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第十話:お風呂イベント(男女逆)です

「うぅ……」


 テーブルに突っ伏したまま寝ていたリトが目覚める。もうすでに夜は明け、窓よりカーテン越しに光が差し込んでいた。


 リトの目の前にはまだ突っ伏したままのダンの姿があり、彼と同様に毛布が掛けられている。


「えっと確かおっさんに勧められた酒を飲みながら話を……どんな話してたっけか? まったく思い出せん……っていうか頭いてえ……」

「――まったく、お酒弱いくせにガバガバ飲むからこうなるんだからね!」


 怒った様子のエレナが部屋に入ってきた。昨日のローブ姿ではなく、リセラから借りたであろうオレンジのブラウスを着ている。少し丈があっていないようで袖が手の甲までかかってしまっている。


「おぅ、エレナか……おはようぅ……なぜか頭痛と吐き気がするんだけど……知らない間に毒でも喰らったのか……?」

「ただの二日酔いでしょ。……ていうかそんな様子で今日大丈夫なの?」

「『二日酔い』……新しい状態異常か? これ結構辛つらいな……やばいかも」


 青ざめた顔のリト。そこへリセラが飲み物を持ってやって来た。


「それなら――はいっハーブティーでもどうぞ。二日酔いに効くんですよ」

「さんきゅー……(ゴクゴク)……効かないんだけど……」

「そりゃあそうでしょ。完全に治すものじゃないし、すぐには効かないって。冷水でも浴びればちょっとはましになるんじゃない? 浴槽に水張ってあるから行ってきたら? いや行ってきて!」

「治るのなら行ってくるわー……でも水の張った浴槽なんで入れたっけか……?」

「そうですね……冷たかったらこれを使ってください」


 そう言ってリセラは棚からある物を取り出す。

 手の平サイズの丸い石。凹凸は見られず色は漆黒。ぼんやりと赤く光っている。


「これはいったい――痛い!」


 ぎゅっとリトの耳を引っ張ったエレナが早口でささやく。


「アブストーンっていう魔力を入れることができる石だよ。生活必需品! 叩くか何かして衝撃を与えた後に水に入れればいいからそれで温度調節してね」


 エレナの言うようにアブストーンは属性関係なく魔力を溜めることができる。属性により発光する色が変わり、火なら赤、水なら青、風なら緑、地なら黄といった具合だ。衝撃を与えることで魔力が漏れ出し効果を発揮するのである。


「じゃあ早く行ってくる。ゴー!」

「あーい……」


 リトはふらふらと、かといって道筋はぶれることなく真っ直ぐ風呂場に向かって歩き出した。



「さて、あいつも行ったことだし、朝ごはんでも食べます?」

「そうですね、用意してきます……っとその前に、ほら! お父さんも起きて! 今日は村の見張りの当番でしょ!」

「んあ……おお、また途中で寝ちまっってたか」

「あのー、昨日の話とかって覚えてます……?」


 リトが別世界から召還されたことがばれていないか不安なエレナが小声で尋ねる。


「いいや、まったく覚えとらん。酒飲んじまうと毎回忘れるんだなこれが、ガハハハッ!」

「というより話す前に寝ちゃうんですよ、お父さんは」

「あっ、そうなんですか」


 エレナはほっと胸をなでおろす――が、それも束の間、風呂場から

「うおー」

と、リトの叫ぶ声が聞こえてきた。


「私ちょっと見てきます! リセラさんは朝ごはんの準備をお願いします!」


 嫌な予感がしたので、エレナが率先して指揮する。今のリトの姿を見せるのはまずいとの判断だ。


「大丈夫な――」

「大丈夫ですから! たぶん何も起こってないですから!」


 エレナは両手を前に出して制止のポーズをとりながらその場を離れ、リトのいる風呂場に向かう。


「じゃあワシはその間に二度寝でも……」

「お父さんは用意を手伝ってください!」


 ダンは素直にリセラに従った。




「はぁ、今度はいったいどんな奇行を……」


 ぶつぶつとつぶやきながら風呂場に続く扉を勢いよく開ける。

(あつ、しまった! いまリトは裸……)とエレナは焦るが、何も問題はなかった。


「……何してるの?」

「えっ、言われたとおり水浴びてるだけだぜ。水に入れると分かったら興奮しちゃってさ」


 今までの世界の水場は通行できず、水の中に入るのはリトにとって新鮮だった。新たな刺激によって二日酔いだったことは彼の頭から完全に抜けている。


「酔いから復活したみたいだからそれはよかったけど……なんで鎧着たまま?」

「へ?」

「普通脱いで入るでしょ! もう、鎧も服もびちゃびちゃになっちゃてるし!」

「いちいち装備はずすのか!? 面倒な仕様だなー。それに男の入浴シーンって誰得だよって話だが……まあ新しい需要はどんどん出てくるから仕方ないか」


 そのまま鎧や服を脱ぎ始めるリト。


「ち、ちょっと!」


 エレナは慌てて目を逸らし、扉を閉める。


「服の替え持ってくるから! お願いだから静かにしててよね!」

「へーい」

「……はぁ」


 リトの常識やデリカシーのなさに思わずため息が出てしまう。


(とはいえリトにとっては別の世界の常識があるんだよね……。急に私たちの常識に当てはめようとするのが無理かー。むしろ合わせてくれている方かも。言ったらちゃんと納得してくれてるし。それに…………私のわがままで呼び出したんだもの。私が責任を持ってフォローくらいしないと……)

 エレナはいまさらながら召還してしまったことについて少し考えるのだった。




「天気もいいし、装備も新調。絶好の討伐日和だな!」


 朝二日酔いでうなっていたとは到底思えないリトの声が響く。


「しーっ! そんな大声じゃすぐに魔物に気付かれちゃう」

「いいじゃん。どうせ出会うんだからさ。むしろここまで戦闘が少ないと不安になるわ。早く現れないかなー」

「まあ確かに明るいうちには終わらせたいかもね」


 ざっざっ――と森の中を順調に進んでいくのはリトとエレナの二人だけだ。


 ダンはというと出発の直前――

「あーすまん。そういえば今日はワシが見張り番だったことをすっかり忘れとったわ」

 と魔物討伐をドタキャンしたのだった。


「うーむ、大体の場所を教えるだけではだめか?」

「それだとちょっと不安が――」

「それで十分だ!」

「いいの!? 相手の正確な位置も分からないなんて危なくない?」

「大丈夫大丈夫。大体この辺―って探し回るのはいつものことだし何も問題ないだろ」

「なら教えるぞ、確か見かけたのは……」

「ちょっと待ってください!」

 エレナは慌ててメモを取る。

 リトは慣れているようで、うんうんと話を聞いていた。


 


「で、リトはちゃんと場所覚えてるんだよね?」

「もちろんさ。行き先を聞き逃すようなへまはしないって。ちゃんと真っ直ぐ目的地に向かっているだろ」

「たまに直角に曲がりだすからそのたびに焦っちゃうんだけど」

「いやー癖はなかなか抜けないんだって。でも、自分で言うのもあれだけど結構早く順応してると思うぞ」


 昨日は全くできなかった斜め移動も十分に意識すればできるようになったが、まだぎこちない。それに斜めといってもちょうど四十五度の向きだけだ。


「まあ私もリトの行動に少しだけ慣れちゃってきてるかもね」


 口ではそう言うが、単にいちいち突っ込んでたらきりがないので抑えているほうが大きいのが本音だ。


「ただ序盤のこの軽装。慣れている事とはいえ……やっぱりすーすーするなぁ」


 リトの着替えた服は銀の糸で織り込まれたTシャツのようなもの。ズボンも布製でとてもラフな格好だ。一応上下とも魔法耐性はあるらしい。

 一方エレナは昨日と同じローブに身を包んでいる。


「あんなごついだけで重い鎧よりまし。防御力も十分あるんだから。たぶんその服、結構いい値すると思うし、もらえるなんてラッキーだよ」


 ダンの吹聴により、リトの強さを聞きつけた村人からどうせ着ないから使ってくれと言われ、もらった服は意外にも高価なもの。なのでエレナは少し遠慮しようとしたが、「さんきゅー!」とリトが即座に受け取ったのである。


「でも本当にもらっちゃってよかったのかなぁ」

「まだ言ってるのかよ。遠慮なんかして旅ができるかっての。もらえるものはもらう、聞ける話は聞く、あされる家は漁る。村や街での当たり前の行動パターンだろ?」

「ちょっと待って! 最後の一つ明らかにおかしくない!? まさかとは思うけど何かリセラさんの家から持ち出して……」

「おう、もちろん! アブストーン三個と回復薬らしきもの一ビンが今ポケットに……」

「帰ったら絶っっっ対元の場所に返しなさいよ」

「あ、ああ……わかったから、わかったから落ち着こうぜ、な?」


 怖い顔でギロリとにらみつけられたリトは背筋に氷のような冷たさを感じ、すぐに首を大きく縦に振った。


「それがダメなんて知らなかったんだよ。まさか倫理的じゃないからって、探索する楽しみを減らしてるなんて夢にも思わなかったんだって。最近はルールに厳しいんだな、うん」

「そ、そう……前の世界じゃ普通だったのなら仕方ないか……。次からは気をつけてね!」

「了解! …………ってエレナ。あれって魔物じゃないか?」

「え? ほんとだ……『ハイリザード』だね」


 二人から五十メートルほど離れた場所に現れたのはリザードの上位種、トカゲのような爬虫類の頭で剣を操る魔物『ハイリザード』二匹だ。赤い鱗で全身が覆われており、普通のリザードとは違い、火の玉を吐き出してくる。また剣も扱い慣れている。


「まあ上位種とはいってもリザード自体弱いから十分戦える――ってリト!?」

「ようやく雑魚戦来たぜー!」


 リトは一人で真っ直ぐ魔物に向かって走り出していった。


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