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かつて、その魔女を愛した悪魔へ〜Prologos〜  作者: 西瀬 零真


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1/1

1.Amnesia

*本作はオリジナル作品です。

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❁⃘┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

-Afti einai i Arche tou Telous-

-kai to Telos tes Arches-

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈❁⃘┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈


……私は誰。


どんな性格だっけ。

どんな人間だったっけ。

そもそも“人間”なのかしら。


……わからない。


家族は、いたかしら。

好きな人や()()はいたのかな。

友達は?

親友はいたかな。


……どうでもいいや。


今は、ただ放っておいてほしい。

穏やかな眠りにつきたい。

深層へ落ちていく。

深く、濃い闇だけが存在する世界。

そこならきっと、穏やかでいられる気がした。


そして——

私は昏々(こんこん)した眠りへと誘われるように静かに瞼を閉じた。


✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼


深淵(しんえん)のような眠りから、ゆっくりと意識が浮上していく。

重たい瞼を開くと、そこには見知らぬ部屋が広がっていた。


古びてはいるものの、綺麗に整えられた趣のある空間だった。

艶の落ちたアンティーク家具に、繊細な装飾が施された置物たち。

壁際には何着もの美しいドレスが絵画のように静かに飾られている。

微かに香るのは、古い木材と、乾いた花弁のような甘い香り。

——まるで、物語の中へ迷い込んでしまったようだった。

きっと外には、壮大な屋敷が広がっているのだろう。


けれど、不思議と恐怖は感じなかった。

なぜだろう、すべて初めて見るはずなのに。

……どこか、懐かしい。


私は何気なく鏡の前へと立った。

初めて見るはずの、見慣れない顔なのに。

どこか、見慣れている気がした。


瞳は薄く紫がかった不思議な色をしていた。

宝石に例えるなら、アパタイトのような多彩な輝き。

光の加減や見る者によって、その色彩は変わって映ることだろう。

滅多にない稀有(けう)な瞳の色をしていた。


雪のように白い肌。

漆黒の髪に、長い睫毛(まつげ)

控えめな唇だけが、ほんのりと赤く色づいている。


全体的な顔立ちの均衡は美しく、思わず息を呑むほど整っていた。


——しかし。

自分のことなのに、まるで他人を眺めているような感覚が拭えない。

だがきっと、これが“私”なのだろう。


そう思うことにした。


そして、私が目覚めてから座った椅子の(かたわ)ら。

小さな丸テーブルの上には、湯気の立つ紅茶と焼き菓子がひっそりと置かれていた。

まるで、私が目を覚ますことを最初から分かっていたかのように。


誰が用意したのかを考えることよりも先に、

何も疑わず、疑う余地など持たずに。

私は自然とティーカップへ手を伸ばしていた。

温かな紅茶が喉を通る。


「……美味しい」


ほんのりと優しい甘みと香りが、じんわりと身体へ染み渡っていく。


なぜだろうか。

ここには、奇妙なほどの安心感があった。


もしかすると、少し疲れていたせいかもしれない。


そう腑に落ちた途端。

のどかな温もりに包まれるようにして、私は再び深い眠りへと落ちていった。


✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼••┈┈┈••✼


……ここは、ひどく居心地がいい。

そう思ってしまうことが、なぜだか恐ろしかった。


しかし、本当の恐怖は別のところにあった。


山羊の頭をした、()()()()()()()()()

“それ”はいつも、私のすぐ傍らにいるように感じる。

そして、決まって私に語りかけてくるのだ。


けれど、“それ”は私を慈しむように。

まるでこの世で最も大切なものを扱うかのように、細心の注意を払って接してくる。

まるで、一国のお姫様にでもなったかのように。

“それ”は、至極丁寧(しごくていねい)に私へ尽くしてくれた。


その理由はわからない。


傍から見れば、私たちの関係はひどく歪に映るのだろう。

けれど、今の私にとってそんなことはどうでもよかった。


私の目的は、ただ一つ。


(おぞ)ましい“それ”から逃れ、

この訳のわからない世界から抜け出すこと。

そのためにも、今は軽率に動くべきではない。

——しばらくは、“それ”の様子を窺うことにした。


ここまでご覧いただき、ありがとうございます。

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*次回、5/11更新予定*

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