第三十話:姫を助けるのは勇者の……
「……こっちだ! こっちの方から足音がする」
人間よりはるかに高い聴力を持つダクドの耳を頼りに、リトとダクドはは森の中を走り、シャムの行方を探す。
エレナはというと二人のスピードについていけず、結局またリトに担がれることになっている。
「本当だ! でもなんで逃げたんだろう……?」
「いや、この足音の重さは……」
リトとエレナにも逃げている人物の足音が聞こえてくると、相手はその足をピタッと止めた。
「貴様は……何者だ?」
ダクドが目の前の人物に問う。
相手はシャムを脇に抱えたまま、無言でダクドたちのほうに振り返った。
「よっ、と」
その間にリトがエレナを肩から下ろす。地面に着地した彼女はすぐに相手の姿を確認する。
「君って……どこかで見た覚えが……」
まるで闇に溶け込むかのように黒い布で目元以外を覆い、着ている服もすべて黒で統一されている。リトよりもやや高い身長で、引き締められた体格だ。シャムを持つ方と反対の手には、鋭利なナイフが握り締められている。
「そうだ、ギルドの賞金首リストの中にいた……確か『盗人シフル=ドロー』」
「……かははっ、その通り! 俺っちの名前も知れ渡っているようで愉快愉快!」
シフルの目尻が下がる。
「ふん、貴様が誰であれ、姫は返してもらうぞ」
ダクドが一歩踏み出そうと、足をわずかに動かそうとする――その瞬間、シフルは脇に抱えていた、気絶したままのシャムの体を起こし、彼女の首筋にナイフを当てた。
「おーっと、動くなよ。一歩でも動いてみろ。こいつから赤い飛沫が撒き散るぜ」
「くっ……」
エレナは体を強張らせる。
下手に動くことができないこの状況。いくらリトやダクドの身体能力が高いとはいえ、相手とは距離がある。対してシャムと刃物とは零距離。こちらが攻撃を仕掛けるより、先に彼女に危害が及んでしまうだろう。
ましてやシフルは高額賞金首。ナイフを首筋に当てるまで無駄な動作は一切なく、手練)(てだれ)であることは容易にうかがい知ることができた。
シフルはリト達を警戒し、にらみを効かせ、動く隙など一切与えてはくれない。
………………くくくっ。
膠着状態が続く中、シフルから含み笑いが聞こえてくる。
「いやー、俺っちも運がいい。やけに街の警備が厚くて外に出たら、こーんな『宝物』を見つけるとはな。城に侵入する手間が省けたってもんだぜ。……あんたらが連れ去ってきたんだよな? 俺っちのためにご苦労さんー! かははっ!」
「労いの言葉などいらんから早く姫を返せ。我輩の気は長くはない。……それに人質をとっているつもりのようだが、貴様にとっても『宝物』なのだろう? …………本当に切り裂けるのかな?」
「御生憎様。ためらいはないぜ~。まあ殺さないようには手加減するが。俺っちとしてはこの王女様が生きてさえいれば問題ないのさ。傷つけようが、嬲ろうが、身代金さえ要求できる状態ならいいんだよ……だがあんたらは違うだろう?」
「…………なぜそう思う?」
「くくっ、そりゃあ縛ってもいず、ただ眠らせておくやり方を見れば容易に想像がつくさ。要は高値で売りとばしたいんだろ? 相手が誰かは知らんが。縛る痕や傷があったら価値が低くなっちまうもんなぁ?」
「…………ほう」
ダクドは少し考える。
「…………そこまで分かっておるのなら一つ提案がある」
「はぁ? 何だその提案ってのは?」
「……身代金を受け取った後でもいいから、傷つけずに姫を我輩らに渡して欲しい。……今回の取引はでかく、失敗は許されておらんのだ。……双方にメリットがあると思うのだが、どうだ?」
「はぁ? お前は何馬鹿なことを言って――」
「貴様は黙って、もっと状況を考えろ!」
ダクドの企みが見えないリト。疑問を口にするもすぐにダクドに遮られた。
「…………へえ……それならいいぜ」
シフルはダクドの要求を呑む。
(国の奴らは王女の救出が最優先のはず。こいつらに王女を引き渡せば……追っ手の多くはこいつらに向かう。俺っちへの追っ手は激減すること間違いなし!)
と、シフルはダクドの要求に十分すぎるメリットを見出していた。
「では受け渡し場所なのだが――」
「う、うううん……えっ!? こ、これはいったい……?」
ダクドが要求の詳細を説明しようとしたところで、シャム王女の目が覚めた。
「見ての通りの状態だ」
ダクドはシャムの目を見て小さく頷く。
「ようやくお目覚めか。――お~っと、暴れるとナイフが刺さるぜ」
シフルがナイフで彼女の首筋を軽くたたき、顔をのぞこうとした。そのとき、
――ザッ!
と、ダクドが一歩を踏み出した。
「おっと」
シフルはその足音を敏感に聞き取り、すぐさま彼を制止しようと睨む。
「だから動く――なっ!?」
――が、わき腹に受けた衝撃により、シャムを掴んでいた手の力が弱まる。その一瞬の隙を逃さず、彼女はするりと拘束状態から抜け出した。
「このアマ……逃げ切れると思うなよ……」
シフルは衝撃を与えた張本人――シャムの方に目を向ける。しかし、目の前の光景に驚くこととなった。
「なんでだ……あんたらは誘拐犯じゃ……」
シャムは「怖かったです~」とダクドに駆け寄り、しがみついていた。
「誘拐という貴様の考えは間違いではないぞ。姫が共犯である点を除いてな。……さて我が姫を手を出した落とし前、どうつけてくれようか……」
「ひっ!」
ダクド――元魔王の威圧的な視線にひるむシフル。
ゆっくりと向かってくる姿は恐ろしいほどの圧迫感があり、素手であることを微塵も感じさせない。
「ま、待て! こっちも取引をしたい――ぐふぅ!」
恐怖でナイフを持つ手は震え、足もまともに動かなくなったシフルは、大した抵抗もできずにダクドの右ストレートによって吹き飛び、近くの木にたたきつけられた。
「さて、こいつの後始末をどうするか……。捨てるなら荒れ狂う海か溶岩、もしくは谷底のどれがいいだろう?」
「落ち着いてください! そこまでひどいことはする必要ないでしょう。縛り上げて街の近くに捨てればいいと思います。今なら警備兵さんたちが探索しているでしょうから、すぐに見つかり捕まえてくれるはずです」
「むぅ、しかし……」
「俺はその意見に賛成だぜ」
「わ、私も」
多数決により、シャムの意見が通り、シフルは近くに生えた蔓や彼自身が身につけた衣類によってぐるぐる巻きにされ、街近くの森の見つけやすい場所に放り出されることとなった。
先ほど休憩していた地点戻るリト達四人。
焚き木に火を着け直し、周りを囲む。
「いやー、一時はどうなるかと思ったぜ。でもまさか王女様自身があの状況を変えてくれるとはな。元魔王はこうなることわかってたのか?」
「ふん、当たり前であろう。我輩を追えるほどの身のこなしをもった姫だぞ。奴が姫のことを警戒していなければ、抜け出せると思っておったわ」
「へぇー、じゃああの提案は……」
「もちろん姫が起きるまでの時間稼ぎだ」
「でも王女様強いんだねー。あいつの手を解くほどパワーがあるなんて」
「別に力はありませんよ。これのおかげです」
そう言ってシャムはワンピースのポケットから小さな緑色の石――風のアブストーン(効果:当てた対象を吹き飛ばす)を取り出した。
「一応護身用として常備しているのです。……でもまあ護身用として使ったのは今回が初めてです。いつもは兵からの脱走用に使ってはいるんですけど」
「そいつをあのシフルにぶち当てたのかー」
「はい。ダクドさんが注意を引き付けてくれたので、その隙に」
「こいつがか!? くそー、王女様を助けるのは俺の役目だろうに…………俺今回活躍してなくねえかー」
リトがしょんぼりとしてつぶやく。
「……あのー、先ほどから王女様とか姫とか言ってますけど、そんなにかしこまって呼ばなくていいですよ。シャムと軽く呼んで下さい」
「おっけー」「了解した」「うーん、わかったよ」
全員がシャムのお願いを聞き入れたところで、エレナは本題に入ることにした。
「じゃあさ、そろそろ今回の誘拐? ――についてシャムちゃんに聞いておきたいことがあるんだけどいいかな?」
姫を助けるのは勇者の……仕事ではなく、魔王に仕事を盗られました。
ようやく十万文字突破! いやー、文章を書くってのもなかなか大変ですね。
更新頻度は落ち気味ですが頑張ります。




