五・舜兵VS月見 其之壱
「ねぇ時枝、なんで最後まで言わないの?」
「言っても無駄ですよ、今の彼は一種のトランス状態に入っている。おそらくこちらの声が聞こえないのでしょう。」
「トランスって?」
「トランスとは、その人物の精神が忘我・恍惚の状態に入る事を言います。
先ほど貴女から昨日の戦闘後の話を聞きましたね、確か、そのとき彼が『戦闘で気分が高揚すると忘却の彼方に・・・・・』と言っていたそうですね。」
「それが?」
「分かりませんか?彼は戦闘中、その戦闘が命がけであると言う事を忘れている。そしてその際の事を彼は『気分が高揚する』と言っている。
それはトランスとほぼ同等の反応です。
アドレナリンやらなにやらが大量に分泌でもされていたのでしょう、彼は戦闘中に戦闘に集中する為に無意識に不必要な感覚をシャットダウンしているのですよ。」
「つまり?」
「彼は戦闘中、よっぽど注意しない限り耳が聞こえない。ということです。ですがちょっとまずいですねぇ。」
「なにが?」
「彼は今、『本能』に近いレベルで行動しています。神力が暴走しかねない。ま、その際放出すれる神力を詳しく分析すれば彼が何故ココまで短期間で成長したか確信が持てるデータが取れると思いますが。」
「で、舜クンは今大丈夫なの?」
「本来なら今すぐ強制帰還させるでしょうね。神力が溢れ出るのは時間の問題です。」
「じゃあ何で・・・」
「今現在彼は44体鬼を撃破している、彼の今後の『地位』が必要なのですよ。最低70体ぐらい倒してもらわないと。」
「地位?」
「先ほども話したでしょう?門閥主義の輩が難癖言わないぐらい・・・70体ぐらい倒したほうがいい。」
「・・・・・・・・伏葉の・・・」
「あなたの家がどうかしましたか?」
「伏葉のお墨付き・・・」
「ダメです。」
間髪入れずに時枝が月見の言葉をさえぎる。
「何で!?それなら他の家がとやかく言えない・・・・」
「あなた・・・各務君に気でもあるのですか?やはり。」
「え・・・・」
「将来結婚するほどの覚悟が要るでしょうね。お墨付きを父親から貰おうなんて。」
「・・・・・・・・」
「今は彼の実力を計る場です。余計な考えは要りません。」
「はい・・・」
時枝が月見を説得したときだった。
『幻想空間内の鬼闘士の神力が暴走、現在レッドゾーンを遥かに通過、空間内に歪みが発生している模様。』
全く声色が変わらない単調なアナウンスが恐れていた事態の発生を告げる。
「舜クン!!」
思わずモニターに向かって叫ぶ月見、しかし彼女の声が彼に届く事はない。
「データサンプル採取完了、神力内の成分の解析を開始する。」
時枝はこの瞬間に舜兵の神力の計測を開始していた。
「!―――――何悠長な事やってんのよ!早く舜クンを!」「分かっています。しかしこの莫大な神力を押さえ込むには鬼闘士が力を封じ込めなくては・・・」
「なら私が!」
「あなた一人では荷が重過ぎますね。神力の量がレッドゾーンを通過、つまり貴女のお父上とほぼ同格ですよ。」
「そんな!」
「少なくとも、そうですね。あなたと同じかそれ以上の実力を持っている鬼闘士が必要ですね。」
『おいおい、そんな大事件が起こったんなら呼んでくれてもいいだろ?』
二人の背後からなんだか軽薄な声が飛ぶ。
「大吾・・・・こんな時に何の用?」
「やっぱ厳しいねぇ〜、せっかく時枝の言う『力を封じ込める』って奴に加勢してやろうと思ったのによぉ。」
「残念だけどアンタと私は同じ実力じゃ・・・・」
「おぉっと、俺が今日何のために来たか忘れたのか?」
「何だっけ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ワザとだろ・・・」
「ごめんごめん。」
全く謝る気が無いようである。
「さて、斗束君、君のランクデータはつい先程届いたので拝見させてもらいました。
まぁ伏葉のお嬢さんと行ってもいいでしょう。」
「へへへっ、そうこなきゃな〜。」
「今回のターゲットは非常に危険ですので幻想空間内での『呪獄』の使用を許可します。二人とも『呪獄』は持っていますね?」
「もちろん。」
「あったり前だ。」
そう言うと月見はペンダントを、大吾は手に付けた二つの指輪を時枝に見せる。
その三つはどれも梵字が刻まれていた。
「結構です。それではカプセルに入ってください、転送を開始します。
幻想空間への転送、開始!」
『データノ解析完了、モニターニ表示シマス。』
月見と大吾の転送後、時枝のデスクのパソコンに何かの解析結果が表示される。
「思った以上に手間取りましたね。どんな結果でしょうか?
バカな
こんな結果は
初めてだ
各務舜兵
一体何者なんだ?
(と、とにかく、この結果は言わない方が良いでしょう。彼の為にも、伏葉のお嬢さんの為にも。)」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「酷い・・・・」
幻想空間に転送された月見の第一声がこれだった。事実彼の神力によって周囲の建造物は瓦解し、道路はひび割れ、何より舜兵の足元には巨大な影がとぐろを巻いていた。
「コイツはスゲーなぁ!まるで舜兵が破壊神みてぇだ!」
この惨状に大吾は声を上げる、まるで楽しむかのように。
「莫迦な事言わないで、それよりどうするの?まさかこんなに凄い神力だとは思わなかった・・・」
「まあな、よし月見、お前陽動やれ、お前は友達傷つけるほど酷か無いからな。」
「でも、今ココで暴走してるのはその友達よ!友達なら止める必要が!」
「お前にはそれができねぇ、そう言ってんだ。少しばかり優し過ぎるからな、お前は。」
確かにそうだ、舜兵が初めて鬼に会ったときも無茶な要求をしながらも火牢で舜兵を手助けした。
本当は本人の力だけで倒させようと思ったのに。
「・・・・・・・・分かった、陽動、すればいいんでしょ?」
「よっしゃ、じゃあ俺は隙を窺うためにちょっくら隠れさせて貰うぜ。」
そう言うが早いか、行動するが早いか、大吾はそそくさとどこかに行ってしまった。
残されたのは廃墟群とそれをつくった破壊神、そして月見だけであった。
「『呪獄』解放。」
ペンダントを握り締め、月見がそうつぶやく。するとそのペンダントは紅い光に包まれ、やがて炎を纏ったかのようになる。
「解放!焔烏!!」
月見がそう叫んだ瞬間、ペンダントが纏った炎がペンダントから離れ、やがて火で身体ができた烏が現れ、月見の肩に降り立った。
「お呼びですか、主よ。」
「ええ、大体のことは呪獄の中で聴いたでしょ?今回私達はあくまで陽動、それに・・・」
「あの男は友人だから傷つけたくない・・・と言うわけですか?」
「そう、じゃ、行くわよ。」
「御意。
で、主よ、得物は持たないのか?」
「あ・・・・・ゴメン、最近使ってなかったから忘れてた!」
顔を焔烏並に真っ赤にしてあわてる月見。いそいそと胃袋から取り出したのは握りがこれまた焔烏並に真っ赤な脇差だった。
「あーコホン、それじゃ改めていくわよ。」
「うむオホン、それでは改めて参りましょうか。」
右足を少し後ろに下げ、体勢を低くする月見、そしてその場から消えた。
ガキン!
月見が消えた場所からおよそ50メートル程で月見の脇差と舜兵の刀が火花を散らしてぶつかり合っていた。
50メートルを移動し舜兵の刀と交わるまで1秒フラット、速い、速すぎる。
再び月見が消え、舜兵の背後から現れる、舜兵が反応し受け止めようとした瞬間
「焔烏!今よ!」
「御意。」
先程まで月見が居た場所、すなわち舜兵の背後に焔烏が姿を表す。
「撃てぇ!火炎唾丸!」
『唾』を『だん』と読むのにやや無理はあるが、焔烏が口から炎の玉を吐き出して攻撃するのはなかなかの物のようだ。ばっちぃ気がしないでもないが。
「――――――――!!」
突然背後から攻撃され声にならない声を上げる舜兵。
着ていた服が燃え上がろうとするが、足下の影から黒く細長い物体がムチのようにしなりながら現れ火をはたき消してしまった。
「・・・・・・ねぇ焔烏、『呪獄』の予備、ある?」
一度舜兵から距離をとり体制を立て直す月見と焔烏、ふと月見がこんなことを言い出した。
「まぁ腕輪型が一個有りますが?」
「それ頂戴、やるべき事が有るみたいだから。」
「は、はぁ。」
正直焔烏には主である月見の意図が分からなかった。『呪獄』が必要な理由、『やるべき事』とは一体何か?
唯一つ、焔烏に分かること、それは自分がただ主に従うべきである、ということだけだった。
かなり前の投稿から遅れたんすけど、その理由としてもう先の事考えてるんすよねー。それの方が執筆してるより楽しかったりして遅れちゃいました。次はできるだけ早めに投稿します。