プロローグ――召喚
レム暦二○○○年。
人間と魔物の存在するレムリアと呼ばれる世界で突如異変が起こった。
それまで個々の種族で人間と争っていた魔物が一転、強力な力を持つドラゴンからその辺にいるゴブリンまで、種族関係なく群れとなって人里を襲うようになったのである。さらにそれだけでなく、待ち伏せ、奇襲などの戦略を持って行動も見受けられるようになった。
最初はただの偶然だと楽観的に考えていた人間も、同様のケースがあちこちで見られ、さらには小国が制圧されたこともあり、危機感を募らせざるをえなくなった。
大陸一つを治めるような大国の国王は自分の大陸全土に、魔物に対抗できる有能な戦士や魔術師を急募した。しかし、なかなか集まることはなかった。
それもそのはず、すでに有能な者たちは魔物の進行を精一杯食い止めていたのだ。ただし守るのが限界。統制の取れた魔物たちは人間の手に到底終えない。
幾度となく来る襲撃に徐々に押し切られていく。
人々の間では魔物を統制、指揮しているリーダー格――魔王が存在するのでは? と噂されるようになった。
――異変が起きてから十五年。
辛くも凌ぎ続けているものの、それまで世界の八割を統治していた人間の住む土地は半分以下まで追い込まれた。
少しずつ大国に集まる戦士や魔術師も、国からの知らせを見たわけではなく、魔物の襲撃から町や村を捨て避難して来た者がほとんどだ。
国王は形勢逆転のための一手を考えあぐねていた。
そんな中、今日もまた一つの町が魔物に滅ぼされようとしている。
「うおおおおおおお!」
魔物達の勝利の雄たけびが町一つを覆う。
今回の戦闘の最中、町を守っていた戦士たちは次々に敗れ、勝てないことを悟った住人は撤退を余儀なくされた。人々は流れるように隣国へと避難していく。
それなのにたった一人、教会の一室――一番隅の窓もない部屋の中で呪文を唱える少女の姿があった。
肩まで伸びた赤髪にエメラルド色をした瞳。きりっとした力強いその目はただ一点を見つめている。
背は百六十センチ程でこの世界の平均的な身長。つい先日、この世界の成人である十八歳を迎えたばかりだ。
体全体を覆う灰色のローブは魔法耐性のある希少な金属を縫いこんであり、防御に優れている。
こんな魔物に囲まれた町で物怖じ一つしない彼女はただ者であるはずがない。
彼女の名はエレナ=アーヴィル。高位魔術師である。
先ほどまであわただしく動きまわり、召喚の儀式の準備を終わらせた彼女は、完成した魔法陣を見つめひたすら集中する。
「……火のようにか細く、炎のように燃え上がる命……水のように清らかで、氷のように強固な心…………」
魔物達は町の隅々まで確認しないことが幸いした。もし今の状態でこの部屋に魔物が入ってきても彼女は気付かぬまま八つ裂きにされていただろう。それほどまでに彼女の意識は目の前の魔法陣に向けられていた。
「潮風のように途切れることなく、嵐のように激しい人生……岩のように硬く、大地のように揺るがない体…………」
次第に魔法陣が様々な色の輝きを持って光りだす。そして、その輝きは小さく丸い光球になり、ふわふわと魔法陣の真ん中、エレナの目の高さくらいの場所に集まっていく。
エレナは儀式の最後の言葉を口に出した。
「かの者をこの地に呼び寄せよ!」
――言い終えた瞬間、集まった光球の明るさがぐんと増す。エレナはとっさに目を瞑った。
「うわっ!」
ゴンッ。
男の声と共に鈍い音が近くから響く。
エレナはそーっと目を開けると、目の前には一人の男がうつぶせに倒れていた。
「ふぅ、とりあえず召喚は成功したみたいだけど……この人大丈夫かな?」
ひとまず安堵する。何せこの儀式のために複雑な魔法陣を描き、召喚の書物を読み漁り、自分の魔力が最大まで回復するまで待ったりとかれこれ一ヶ月もかかったのだ。
「本当は明日の予定だったんだけど、まさか今日襲撃されるとは……もう! なんてタイミングが悪いときにわざわざ来るかなぁ」
運の悪さを嘆きつつも、召喚した男に目を向ける。
うつぶせなので顔は見えないが髪は短くツンツンしている。剣や鎧を身にまとっているところを見る限り、どこかの戦士だろう。しかし、体格は筋肉質でなく、多くの屈強な戦士と一緒に魔物と戦ってきたエレナにはそれほど強そうに思えなかった。エレナは動かない彼を心配し近づこうとしたが、あることを思い出す。
……念のため少し距離はとっておこう、と数歩下がるエレナ。
召喚の書物からの得た知識――過去の召喚の中で、心配している点が二つあるからである。
一つにどこから召喚されてくるか分からないため、言葉が通じないことが多いそうだ。言葉の壁を乗り越えなければならない。
そしてもう一つは重要。命に関わることである。
召喚された者は急な出来事にパニックになり、暴れることがあるらしい。過去に深手を負ったものもいると書かれていた。
今回の場合、呼び出そうとしたのは魔物に対抗できるだけの『強者』のはず。剣を持ち、暴れられたら今のエレナでは太刀打ちできず、最悪命を落とすだろう。
「うぅ……」
召喚された男が身を起こし出す。
「いてぇ、マジいてぇ……。なにも頭から落ちることはないだろうによぉ……」
頭をさすりながら彼はしゃべる。
(よかった……。言葉は理解できる……)
エレナの懸念していた問題の一つが解消された。
(あとはパニックにさえならなければ……)
「今回はどんな世界だ? ん? おお!?」
急に男はきょろきょろと辺りを見回し始めた。そんな様子を見たエレナは臨戦態勢をとり、体が強張る。
……しかし、次の男の一言で脱力せざるを得なかった。
「やべぇ! ついに3D世界キターー!」
「え!???」
なぜか子供のようにはしゃぐ男をエレナは呆然と見つめていた。
適当に思いついた『レム暦』。噛みそうになるんですよねー。
早口で十回言ってみてください。僕は二回目でアウトです。