第十九話:宿屋のベッドが足りません(よくある出来事)
リト達三人は紹介された宿『春眠処』。にたどり着く。
春眠処は客室を五十も持つ、三階建てのそこそこ大きな宿である。備え付けのベッドはふかふかでぐっすり眠ることができると訪れる旅人の評判はかなり良い。疲れきった体を癒すには最適だ。
「――あら、いらっしゃい」
宿屋の受付に立つのは二十代半ばと見られる女性。男性を誘惑する豊満な胸に、艶やかな容姿であり、彼女と話をするために訪れる客も少なくない。この宿の看板娘である。
「すみません、いまから泊まりたいんですけど大丈夫ですか?」
「何名かしら?」
「三人です。できれば二部屋借りたいんですけど……」
エレナはリトとダクドで一部屋、自分がもう一部屋に泊まろうと考えている。いくら仲間とはいえ、まだ出会ってからそれほど経っていない。そんな男の人と一緒に泊まるのは少し恥じらいがあった。しかし――
「ごめんなさいね。今日はもう二人部屋一つしか空いてないのだけどそれでもいいかしら? 宿代や足りない一人分の寝袋、夜食等サービスしてあげるわよ」
「うーん……」
エレナは少し考える。
(どうしよう……男の人と一緒なんてなんか緊張するなぁ……でもこれからまた宿を探して歩き回るのも……)
その間にリトが受付の女性とエレナの間に割り込んできた。
「一部屋空いてるならちょうどいいじゃん。宿屋の姉さん、いくらなんだ?」
「一人四百ギル……なんだけど二人分の八百ギルでいいわ」
「へー、お金の単位はギルなのかー……ええと、八百ギルだな――ってやばっ! 俺金持ってねぇぞ! ……くそっ、道中、戦闘が少なかったからなー、金もアイテムも落とさなかったし。こんなことならあの盗賊から財布を抜き取って……」
「だからそんなことしたら私たちも盗賊と同じだって言ったでしょ! それにお金なら私が持ってるから、そんな騒がないでよ、もうー」
いままで隣町で魔術師として魔法の研究をしていたエレナ。稼いで貯めたお金は結構あり、少々浪費しても一ヶ月は持つ位だ。
「じゃあこちらの宿泊簿に泊まる人の名前を書いてくれるかしら」
エレナは割り込んできたリトを真横にどけ、宿泊簿に三人の名前を記入していく。そしてローブの内ポケットから財布を取り出し支払いを済ませた。
エレナに押されながらリトは「金はデフォルトで持ってるのかー、その辺は易しい設定だな、うん」と一人でうなずいていた。
「……はい、確かに頂いたわ。じゃあ……これが部屋の鍵よ」
そう言って受付のお姉さんはエレナにメモ帳サイズの木製の札を渡す。部屋のドアに取り付けられたポケット状の部分に差し込むことでドアが開くというものだ。
「あっ、それと一つ言い忘れていたわ。浴場なんだけど、もうすでに閉まっているから入るなら朝にお願いね。……ふふっ、それではごゆっくりしてらっしゃい」
お姉さんはゆっくりと手首を小さく振ってリト達を見送った。
「へー、内装も凝ってるんだなー、いや作りこまれてるわー」
部屋に一番乗りで入ったリトが感想を漏らす。
部屋は火の魔力の込められたアブストーンによって淡く照らし出されている。
木を基調としたシンプルな空間。その端のテーブルに置いてあるテーブルの上には香が焚いており、かすかな花の香りが心を落ち着かせる。
そして、ふかふかのベッドは人一人分の隙間を開けて二つ並んでいる。
「確かにここならぐっすり眠れそう。……疲れてるしもう寝ようかなー。……ねえ、誰がベッドで――」
――ばふっ!
最後にふらふらと遅れて部屋に着いた疲労困憊のダクドが、部屋に入るやいなやベッドに一直線に向かい、バタンッと大の字に倒れこんだ。
「我輩はしばしの眠りに入る……次目覚めたときはこの世界を支配して…………」
魔王っぽいセリフをはきつつ、そのまま寝息を立て始めた。
「ええっ!? もう寝ちゃったの!? ……どうしよう、ベッドあと一つしかないよ。クジで決める?」
「ん? そんな必要ないって。ほら、疲れてるんだろ?」
リトはどうぞ使ってくれとでも言うようにエレナをベッドに座らせる。
(あっ、譲ってくれるんだ。優しいなぁ……)
エレナはそう思いながら寝転がり、ふわふわの毛布を首までかぶる。そして明日の予定を考え始めた。
(明日は魔王の情報を集めなきゃ……もう、ダクドが何も知らないから……)
ダクドから得た情報は人の姿をしていたということだけ。建物の中でしか暴れまわっていなかったらしく、その建物の外観、そしてそこがどこかも分からないらしい。
(ただ転移なんてできるんだから相応の魔力は持っているってことだね。……それくらいしか分からないけど。…………ふぁー、考えてたらいい眠気が……)
エレナのまぶたが重くなりかけたその瞬間、
――ふわっ。
と、毛布が動かされたのを感じた。そして、
――ごそごそ。
と、リトがエレナの寝ているベッドにもぐりこんできた。
「えっ!? ええっ!? ち、ちょっとリト、ななな何して……」
眠気が完全に吹き飛んでしまったエレナ。目がそこらじゅうを泳ぎ動揺する。
「いや俺もそろそろ寝よっかと思って」
「ね、寝袋借りるんじゃないの!?」
「なんで? ベッドがあるのに?」
「それはそうだけど……」
ベッドは二人が寝るには少し狭い。ちょっと動けば相手に触れる距離になってしまう。
「まだ二人くらいなら余裕だろ。今までだと、ベッドが足りないときは頑張って一つのベッドに四人詰めて寝たこともあるぞ。二人並んで寝るくらいならよくあるよくある。……俺が隣じゃ嫌か?」
「嫌、ってことはないけど少し恥ずかしさが……」
「まあ仲間なんだし少しくらい慣れてこうぜ! じゃ、おやすみー」
リトは就寝の挨拶を言うとすぐに寝てしまった。
「寝付き良すぎでしょ。……私も寝よう……ここで。……まあ長旅になるんだし少しくらい男の人にも慣れないとね」
エレナはまぶたを閉じる。
…………。
「………………寝れない」
少し寝返りを打つだけでリトにぶつかる。顔が近い。胸がドキドキと高鳴り、眠気がやってこない。
(やっぱり緊張しちゃう。……リト――いや異性だもん、意識しちゃうよ……。リトは全然そう思ってないみたいだけど。……私ってそんなに魅力ないかなー、女の子として)
エレナはここの看板娘のことを思い出す。
ふくよかな胸に、くびれ。女性から見てもうらやましい程の体のプロポーションだ。
(やっぱりもう少しくらい胸があったほうが……? ううん、考えないでおこう。リトだって別にあの受付の人に興味がある感じじゃなかったし。そう、外見だけじゃないよね! 中身こそ……でもそれも自信ないなぁ)
ネガティブな考えになってきているのを、ぶんぶんと頭を振ってかき消す。何も考えないようにして早く寝てしまおうとするのだが――
「うーん……くかー」
と、すぐ傍のリトの寝息がどうしても気になってしまう。
(…………だめだ! やっぱり寝れない!)
エレナは部屋を出て、ロビーにいる従業員の人に寝袋を借りる。
そうして彼女はようやく眠ることができたのだった。




