第三十三話:「お泊りになられますか?」と言ってくれるNPCが見当たりません
「すまん、普段なら案内までするんだが、これからちょっと予定があるんだ。それじゃ――」
男はそうリトとダクドに伝え、村長が住んでいると思われる村で一番大きな家へと向かい、離れていった。
「あれ? もう話終わったの? 宿の場所は?」
入れ替わるようにして、エレナとシャムが先に村に入っていたリト達に追いつく。
「あっちだって。宿は一つだから見れば分かるんだと。えーと、くらげを逆さまにしたようなマークの看板が目印みたいだぞ」
「くらげを逆さま…………? あっ、もしかしてこんなのだったりする?」
エレナは近くに落ちていた棒切れで、地面を削り模様を描く。
――三本の波線を並列にして、その下部を半円が囲っている模様。
「そうなのか? 実物がわからないから何も……」
「それなら向こうの方に見えるな」
前方を指差すダクド。
「……うーん、どこだ? 見えねえぞ?」
「あそこだ、あそこ。店の入口と思われる扉の上の方に掛けてある……ほらだいたい三百メートルくらい先に――」
「遠っ! さすがに無理だわ」
「うー、さすがに私も見えないです……」
「同じく。視力どれだけいいんだよ…………まあダクドの身体能力が高いのはもう分かってるから疑わないけど。でもそれより! このマークがあるのは確かなんだよね! やった!」
エレナは両手をグッと握り締めて喜ぶ。
「ん? 何でテンション上がってるんだ?」
「だってこのマークがあるって事は『温泉』があるんだよ! 旅の疲れを癒すにはぴったりのスポット! そりゃあテンションも上がるって!」
「ああ、温泉のマークでしたか。それは私も楽しみです。いままでは『のぞきなどの不届き物がおるかもしれん』とかお父様が心配するから、お城の浴場でしか入らせてもらったことがないんですよねー」
「のぞきなんてめったにないのに……過保護だね」
「かもしれないです。そう考えるとお城出る前、お父様に直接言わなかったのは正解だったのかも。何を言っても反対されそうでしたし。……まあ何であれ旅についていくと決めてましたから、そのときは強硬手段にでるだけでしたけど」
「いやー、十分強硬手段に見えたよ」
大人数の警備から逃れての城から脱出。どう見ても親、さらには周囲の反対を押し切った形にしか思えない状況だったのだが――。
「だからあれはお母様からの試験ですって。高い壁を用意するのも一つの愛情表現です」
「へー、じゃあ強硬手段にでてたらどうしてたの?」
「そうですねー……『分からずやのお父様なんて嫌い!』と言って心を折ってから、旅に出て追っ手すら用意させる気力をなくすことでしょうか」
「………………はー、そ、そう」
うわあ、と少し引きつつ、シャムの家系はSッ気が強いのかもしれないとエレナは思うのだった。
「おーい、温泉で『疲れ』を回復するんだろー! 早く行こうぜー! 置いてくぞー!」
「あっ、そうだよ温泉!」
「話の続きは温泉につかりながらゆっくりしましょうか」
二人はリトの一声で話に夢中になろうとしていたことに気付き、歩を進める。
リトはといえば(なんかこの世界、パーティーでの団体行動しづらいなー)といまさらながら違和感を覚え始めるのであった。
「ん? 宿屋の主人がいないな。これじゃあ泊まれなくないか?」
温泉マークのついた宿屋に入ってすぐのロビーでリトがつぶやく。そしてそのまま踵を返そうとする。
「待って待って! どこ行こうととしてるの!?」
「え? 主人が現れるまで村の人に話しかけようと思ってたんだけど。ほら、こういうときは出現フラグ立てないと?」
「……フラグ? 旗?」
「えーと、なんていうか条件みたいなものだ」
「条件……ってそれじゃあ店の人がロビーに戻ってくるまで散策するってこと? 歩き回るのはもうやだよー」
「とはいってもフラグが……」
「そんなことしなくてもここで呼べばいいんだよ呼、べ、ば! ね!」
エレナがシャムにふる。
「そうですよね。ほらこのようにすれば――」
チリチリチリチリリ……。
甲高い鈴の音がロビーいっぱいに響き渡る。
「…………なに、してるの?」
エレナがきょとんとした顔で聞く。内容はもちろん、シャムが急にカバンから銀色の鈴を取り出して鳴らしたことについてである。
「ええ? サービスを呼ぶときにはこうするんじゃないんですか!? メイドを呼ぶときいつもこうしてましたよ?」
「ここはお城じゃないんだから……。村の宿じゃ十中八九メイドはいないよ。というよりメイドを呼ぶため用の鈴なんてあるんだね。初めて知った」
「そうですかー、一般的ではないんですね……。知らなかったです。漫画では同じようにメイドや召使いを呼んでいたので……」
「まあ漫画は理想や空想でできてること多いからね……。……よし! じゃあここで常識覚えてひとつ賢くなろうか!」
「はい! …………ただ気のせいかちょっと子ども扱いしてません?」
あごに手を当て不満そうに少し首を傾けるシャム。
「えっ!? そんなことないない! こんなものだって! シャムちゃんは教育もお城で受けてたでしょ? それが原因! たぶん!」
エレナは早口で誤魔化そうとする。
小柄な体躯に、ぴょこぴょこした動きなので、どうしても年が一つしか離れていないと頭で理解することができていなかった。
「そうですか? まあせっかくの城の外の世界です。いろいろと少しずつ覚えていくのがいいですね」
「うんうん。で、こういう小さな宿の主人を呼ぶ方法なんだけど……」
「そのくらいなら我輩に任せろ」
エレナが説明をしようとした矢先、ダクドが話に割り込んできた。
「ど、どうしたの急に……」
先ほどまで無口だったダクドの発言にエレナは戸惑う。
「『シュジン』の呼び出しであろう? 我輩の得意分野だ。今まで何度も行ってきたからな」
「と、得意? えっ、いや得意も何も知っているかどうかじゃ……」
「ふん、まあ見ておれ……」
有無を言わせず、深呼吸をし始めるダクド。
(我輩ならできる。そこまで力は落ちとらんはずだ。ここで周りを驚愕させねば……存在感を高めねば、この世界での我輩の価値は……)
自分に言い聞かせるように小さくつぶやく。
そして、一呼吸置いた後、手を前にかざして、大きく叫んだ。
「宝物を守りし装甲よ、我輩の前に姿を現し盾となれ! はあああああっ……!」
「何やって……ひゃっ!」
「うわっ!」
力み、叫び続けているダクドの目の前の空間が真一文字に裂ける。
実際地面が揺れているわけではないのに、ゴゴゴゴゴ……という地鳴り音が響き、その裂け目から何者かの頭部――鉄仮面が姿を現す。
「はあああああああ……」
徐々に見えてくる金属で覆われた腕、……そして胴。
…………しかし胴が三分の一ほど見えたところで、
「はあああ……ああ………………こ、これがげ、限界か……」
ダクドが力尽きる。同時に空間の裂け目、そこから出てこようとした何者かも姿を消した。
「何なんだ今のは……」
「びっくりしました……なんか鉄仮面さんちょっと怖かったです……」
「……恐怖を与えれたか、それはよかった……最低限のことはできただろう……」
ダクドは片膝をつき、うつむきながらくくくと笑う。
「それよりさっきのは何なの!?」
「……なに、貴様らが『シュジン』を呼びたいというから頑張ったのではないか」
「はい???」
「だから守神つまりガーディアンをだな召還しようと……」
「なるほどシュジン違いか……」
ダクドの簡略しすぎた説明にリトのみ合点がいく。
「いやいや宿屋の主人を呼ぶだけなのに召還なんて必要ないから! それに対象も間違ってるし危なかったよ、もう!」
「戦闘になるかと思いました……」
「ほんとほんと……ただ魔法陣とか媒介もなしに召還がなかば成功するとか、ダクドってもしかして結構すごい魔力持ち?」
魔力に自信のある自分でさえ、召還には魔法陣プラス蓄える期間がかなり必要だったのに……、とエレナは思う。
実際、元が魔王であるダクドの魔力量はすさまじいのだ。属性不一致により魔法そのものが使えないだけ。属性を持たない『召還』の魔法に関しては例外中の例外である。
「くくく、ようやく我輩の偉大さが分かったか……もっと恐れ、ひれ伏してもいいのだぞ」
「まあ今ひれ伏しているのはお前だけどな」
魔力を使い果たし、床に手を着くダクドを眼下にリトがつっこんだ。
「ていうかもったいぶらずそろそろ教えてくれよな。宿の主人を呼ぶ方法」
リトがエレナに催促する。
「別にもったいぶってたつもりはないよー。ただ横槍が入っただけで」
「あう、邪魔しちゃいましたか……」
「違う違う、シャムちゃんのことを言ったんじゃないって。ダクドの急な召還のこと」
しゅんと小さくなるシャムをすかさずフォローする。
「我輩の扱いは変わらんのだな……」
その傍で落ち込むダクド。
彼の様子には気付かずエレナは説明を続ける。
「――でまあ方法ってのは簡単でね、カウンターに置いてあるこの手の平サイズの平べったい円盤を叩くの。すると宿主の持つ円盤が共鳴して振るえ、客が来たことを知らせるんだよ。ほら、これ位の規模の宿だと個人経営とか、一家経営だから、常に誰かロビーで待っていることって少ないんだよね。だから結構置いてあることが多いよこれ」
そう説明を終えつつ、エレナは黄緑色の円盤を叩いた。
…………。
………………。
「宿の主人現れないけど」
「あっれー、おかしいな。気付かなかったのかも。もう一度――」
………………。
「やっぱりフラグが必要なんだって。村回ってみようぜ」
「えー、もう歩き回りたくないよー」
「とりあえず動けないダクドさんをここで休めないと」
「仕方ない。ここは個人行動のときか――」
そう言ってリトが宿から出ようと百八十度振り返ったそのとき――
ぱちぱちぱち……。
手を軽く叩きながら、少年とも青年とも見える男がリト達に近づいてきた。
「いやー変わった人たちだ。面白い。視聴するのにうってつけだよ」
にへらと笑うその男に、敵意、悪意、好意、殺意どれも感じることはできない。
一つ確かに感じるのは『興味』の視線ぐらいだろうか。
投稿が遅くなってしまいました。
登場人物が増えたので、会話主体で進めようと思ったのですがなかなか上手くいけませんね^^;




