第二十八話:姫を攫うのは魔王のいつもの仕事です
「ど、どういう……こと……?」
呆気にとられながらも、なんとか声を絞り出すエレナ。
「詳しく話している時間はありません。まずはここから脱出を!」
(えっ!? 王女様も一緒に!?)と混乱するエレナをよそに、ダクドはシャムの傍へスッと近づき――
「よし、ではいくぞ」
と一言、彼女をひょいと抱き上げた(――お姫様抱っこで)。
「はわっ!? ……あ、あのっ、私自分で走れますから!」
シャムは少し顔を赤くしてジタバタとダクドの腕の中でもがく。そんな彼女をダクドは決して離そうとしない。
「それでは攫うという感じではなくなってしまうではないか。じっとするか、助けを求め叫ぶかするがいい」
「は、はぁ……」
ダクドの発言にシャムは少し戸惑う。
確かにシャムは街の外までダクドを追いかけ、『城から連れ出して下さい』と頼んだ。しかし別に誘拐のふりをして欲しいとまでは言っていない。
ただ、シャムはダクドが姫を攫うという状況を、なぜか楽しんでいるように見えた。
(ここは思うようにさせてあげた方がよさそうですね。それに――――この状況は悪くないかもです……)
とりあえずシャムはうつむき、じっとすることにした。彼の顔を見ないようできるだけ下を向いたのは、赤くなった自身の顔を見られるのが恥ずかしかったからだろう。
「……ふむ」
ダクドが寝室の窓に近づき、外の様子を観察する。
「昼間に比べやけに見張りの数が多いな……」
寝室は二階。そこから見下ろした中庭には、兵士たちが捜索のために灯した光が点々と――ではなくそこら中に存在していた。
「そうなのですか? ……外を中心に固めているんでしょうか? ――確実に捕らえれるように」
「まあ我輩としてはあれくらいなら囲まれても問題ないが……さすがにあの人数では手加減できる余裕はない。何人かは犠牲になる可能性は否めん。それは避けて欲しいとの依頼だろう?」
「あっ、はい。みんな何かとお世話になっていますのであまり危害は加えたくないです。…………そうだ! 一階の会議室へ向かってください。街の外まで通じる隠し通路がありますから」
シャムが城を脱走する時に毎回使う隠し通路。本来なら魔物襲撃などの緊急時に用意された避難用の通路である。
「なるほど。で、その場所は――」
「都度指示しますので、とりあえず近くの階段から一階へお願いします」
「了解した」
ダクドはうなずき、寝室の外へ歩みを進める。
「ち、ちょっと待ってよ! ほんとに王女様連れていって大丈夫なのー!?」
ダクドを追いかけるようにしてエレナが後に続いた。
ダクドたち三人が階段を下りたところで、
「おーい!」
と手を振りながら向かってくるリトの姿が見えてきた。
リトの腰には元の愛剣が下げられている。どうやら無事に没収されていた剣を取り戻すことができたようだ。
「いやー、待ち合わせ場所とか決めてなかったから焦ったわー……あれ? 一人増えてるな。その子は……あー! 地下牢で会った、会った。結局何者なんだ?」
「あっ、ええと、一応この国の王女やってます」
ダクドにお姫様抱っこされたまま、シャムは答えた。
「王女……? はぁー、また姫を攫うのか。元魔王も懲りないなあー。どうせいつも攫うだけで何もしないのに。労力の無駄じゃないか?」
「ふん、攫うこと自体に意味があるのだ。強さや威厳を知らしめるのには一番効果的とされ……む?」
ダクドは急に言葉を切り、耳を澄ませる。人の数倍は持つ聴力により、数名の兵士がこちらに向かってくる足音をとらえた。
「――近づいてくる。悠長にしゃべっている暇はなかったな。会議室はどこだ?」
「この先を左に曲がったところの、突き当りの部屋です!」
シャムが指示し、四人はその部屋の扉の前まで走る。そして、ダクドはバンッ! とその扉を蹴り開けた。
「………………え?」
シャムから驚きの声が漏れる。
無理はない。広い会議室の中で兵士、旅人、賞金稼ぎなどが三十名ほどが待ち構えていたのである。
つい先ほど緊急依頼――『盗人シフルからの犯行予告あり。警備増援多数求む』――により集まった者達である。その集団の中には依頼を出した張本人、王妃の姿もある。
娘が普段から避難通路を使っていること、そして今回もこの通路を使うことなど、王妃はお見通しだったわけだ。
ダダダッ。
三十名ほどの人の群れが、ダクド達に押し寄せてくる。
「ちぃ!」
ダクドはさすがに分が悪いと判断し、即座に踵を返す。リトとエレナもすぐに彼に続いた。
「ごめんなさい。まさか待ち伏せされているとは……」
「このくらい謝ることではない。他を当たればいいだけだ」
「他ってどこだ? 歩き回ったけど城の周りの警備はかなり厚かったぞ?」
「――はっ!」
ダクドが前から来た兵士二人に蹴りを入れる。
「…………一つ案がある。付いて来い」
「はぁ……はぁ……、ち、ちょっと待ってったらー」
エレナが徐々に遅れ始める。元よりリトとダクドの走りが速いのもあるが、ずっと走りっぱなしで疲れが出てきていた。このままでは三十人ほどの追っ手に追いつかれるのも時間の問題だ。
「しゃーねえな」
リトが振り返り、エレナに近づく。そして彼女の腰に手を回し――「えっ!?」――そのまま片手で肩に担ぎ上げた。
ちょうどリトの上腕部がエレナのお腹当たるような形で、彼女はくの字に曲がっている。
「きゃっ! …………なんでよりによってこの持ち方? お、お姫様抱っことはい、言わないけどおんぶとかあったんじゃ……」
リトはすぐさまダクドを追いかけ、走りながら答える。
「いや、両手使ったら武器持てなくなるだろ? それだといざというとき攻撃手段がなくなるじゃん」
「そこは蹴るなり何なり……」
「へ?」
明らかに理解していないであろうリトの声を聞き、エレナは黙った。
(まあいっか。もし……もしお姫様抱っこなんかされたら恥ずかしいだけだもんね、うん! ……はぁ)
エレナは人知れず、残念そうな顔をした。
ダクドは階段を見つけてはどんどん上へと上がっていく。
「あ、あの……いったいどこへ行こうとしてるのですか?」
ダクドの腕の中で、シャムは心配そうな声を出した。
「案ずるな。ちゃくちゃくと脱出に向かっておる。もうすぐだ。我輩にまかせておれ」
「……はい」
自信に満ちたダクドの声を聞き、シャムは少し安心することができた。
バンッ!
ダクドが扉を蹴り開ける。扉の先は城の屋上につながっていた。屋上に来ることはさすがに予想されていなかったのか、兵士や賞金稼ぎは見当たらない。
「ん? ここは?」
リトも屋上へとたどり着いた。
「ここからどうするんだ?」
「ここまで来たらもう一つしかあるまい。貴様は……行けるな?」
そういってダクドは右の方に向け、あごをしゃくった。
「……あー、はいはいそういうことね。このくらい問題ないぜ」
後方から「追い詰めたぞー」と集団が押し寄せてくる声が聞こえてきた。
「では行くぞ」
「えっ、ちょっとどこへ!?」
リトに担がれ、周りの見えないエレナは不安そうな声を出すが、追っ手が迫ってきている状況のため無視される。
ザッ!
リトとダクドの二人は右の方に走り出す。真っ直ぐ進み、そのまま屋上の縁に足をかけた。
ダンッ!
大きく地を蹴り、ジャンプする。
高さはゆうに十メートルは超える屋上からのひもなしバンジージャンプ。予想もしていなかった二人の行動に、シャムとエレナは声を出さずにはいられなかった。
「きゃあああああああああ!!!」
「いやあああああああああ!!!」
二人の絶叫が街の上空に大きく響いた。




