第二十話:レムリアでは倫理観が重視されます
――首都レイアード。
朝日が入り込んですぐ、主にレンガを積み重ねて造られた街は多くの人で活気にあふれる。
大通りには武器屋、道具屋、屋台などの商店が建ち並び、他店に負けないよう売り子が客引きを頑張っている姿があちこちで見られる。
食料品店、服飾店、書店など生活に必要なものはそろっており、魔物の襲撃もほとんどないことから暮らすのには申し分ないところだ。
しかし、その分冒険者や戦士にとって仕事が少なく、屈強な者がこの街に留まることも少ない。街の中央にでっかく構える城では、常に頼れる警備兵を募集している。
「すっげー!」
宿『春眠処』から出たリトの第一声が街に響き渡る。
「ちょっと声大きすぎ! ほら、何があったんだって感じで、通行人にちらちらと見られてるよ……」
「いやー、ごめんごめん。あまりの人の多さに驚いちゃってさ。こんなにモブキャラを増やすとはなー。これは大変だぞ……隈なく話しかけていくのは……。でもまあまずは……」
リトは「おーい、ちょっと聞っきたいんだけどー!」と通行人の女性に近づいていく。しかし――
スタスタスタスタ。
女性はリトを無視して、逃げるように早足で通り過ぎてしまった。
「……あれ? おかしいなあ」
リトが首をひねりながらエレナの元に戻ってくる。
「何言ってるの……そりゃあそうなるでしょ」
エレナはあきれたようにぴしゃりと言い放つ。
いきなり大声を上げつつ、きょろきょろと辺りを見回していた変人が話しかけてきたら避けたくなるだろう。それに加えてリトのテンションは高すぎて、周りにいる人から要注意人物だと目をつけられているくらいだ。
「そっか。さすがにこんな人数のセリフなんて用意できないよな。話せるのは店の人とか重要な人くらいか?」
「まあ店の人ならお客さんとして接してくれるだろうけど……とりあえずはここから移動しよっか。周りの目も気になるし」
「へーい」
エレナはリトを連れて、逃げるようにその場を離れた。
……ちなみにダクドはというとまだ爆睡中。どうやら一日中歩いた疲れは相当らしい。
リトが言うには「元魔王の眠りってだいたい長いんだよ」とのこと。しかたなくエレナは同じ部屋を借り、少しのお金とメモを残して宿を出たのだった。
「えーっと……」
街の入口すぐ傍、街全体を示す地図の前でエレナは情報の集まる場所を探していた。
「やっぱり首都だけあって地図も大きいなー……どこだろう?」
地図は巨大で、横に十人並んでも全員見れる程の大きさ。目的地を探すだけでも一苦労する。
「おーい、エレナー!」
リトがエレナを呼ぶ。
「ほんと? ち、ちょっと待ってよー」
どうやら目的地を見つけたらしく、彼女を連れるように前を歩いていく。
なんとか習得した四十五度斜め移動を駆使して、人混みをするりと抜けるリト。しばらく進んだところで、
「ここだろ?」
とある建物の前で立ち止まった。
「ぷはっ、なんでそんな簡単に抜けれるの……」
人波に流されかけつつも、なんとか掻い潜ってきたエレナ。せっかく朝整えた赤い髪がぼさぼさになってしまっている。
「いやあこれくらいは避けれないと余分な戦闘とか増えちまうことあるし。まあいままでの経験によるアドバンテージってとこだ」
「へー……確かに街の人もみんなうまく避けてたし……私は都会の人混みって慣れてなかったからかも。それよりここって……ん?」
着いた場所は『宵の憩い』。
柑橘系フレーバーの濁りのない透明な飲み物、そうカクテルが人気の――
「――酒場じゃない! また飲むつもり!?」
「いやいやいや! もう酒は十分懲りたって! ここに来たのは情報集めのためだ。情報を持った冒険者は酒場に集まると相場が決まっているからな」
「酔っ払った客から得る情報なんて信憑性薄いと思うけど……」
「客がダメならマスターに聞く!」
「それじゃお店の人に迷惑かけちゃうでしょーが。まあどちらにしろこんな朝から店は空いていないよ」
「そうなのか!? 夜まで待てと? なら宿屋で一休みを……」
「もう、酒場にこだわらないでよ! 情報の集まるギルド……まあ役場みたいなところがあるから、そこに行かない? また地図のところまで戻るのは面倒だけど」
「なんだ、ギルドがあるのかー。まあそういうタイプもあるな。じゃ、向かうか…………あれ? あそこは……」
リトが街の入口へ引き返そうとするのだが、何かを発見してそちらに足を運ぼうとする。
「ちょっとリト! 何勝手に人の家に入ろうとしてるの!?」
リトが少し扉の開いた民家のドアノブに手をかけようとする寸前に、エレナが肩を引っ張って止める。
「えっ? 空いてたから探索をと思って……」
「探索って……ただの空き巣! 犯罪ダメ、絶対!」
「マジでか! いままでの世界はその辺寛容だったのになー」
「犯罪に寛容とか怖いよ、そんな世界!」
「えー、やっぱそう思う? まあ確かにほぼ盗みみたいなものだし、倫理的に問題あるから……はぁー、最近は廃止されちゃったのかー。まったくそれじゃ楽しみが半減する気がするんだけど……窮屈な世の中になったもんだな……」
リトが残念そうな顔でため息をつく。
「確かに大変な世の中だけど……楽しいところもあるって」
(そんな犯罪が蔓延していそうな世界よりは絶対マシ!)と思いながら、エレナは落ち込み気味のリトを励ます。すると、
「そう……だよな! その分新しいシステムや面白さがあるはずだ!」
と、リトはすぐにテンションを持ち直した。
「確か……ギルドだったよな。早く向かおーぜ! なんかイベントとか起こりそうだ――ってか来い!」
またも先を歩いていこうとするリトを少し不安に思うエレナ。
しかし今度は、大通りの客引きに何度か捕まりつつも、真っ直ぐギルドまでたどり着くことができたことでひとまず安心した。
一方その頃――
「…………うむ、よく寝た」
リト達が宿を出てから二時間ほど経った後ダクドは起床した。
起きてすぐにテーブルの上の書置きに気付き、確認する。
「ふむ、あいつらはギルドとやらに向かったのか……。『昼は適当に買って食べて』だと……ん? これはなんだ?」
軽い硬貨を手に取りつつ首をひねる。買い物などしたことのないダクドにとって、お金が何なのか理解できなかった。
「元勇者と無闇に一緒にいる必要はないだろう。しかしどうするか……二度寝をするというのも我輩にとって有力な候補だが……」
ダクドは窓から街の様子を見渡す。
「ん? あれは……。くくく、そうだな、めったにない機会だ。人間の暮らしというのをいろいろ観察みるのも悪くないかもしれん」
ダクドはお金を持たずに街へ出かけた。




