第十四話:勇者は地味な役回りです
タッタッタッタッ。
森の中を駆け抜けていく足音は一人分――エレナのものだけだ。
もちろんリトも魔物が村を襲おうとしていることを聞いてすぐ、村の方向に体の向きを変え動き出した。しかし、
「リトはこいつから魔王ってやつの情報を聞き出しておいて! 私が行く!」
と、エレナに止められたのだった。
「私一人で大丈夫かなぁ」
森を駆け抜けていくエレナが心配そうにつぶやく。
戦闘経験は多少ある。その辺にいる魔物なら十分に勝てる自信もあった。 しかし、リト、ダクドと続けて異常な強さを見せつけられ、彼女の中の強さの概念は崩れ去ってしまっていた。
「ドラゴン並に強いのはさすがにいないよね……」
ダクドの話によれば転移に巻き込まれ、こちらに飛ばされた魔物の数は十数体。
リトが道中で倒したのはハイリザード三匹だけだから、まだ半数以上の魔物がこの辺りに徘徊していることになる。その中の数匹、もしくは全てが村に向かったはずだ。
雑魚ばかりとは言っていたが、ダクド基準であるため実際の強さは判断しかねる。
「リトがいれば安心なんだけど……でも――」
リトを召喚してまだわずかしかたっていないが、彼の強さは十分に理解できている。ダクドが雑魚と言った魔物は、当然リトにとっても雑魚なのだろう。
しかし、いくらぼろぼろになっているとはいえ、ダクドを一人放っておきたくはなかった。
なぜなら彼は魔物を統率している魔王に会っている、数少ない人物だからだ。
魔王や魔王城に関する情報をできるだけ仕入れておきたい。
ここで逃げられたらたまったものではない。
だからこそリトかエレナ、どちらか一人は彼を見張る必要があった。そうなると――
「さすがに私じゃなぁ」
リトが苦戦するほどの相手。戦意は今ないとしても、体力が戻ってきたらどうかは分からない。また戦うことになれば彼女一人ではさすがに荷が重いだろう。そしてもう一つ、エレナにとって大きな問題があった。
「なによりダクドだっけ? あいつとは絶っ対、話が噛み合わないと思うんだよねー」
エレナは元勇者と元魔王の会話にほとんど付いていけなかった。
聞いたことがない単語。
文字通り異次元の会話。
ダクドから話を聞こうにも、エレナ自身が途中で混乱し、会話をギブアップするのは目に見えている。それなら、「ダクドのことは、なぜか知り合いみたいなリトに任せればいいや」というのが彼女の本音である。
「…………あっ!」
村に近づくと、すでに魔物と争っている様子がエレナの目に入ってきた。
そこにいた魔物は――
金属のように硬い皮膚を持つ拳サイズのねずみ、『メタルマウス』が三匹、
もこもこではなく、とげとげの毛で覆われた羊、『ニードルシープ』が二匹、
耳から尾、瞳や歯までもが真っ黒な狼、『シャドーウルフ』が三匹である。
メタルマウス、ニードルシープは普通の戦士からしても雑魚に当たる強さ。やっかいなのは鋭い牙を持ち、俊敏なシャドーウルフだけだ。
純粋な強さから見て、リーダーは中でも一際大きい――大の大人ほどの大きさを持つシャドーウルフだろう。
現在の戦況は応戦している村人の数が魔物の数を上回り、村人たちが押している。やっかいそうな魔物のリーダーに関してもダンが一人で相手できている状態だ。
とはいえ加勢すれば、負傷する人を減らすことができる。そう思い、村の中に入ったエレナは、魔物に向けて呪文を唱えようとするのだが、
(……くっ! 狙いが定められない!)
人と魔物が入り乱れている状況。下手に魔法で攻撃しようものなら、人を巻き込みかねない。魔物の攻撃よりも、はるかに致命傷を与えてしまうだろう。
(仕方ない。もっと接近して確実に当てれるようにすれば――)
と、エレナが戦場に向かって一歩を踏み出したところで、後ろから「すみません!」と声をかけられた。
「うひゃうっ!」
全く警戒していなかった背後からの一言に、エレナはびっくりして変な声をあげてしまう。
「お、驚かせてごめんなさい! エレナさんですよね? あの……一緒にいた方は……?」
声をかけてきたのは村人の女の子。なぜか落ち着かない様子だ。
「リトなら大丈夫! 取り込み中なだけだから。それよりどうしたの?」
「あ、あの、実はリセラさんが森の主に食べ物を持って行ったきり帰ってこないんです。心配なので見てきてくれませんか……?」
「えっ! 急いで見に行かなくちゃ! ……でもここは……」
「心配いりません! みんな結構強いですから。それにこの程度の襲撃なら経験してないわけではないですし、大丈夫です!」
女の子は自信ありげにはっきりと言う。
「……わかった! じゃあ行ってくる!」
エレナは森の主がいる広場に向かって走り出した。
「はぁー、話聞いとけって地味な役回りだよなー。でも選択肢なかった感じだったし……」
ダクドの見張りに回されたリトがぶつぶつと愚痴を言う。
「まあいいや、さっさと聞いて先進めるか。なあ元魔王、この世界のラスボス見たんだろ? どんな奴だった?」
「人の姿をしていた」
…………。
「…………えっ、それだけ!?」
「仕方なかろう。そいつに戦いを挑んですぐ飛ばされたのだ。ほとんど見ておらん……まあもう一つ言うなら魔力は我輩ほどに持っておるな」
「じゃあ全然ないじゃん」
「なっ……!」
リトの一言にショックを隠しきれないダクド。元より青白い肌で不健康そうなのに、さらに顔色が悪くなったように見える。
「我輩の魔力自体は前の世界と変わっておらん。相当にあるはずだ! ……だが、なぜか使えん」
前の世界、魔王としてのダクドの属性は闇。
今の世界、レムリアでは闇という属性そのものの概念がなかった。
「ふーん、使えねえのなら判断しようがないな」
リトにすればただの負け惜しみのようにも聞こえた。
……。
…………。
エレナから頼まれていたことが終わり、沈黙が続く。しばらくした後、ふとダクドがリトに質問した。
「なあ、貴様はこの世界でも勇者なんだよな?」
「ん? 俺はそう思ってるけど。いつものように旅してるし」
「そうか……では我輩は何なのだろう? 今までなら勇者に倒されれば次の世界へ向かうのだが……。今回は何も起こらん」
「さあな。俺だって今までと違いすぎるシステムに戸惑うばかりだ。ただ魔王でもない、エリアボスとか中ボスでもないとするとやっぱりあれじゃないか?」
「あれとは?」
「――ノラモン」
「は?」
顔をきょとんとさせるダクド。
「野良魔物。いわゆる雑魚だな。倒しても倒しても何度でも襲いかかって来るあいつら。まあさすがにそこらの雑魚より強いからレアな魔物かな」
「えっ!? だが、いや、しかし……」
うろたえるダクドにリトが追い打ちをかける。
「だって魔法も使えなくなったんだろ? 完全に弱体化してるし」
「それでも他の力や速さなどは……それにいままでずっと魔王として君臨してきたのだぞ……」
「まあ人生何があるか分からないってことで受け入れようぜ!」
元魔王のダクドが人と言えるかは微妙なところである。
「あっ、待てよ……ノラモンならもしかするとあのシステムがあるかも……」
リトがあることを思いつく。
「なあ元魔王。よければ――」
リトの言葉にダクドは固まり、しばらくの間熟考することになった。




