第三十一話:非売品のアイテムは重要です
「――――ということです」
シャムはダクドに会うまでのいきさつ、依頼内容、そしてリト達の旅に付いて行くことを話し終える。
「えっ!? 家出とかじゃなくて、ずっと付いて来るってこと!?」
エレナはにわかに信じられず、もう一度聞き返す。
「はい。お母様にはちゃんと話をつけてきました」
「で、でででもだよ。シャムちゃんは王女様でしょ!? いいの!? ってか大丈夫なの!? さっきみたいに追っ手とかは……?」
「それは大丈夫かと思います。今回の追っ手は、私を任せられるかどうかを計る試験みたいなものでしたから。ダクドさん達の強さは十分に分かってもらえたでしょう」
「で、でも……さっきみたいな盗賊からも狙われることも……」
「心配し過ぎだって。ちゃんと切り抜けてただろ?」
「うむ。それに気絶さえしていなければ捕まることもあるまい。そなたが思っているより姫、いやシャムの能力値は高いぞ」
エレナとは対照にリトとダクドはシャムが仲間に入ることを全く心配していないようだ。
「そうかもしれないけど……一国の王女様を連れ歩くんだよ。責任を感じるなぁ……」
「何暗くなってんだよ! 王女と共に旅をする。王道パターンで燃えるじゃねえか!」
「……あ、あのー、やっぱりダメでしょうか? 私なんかが付いて行くのは……」
か細い声でおそるおそる尋ねるシャム。
母親に全然平気といった感じで、ここまで来た手前、すぐ国に戻るのは気が引けた。
「この前も言ったが、我輩は何の問題もない」
「俺も仲間に入るのは大歓迎だぜ。ちょうどこれで四人パーティが完成するしな」
「四人パーティって? まあ増えすぎると統率が取れなくなるだろうけれど、完成ってのは…………あっ、仲間になるのを否定しているわけじゃないよ。ただ旅をする以上は危険な目に遭うことも多いし。今までのように護衛してくれる兵士はいない。それを心配しているだけなの」
「じゃあいいんですね。皆さんの旅に付いて行っても」
「おう! 一緒に魔王を倒そうぜ!」
リトは握った拳を前に突き出す。
「はい! …………ってふぁっ! 『魔王を倒す』ですか!?」
「言ってなかったっけ? 元魔王からも聞いてないか?」
「モトマオウ……あっ、ダクドさんのことですか。き、聞いてないです。……旅は旅でもま、魔王討伐の旅でしたかー。てっきり他の冒険者のように各地のクエストを受け周っているのかと……」
「やっぱり城に戻る?」
「…………いいえ! 魔王を倒せるならそれに越したことはありません! 目標が大きいので、びっくりしちゃっただけです。どこまでお役に立てるかは分かりませんが……」
「大丈夫! 四人パーティの場合、大抵役割があるから! アイテム使用係とか壁とか」
「壁って……それは失礼でしょ」
エレナが苦笑いする。
「いやいや、もちろん女の子を壁役にはしないって。壁になるとしたらこいつ」
リトは座ったまま足先をダクドの方に向ける。
「防御高いし、魔法耐性もある。さらに体力も高いと思う。ぴったりだろ?」
「はぁ? 何を言っとるのだ。貴様も同じようなものではないか」
「いやいや勇者が壁役ってどうなんだよ。……あっ、でも結構あったか……確かに仲間の方が敵を攻撃するのに優秀なことも多いんだよなー」
「結構あったって……リトさんは他の仲間と組んでいたことがあるんですか?」
「ああ、ここに召還される前にな」
「召還……?」
「ちょっとリト、それは秘密にって言ったじゃない!」
「仲間なんだし隠し事はやめておこうぜ。いつかばれるって」
「隠し事はだめですか……」
なにか言いよどむシャム。
「それは……確かに……」
リトの口の軽さから考えれば、黙っている方が難しい話だと、エレナは考える。
「だろ? だから、えーとどこから話せばいいやら……」
リトはエレナによって自分がこの世界、レムリアに召還されたこと、いままで魔王討伐のような旅は幾度となく経験していることを伝えた。
「……はぁー、召還魔法ですか。確かに禁忌の魔法とされてきていますが、法律があるわけでもありません。グレーゾーンといったところでしょうか。まあリトさんのようなお強い方を呼べたのですから結果オーライですね。――ってことはダクドさんも……」
「うむ。召還されたのだ。この娘ではなく魔王側の奴にだがな。反抗したらすぐに転移させられてしまった」
「別の世界の人って強いんですね」
「言われてみればそうかも」
「俺らが特別なだけのような気がするけどなぁ。たぶん村人とかモブキャラは召還されないようになってるんじゃね? 本当にただの村人を召還する世界はみたことないぞ。ただの村人だと思ったら、実は勇者の子孫でした――ってことはよくあっても」
「へぇ~。勇者とか、なんか御伽噺の世界みたいですね」
「俺らにとっちゃこれが普通だけどなぁ」
リトがダクドの方に目を向けると、彼もうんうんとうなずいていた。
「――そうだ。シャムってカバン持ってたよな。アイテム一つ入れといていいか? 軽いやつなんだけど」
ふと思い出したようにリトがシャムに聞く。
「いいですよ。あの辺りに置いて……あっ、持って行きますよ?」
「いいって。それぐらい自分で――」
リトが立ち上がり、カバンの置いてある木陰に向かおうとしたそのとき、
「いえいえ、ここまで動きっぱなしでしょうし、私が――」
シャムもぴょこっと立ち上がり、さっとリトの前まで移動した。
屈託のない笑顔を見せながら、ここは通すものかといった威圧を感じさせる。
…………。
「……えーとさ」
リトはばつが悪そうに頭をかく。そして、Tシャツの内側から街で手に入れたアイテム――一冊の本をシャムだけに見えるようこそっと取り出した。
「これを入れておこうと思ったんだけど……シャムのだよな?」
「な、なんでリトさんがそれを……お気に入りで探してたのに……ちょっと――」
シャムはリトの腕を無理やり引っ張り、焚き火の元を離れる。子供のような体躯だが、意外と力はあった。
「ちょっとその方向はまだ慣れ――うぇ」
リトが口元をおさえつつ、連れて行かれた場所を確認する。
カバンの置いてある木陰。
そのすぐ傍に立つシャム。リトから奪い取った本を両手で大事そうに抱えている。
「どうしてこれが私のだと……」
「ごほっ……ああカバンの中に同じシリーズの本があるのを見かけて――」
「私が気絶している間にカバンをあさったんですか!?」
「そりゃまあ仲間に入るやつの所持品や装備品を確認するのは当然だからな。見てみたら同じ題名で一巻だけない小説があるじゃん。気になって開けてみると全部同じ柄の栞がはさんであるじゃん。俺の手に入れたアイテムにも同じ栞があった」
「あの、リトさん……その手に入れたアイテムって、いったいどこにありました?」
「えーっと確か住宅街近く、家と家の間にあった木箱の中だったかな」
「…………ほぼ間違いなく私のです。街まで買いに行くのはよかったんですが、城に置いてたら見つかり……そこに一時保管してました」
「やっぱり親に反対されて?」
「はい。捨てるといわれたのでその日のうちに城を抜け出して退避を……」
「親厳しいねー。まあ城の中にあるものじゃないけど。だって――」
リトはカバンの中の同シリーズの本をぱらぱらとめくり言う。
題名『俺色に染める ~ハルト×ジェーン~』全五巻。
「――これBL本じゃん。しかもR指定付きの」
「…………はい。でもでも、R15です! セーフです! ていうかちょっと見ただけでBLだと分かるということは、リトさんもこちらの世界に興味が!? もしかしてダクドさんとすでに関係を――」
「んなわけあるか! 目を輝かせるな! 流行り物を調べてたときに得た知識があるだけだ。俺にその趣味はねえ!」
「そうですか。残念です。男性が旅で仲間を組む場合、戦友の一線を越えることが、まれによくあるはず、と考えている、とどこかの本で見たのですが」
「情報中途半端すぎるだろう。というより『考えている』って書いている時点で筆者の妄想だよそれは」
「妄想。いいじゃないですか。私も暇なときよく妄想します。お風呂の後にするのが一番至福の時間ですね」
「そんな性癖まで暴露しなくていいから。まだエレナと元魔王はこのBL本のこと知らないけどどうするよ?」
「あっ、そうなんですか? 知ったら引かれないでしょうか……?」
「それはわからんなぁ。ただ元魔王はこの本読んでもらっても理解できない……というか人間の趣味に興味は示さないと思うし、エレナは……まだよくわからん。会ってからそんなに経ってないしな。腐女子であることが重要なキーってわけでもないだろ。黙っててもいいんじゃないか?」
「そうですね。ただBLというジャンルを知っているかどうかだけ一つ試します」
シャムはそう言って巻のそろった小説をきれいにカバンにおさめ、エレナとダクドの待つ焚き火の方へと戻った。
「遅かったね。何話してたの?」
エレナが二人に聞く。
「軽く自己紹介をな。ほら、俺城で別行動してたから面識がなくて」
「それなら私もだよー。話す暇なかったもん。抜け駆けはだめだよ」
「悪い悪い。自己紹介はまた後でな。それよりシャムがちょっとした連想ゲームしたいんだってさ」
「……ん?」
エレナがシャムのほうを向く。
「あの、お二人に聞きたいんですけど、『山』といったら『川』、『風』といったら『地』みたいな法則がありますよね? そ、それでその……『攻め』といったら何でしょう?」
「守り?」
「守りだろう」
二人からは即答された。
「そうですか……」
少し残念そうな顔をするシャム。
どうやら同士を炙り出せなかったようだ。
「まあ別の答えを知っていても、『守り』と答える場合もあるさ」
とリトはフォローを入れた。
「「ふぁああああ」」
四人が改めて自己紹介を終えた後、エレナとシャムから大きなあくびが聞こえてくる。
もう夜更け。自己紹介の終盤はダクド以外うつらうつらしていた。
「ごめん、そろそろ寝るね」
「私もそうします……」
二人がごろっと横になる。
「じゃあ俺も――」
リトも寝ようと横になろうとすると、
「貴様は待て」
とダクドに止められた。
(これはナニか起こりますか!? やっぱり二人は――)
シャムの目が一時的に覚める、がダクドの次の一言で諦めて眠ることにした。
「最低でも見張りがいるだろう。交代制でいいな」
「えー、大抵こういうところはエンカウントがないって」
「いつもと勝手が違うのは分かっておるだろう? 用心に越したことはない」
「分かったよ。じゃあ二時間くらい経ったら起こしてくれ」
そう言ってリトは横になり、すぐ寝息を立て始めた。
「ふむ……二時間か。……どう計ればいいのだろう? 数えるか」
一、二、三、四、…………。
数字を読み上げるという単調なダクドの子守唄が、森の中でささやかれた。




