第三十二話:体力は野宿でも回復できますが……
ここから次の村と場所が移ります。
……一応新章のつもりですが、章を分けたほうがいいのか考え中です。
近くから騒がしい声が聞こえてくる。
「うう……誰じゃ……? ワシの眠りを妨げるのは……」
標高三千メートルを超える山の中で、その者はのっそりと巨体を起こす。
場所は『方向山』。
かつて方角を示す道具、羅針盤のなかった時代、山と日の位置により方角を知るという、人々のお世話になっていた山である。
しかし、目立つにもかかわらずこの山を訪れる人はいない。なぜなら山の中より時折、空気をびりびりと震わす不気味な雄たけびが聞こえてくるからだ。
迷い込めば二度と出られない、怨霊に祟られるなどの昔からの噂が今になっても絶えることはない。
魔物すら近寄らない不気味なその山は『咆哮山』とも、言い伝えられていた。
ずぅううん……。
「ふあああああ……」
歩くだけで地響きが広がり、重低音の声が空気を震わせる。
「ワシの領域に足を踏み入れるとは……珍しいのぉ……。少し様子でも見に行こうか……場合によっては……久々に暴れるかの。肩慣らし位になればよいが……」
その者は、大地、空気を震わせながら、威厳たっぷりに声のする方へ赴いた。
………………。
――――なっ!?
その者は声の主に出会い、驚愕する。
「………………し、仕方ないのう……」
方向山のすぐ近く、ふもとの村で巨大なドラゴンによって、女性が何人も攫われたのはこれから少し後のことであった。
「…………ん? あれは村……かな? だよね! やっと着いたー!」
エレナが喜びの声をあげる。
「まず宿行こう。早く早く!」
「いやいや待て待て」
リトは村に向かって走り出そうとするエレナを制止する。
「さっき起きたばっかじゃん。体力は回復してるだろ?」
「何言ってるの!? この三日間ずっと野宿だったでしょ。さすがに疲れは残るって!」
「疲れ……? 体力とは別のパラメーターか? 確かに腕とか腰とか本調子ではないけどそれに関係が……」
「私もちょっと布団で寝たいかもです。野宿は新鮮で楽しかったんですけど、あんまり寝れなくて……」
「我輩もまだ寝足りん。それに玉座と同等、いやそれ以上の心地よさであった布団とやらで寝たい」
悩み始めたリトに対してシャムとダクドがそれぞれ意見を述べる。
「疲れを取るには宿が必須なのか……よしわかった。俺も泊まることにする。えーと所持金は――」
「大丈夫。それくらいは余裕であるよ!」
「なら問題ないな」
「私もお城から少し持ってきましたので――五万ギルほど」
「…………五、万……た、大金! 少しじゃないよ!? まさかそれって国のお金じゃ……」
つい三日前まで王女だったシャムの金銭感覚に驚き固まるエレナ。
「あっ、嘘です。見栄張っちゃいました。少しではなく、五万が私個人の全財産です」
「五万持ってるのは本当なんだね……」
「はい! ですので宿代はお任せください!」
「あっ、ええと……」
それなら――と、一瞬心が揺らぐも、さすがに王女様に払ってもらうのは気が引けた。
「やっぱり今後の支払いは半分ずつにしよ。……仲間、なんだし」
照れくさそうに話すエレナ。その様子を見たシャムはにっこりと微笑み、エレナの手を握った。
「えっ!? ちょっと……」
突然手を握られたので体がびくっとなる。
「ほら、急がないともうダクドさんたち村に入っちゃいますよ」
「あっ、そういうこと。確かにすぐ追いかけないといけない――けどシャムちゃんは一応あれ着ないと」
「そういえばそうでしたね」
シャムは手提げカバンの中から薄クリーム色のフード付きコートを出し、服の上から羽織り、フードを目元まで深くかぶる。
王女とばれないための変装。城からの追っ手は来ないとのことだったが、盗賊などよからぬことを考える者は多々いるので念のためだ。以前、街へ脱走してきたときに着ていたものと同じである。
「どうですか? ばれませんよね?」
シャムはフードをひらひらさせてくるりと一回転する。
「うん、大丈夫! どこからどうみても小さい子供にしか見えないよ!」
「そ、そうですか……子供ですか……。もう十七なんですけどね。やっぱりもっと赤色とか大人っぽい色を選べばよかったでしょうか……」
(服の色が問題じゃあないんだけどなぁ)
と思いながら、エレナは考え込むシャムの手をとって、村の入口付近で村人と話をしているリトとダクドのもとへ駆けて行った。
人攫いのドラゴンが現れた村。そこへやって来た勇者たちの話になります。
更新頻度は相変わらずゆっくりですが、どうぞよろしくお願いします。




