登山デート
後輩のまゆみちゃんと山登りに来た。
7歳下のまゆみちゃん。新入社員でうちの部署に配属されて猛アタックした。
最近は男性から迫るとセクハラだとか言われるが慎重にやれば問題ない。
数回の業後のサシ呑み。そして今日の山登りデート。
これをクリアしたらほぼ確で恋人になるだろう。
まゆみちゃんが山登りに興味があるが周りではやっている人がいないと困っていた。
俺もやったことはないがベテランの雰囲気を出して誘うことに成功。
装備品一式を買いに行き、山登りについてスマホで調べた。
登るのは登山口まで電車の駅がある山。
都会から手軽に登りに行けるらしく多く休日になると多くの人が登っているらしい。
まゆみちゃんと予定を合わせて二人っきりで出かけることに成功した。
当日の午前中二人で駅のコンビニで朝食を買ってから登り始めた。
自然の中で彼女と食べる朝ご飯はとてもおいしかった。
事前の調べでは初心者向けの山とあったので舐めてかかっていた。
中腹あたりで疲れて展望台のベンチで休んでいた。
情けない姿を見せないように休憩しつつ話が途切れないように話しかけた。
その後何度か小休憩をはさみつつやっとのことで頂上に到着。
景色はよく多くの人でごった返していた。
頂上の売店で昼飯を買いまゆみちゃんと頂上の端の方で食べる。
ここからでは景色がよく見えず残念だ。
このまま下ってしまったら昼過ぎくらいについてしまうだろう。
下りは上りよりも早い。
せめて夕方に駅について手ごろな居酒屋で二人で乾杯したい。
疲れているから家に帰るよりもどこかで休憩にでもなれば万々歳だ。
そんな作戦を描いていたので
「先輩、もう頂上の景色は見ましたので下山しましょうか。」
というまゆみちゃんの提案を却下した。
「この頂上から隣の山まで道が伸びているみたい。
そっちの方が景色がきれいなんだよね。
何度か登っていて俺はここより向こうの山の方がいいって思ってるんだよね。」
もちろん今回が初登山だ。
まゆみちゃんからの尊敬の眼差しが心地よい。
「私今回先輩に任せっぱなしですみません。仕事でも先輩に助けてもらってばかりで本当に助かっています。」
礼儀正しくお辞儀をするところなど後輩として完璧すぎる。
そうして昼過ぎから俺たちはもう一つの山の頂上を目指して歩き出した。
そんなに遠くはなかったが想定以上に体力を消耗してしまった。
景色を楽しみつつ休息をとった。
この山の頂上には売店どころか自販機すら置いてない。
まゆみちゃんからもう戻ったほうがよくないですか。暗くなると足元が危険になりますと再三帰宅を促していたが「まだもうちょっと休もう」と返事をして時間を調節する。
晩飯前に駅についてしまったらそのままお別れになるだろう。
駅に到着する時刻を逆算してここでの出発時間を調整しないといけない。
まゆみちゃんと取り留めのない雑談をして時間を潰した。
時計が16時を回ったのを確認して下山を開始した。
最初は軽快だった。
休憩したことで体力は戻っていた。
まゆみちゃんに話を振るが相槌の返事しか返ってこない。
まゆみちゃんの提案を却下したことを不満に思っているのか。
まぁこれは男女の駆け引きであるから仕方ない。
今夜うまくいけばそれでいいのだ。
最初に登った山の頂上にはもっと早く着くと思っていたが想定以上に時間がかかってしまった。
疲れは取れていたが買ったばかりの登山靴に足が慣れていないらしく足の指が痛くなっていた。
途中休憩を挟もうとしたがまゆみちゃんに渋られてしまって仕方なく歩き続けた。
最初の山の頂上に着いた頃にはあたりはほぼ暗くなっている。
1人の気配もないような気がする。
正直ここでも休憩したかったがまゆみちゃんが先に行こうとするので追いかける形で下山を再開した。
登山道は頂上とは比べ物にならないほど暗く足元は見えなくなっている。
スマホを取り出しライトをつけた。
まだ太陽そのものは出ているが木々に阻まれて地面まで光が届いていない。
これは誤算だ。
街灯もなく不気味な雰囲気になっている。
まゆみちゃんと二人で2個のスマホのライトをつけて道を下った。
このころになるとお互い会話はしていない。
油断すると足元を取られてこけてしまう。
そうなれば歩くことすらできなくなる。
事前に調べた登山の注意事項にもそんなことが書かれていた。
この道を無事おり切れば駅まではすぐ近くだ。
達成感からお酒も飲みたくなるはず。
これからのことに夢を膨らませて気分を上げる。
その時
「キャ」
という声が後ろからした。
まゆみちゃんの声だ。
振り返ると彼女は尻もちをついてこけていた。
「ドジだなー、立てる?」
できるだけ明るく言うことに努めた。
手を差し伸べると彼女はその手を取って立ち上がろうとする。
しかし左足を挫いたようで立ち上がるのが難しい。
「大丈夫だよ、立ってみて」
と励ましてなんとか彼女を立たせる。
「すみません。足が痛くて歩くのはむずそうです。」
「え、挫いただけだよね。大丈夫だよ。」
歩くことを促しても彼女は動こうとはしない。
ネットではこの山は初心者用と書かれていたので応急手当ができるようなものは持ってきていない。
色々と買った登山グッズを詰め込んでいたら重たくなったので必要でないものはおいてきた。
その中に応急手当用の道具があったことを思い出した。
今リュックサックに入っているのは今日の話のネタにと持ってきた道具ばかりで使えそうにないものばかり。
「まゆみちゃんは応急手当の道具とか持ってきてないの?」
「すみません。持ってきていないです。」
「んーそういう小さいおしゃれなリュックで来るのはいいんだけどさ。自分が怪我した時のためにそういうことも視野に入れて持ってくるべきだったよね。」
おおっと、つい職場での仕事での振る舞いがでてしまった。
「あ、でも責めているわけじゃないよ。こういう想定外ってのは何が起こるかわからないからね。」
ここで励ましの言葉を入れておく。これでフォローはOKだ。
その場で誰か通らないかと待っていたが誰も通らない。
太陽も落ちてしまい夜になっていた。
月明りがほんのりと木々の隙間から顔を出している。
本来の予定ならば駅前か繁華街で晩飯を食べている予定だった。
そう思うと腹も減ってきた。
頂上にあった売店は思いのほか値段が高く十分な食事がとれていない。
売店があるからと携帯食料を持ってきていないのが裏目に出てしまった。
スマホは圏外で救急車も呼べない。山だから救助隊になるのか。
使えないのなら考えても意味がないことだ。
二人の間に沈黙が流れる。
気まずい。
どうにかしてこの状況を打破しないとと焦りが出始めた。
そんなとき音が聞こえた。
「今の音聞こえた?」
「え?何も聞こえないですけど。」
「静かにして」
耳を澄ませる。
すると誰かが落ち葉を踏む音が聞こえた。
「誰かいる!」
その声にまゆみちゃんはびっくりしている。
「近くにきっと人がいるんだよ。」
「それって私たちの後ろから下山してくる人がいるってことですか。」
「いや、こっち側だね。この先は登山ルートが分岐しているから別のルートで降りてきている人なんだよ。」
俺は下り方向を指さして答えた。
「俺、ちょっと行って応援を呼んでくるよ。ここで待っていて。」
そう言って1人で山を下っていく。
動いてなかったことで体力もある程度回復している。
男一人なら軽快に歩ける。
後ろからまゆみちゃんの「待って、行かないで」と言う声が聞こえるが今は緊急事態だ。
「大丈夫、そこで待っていてすぐに戻るから」
と大声で返した。
これで彼女を助けることができる。
救助だからSNSに上げたらきっと高評価だらけになるだろう。
もしかしたらバズってしまうかもしれない。
気分ががぜん良くなった。
分岐ルートに着いた。
耳を澄まして足音や声が聞こえないか確認する。
ここまで来たら一人で下山して街の人と一緒に助けに来た方がいいかもしれない。
応援の人に俺とまゆみちゃんのリュックを持ってもらって俺がまゆみちゃんを背負って降りる。
最高のシチュエーションじゃないか。
これからの想像に胸を膨らませていると再び足音が聞こえた。
今度は話し声も聞こえる。
どうやら複数人いるようだ。
声のした方向に走り出した。
道は平たんで歩きやすい。
てっきり下山方向かと思ったがこういう道もあったのか。
複数の登山道があるという紹介だったので気に留めなかった。
開けた場所に辿り着いた。
月明りとスマホのライトしかなく街中の暗さとは異なる不気味な雰囲気である。
辺りを見回しても人はいない。
俺が聞いたのは人だったのか、まさか野生動物の足音を聞き間違えたのか。
そのとたん足がガタガタと震えだし顎もカチカチと小刻みに震える。
ここはどこなんだ?
俺はどこから来た?
広場についてあたりを散策したので自分が来た方向がわからない。
目印になりそうなものもない。
どれも同じ木に見える。
引き返さないと。
きっとまゆみちゃんも寂しいに違いない。
一旦俺だけで下山して警察を呼ぼう。
下山の途中でスマホの電波が復活するだろうその時点で警察を呼ぼう。
まずは来た道を引き返すんだ。
スマホのライトを頼りに足元を照らす。
道なのだから他の部分よりも開けているはずだ。
それを見つければいい。
「あった。」
木と木の隙間が2メートルは空いている。
他の箇所よりも地面がむき出しになっている。これは人が日ごろから通っているので地面が成らされているいる証拠だ。
間違いない。
俺はその道を進んだ。
どれくらい歩いただろう。
音を追っている時は速足で追いかけていたので歩きとは単純な比較はできない。
それでも結構歩いたはずだ。
喉も乾いてきた。
すでに水は飲み干している。
休憩のたびに少しずつ飲んでいたが休憩の数が多すぎた。
最後に飲んだのはまゆみちゃんが足を挫いた場所だ。
彼女が怪我をしなければとっくの昔に下山できてお酒が飲めていたというのに。
彼女が油断したせいでこんなことになってしまった。
「喉が渇いた。湧き水でもいい、なんか飲ませてくれ。」
そんなことを呟いていた。
足も痛くなってきてもう我慢の限界だ。
正直歩くのも止めたい。
そんな時川の流れる音が聞こえた。
これは清流の音だ。
さらさらと量は少ないがきれいな水が流れる音。
唾をごくりと飲み込む。
音がする方向に足を進めた瞬間、足は地面を踏まず空を切った。
身体が一瞬の浮遊感に包まれた瞬間、頭、肩、腰に痛みが走った。
体勢を立て直そうとするが坂になっていて重力に従って転がっていく。
途中木の幹に体をぶつけたり岩に体をぶつけたりする。どうにか両手で顔だけを守って転がっていく。
転落が停止したときには立ち上がることはできなくなっていた。
リュックを下ろすのも腕が痛くてできない。
腕はどうなっている。感覚がマヒして動かせなかった。
手に持っていたスマホも転がっている途中でどこかにいってしまった。
耳には清流の音だけが聞こえていた。
テレビ画面にニュース番組が流れている。
女性アナウンサーが淡々とニュースを伝えている。
「続いてのニュースです。
先日XX山で救助された女性が証言していた同行者について警察がその男性らしき人の遺体を発見しました。遺体の損傷は激しく登山道を外れた場所で滑落したものとみられています。
遺体に残されていた遺留品から男性のものであると判断されました。」
そのニュースを自宅の居間で1人見ている女性がいた。
彼女は足を挫いてその場で動けなくなった。先輩が突然音がすると言って下山してしまい独り取り残された。
独りで泣いているところを見回りをしていた山のビジターセンターの人に助けられ肩を貸してもらい下山できた。
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