしてないといいけど」


 今思えばこの世界の常識を知らないリトとダクド二人だけというのは危ないことに気づく。この前の街でも二人のトラブルが原因で警備兵に捕まったのだ。もしかしたらまた……。


(いやいや考えすぎだよ。服を脱いで、湯船に浸かるだけだもん。ちゃんと男湯女湯で別れるとき、『お風呂から上がったらこの浴衣に着替えてね』って念も押したし大丈夫大丈夫……)


「まあさすがに今回は何も起こらないでしょ」

「私としてはナニかあったほうが面白いんですけどね。でもここじゃ壁も厚くて隣の声も聞こえてこないですし、覗く隙間もないですし……(ブツブツ……)」

「こっちが覗くの!? 普通逆じゃない!? そ、そんなに男の人の体に興味があったんだ……意外……」

「あの違わないけど違うといいますか、えっとえーっと――」


 自分の不用意な発言に焦るシャム。

 このままでは男性の体に興味津々で男湯を覗こうとする変態のレッテルを張られかねない。

 今まさに腐女子と変態の二者択一をせまられて――。


「そ、そうです! さっき二人が心配とか言ってたじゃないですか。保護者的な監視のためです!」

「あっなんだ。そういうことなの……って顔真っ赤だけど大丈夫?」

「ち、ちょっとのぼせちゃったみたいです。そろそろ上がりますね!」


 そう言ってシャムは湯船から立ち上がり、超速で体にタオルを巻き、一目散に脱衣所へと向かっていった。

 その様子を見ていたエレナは

(あ、危ない。はぁー、滑らなくてよかった。それにしてものぼせている割には元気だなー)

 と思いつつ、ゆっくりと立ち上がり、湯船から出ようとする――と同時に


「きゃああああああああ!」


 とシャムの悲鳴がエレナの耳に聞こえてきた。

 お風呂回。


 普段、色気や女の子らしさはどこだろうと思いながら書いているエレナですが、裸になれば色気がちょっとくらい……ありませんでした。


 胸にコンプレックスを持ってるからそこで女の子らしさを……


『シャムの胸を揉みまくるエレナ』


 …………あれ?

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