カンスト聖女、転生したら『ヨジョドル(物理)』でした。~命がけのファンサで伝説になる~
前世の記憶を持つ私は、今猛烈に後悔している。
「はぁっ、はぁっ……! まだ、だ。まだ、右手の小指しか動かしてないのに……!」
前世の私は、世界を救う大聖女であった。
魔王を討伐し、飢饉を救い、無数の人々を癒やし続けた結果、神様から膨大な「徳ポイント」を付与された。
そして寿命を迎える直前、私――かな嬢は、その徳ポイントを全ツッパして神様に願ったのだ。
『来世は絶対に働きたくない! 息してるだけでチヤホヤされて、お菓子を無限に食べられる甘々な人生がいいです!!』と。
神様は「おう、任せとけ」と親指を立てた。
そして転生した結果が、これである。
「かなちゃん! 次の曲、イントロ始動まであと十秒だよ! 予備の酸素ボンベは開栓してるね!?」
「……くっ、手首の、サポーターを、もう一枚……!」
私は今、熱狂の渦に包まれる巨大ドームのバックステージにいた。
そう、チヤホヤされる究極の職業『アイドル』――それも、幼女アイドルたる「ヨジョドル」としてデビューしてしまったのだ。
だが、大問題が一つある。
前世で莫大な徳を「チヤホヤされること」と「強制労働からの解放(働かないこと)」に極振りした代償としてーー私の初期ステータスは、HP1、防御力0、筋力0という「究極の虚弱体質」になっていたのだ。
「ステージ衣装(総重量200グラム)が重すぎて、肩が脱臼しそう……ッ!」
ちょっと深呼吸しただけで肺が筋肉痛になる。
歩くだけで足の指が複雑骨折の危機に瀕する。
そのあまりの儚さ(物理)と、常に命がけで生きている必死さが、なぜか敏腕プロデューサーの目に留まってしまった。
『この極限の脆さ! 存在そのものが消え入りそうな儚さ! これぞ現代人に欠けている真の尊さだ!』と謎の勘違いをされ、強引にステージへ引きずり出されたのである。
(ちなみにボイストレーニングの初日で腹式呼吸をした瞬間に肋骨にヒビが入り、ダンスレッスンは屈伸運動で両膝の軟骨が砕けかけたため、私のパフォーマンスの大半は「立っているだけ」で構成されている)
「かなちゃん、出番だ! 限界まで輝いてこい!」
「……逝って、きます……ッ!」
私は酸素ボンベを吸い込み、気合と共にステージへと飛び出した。
五万人の観客から、割れんばかりの歓声がうねる。
ドームの最前列。VIP席のど真ん中。
神をも恐れぬその席には、見慣れない奇妙な二人組? が陣取っていた。
空気以下まで存在感が希薄で、なぜか満身創痍の病弱そうな青年と、その隣でペンライトを二刀流(?)している「亀の子タワシ」だ。
「おい、健太! 人の波に押されて俺の肋骨が折れた! 折れたぞォーッ!」
『気合いだ凱!! お前の命よりヨジョドルの輝きの方が万倍大事だ!! 見ろよかなちゃんを! 彼女のステージはいつだって命がけなんだ!! 俺のカンストした防御力を分けてやりてぇ!!』
「うるせぇタワシ! 俺にヒールかけてから言え!!」
謎の怒号が響く最前列だが、もはやツッコむ余裕もない。
私はプロである。観客に最高の笑顔を届けるのが使命なのだ。
「みんなー! かなだょー!」
ピシィッ!!
マイク(軽量化特注品・50グラム)を握りしめた瞬間、私の細腕から嫌な音が鳴った。
痛い。手首がヒビ割れた気がする。しかし、私はプロである。痛みを堪え、満面の笑みでファンに手を振った。
ボキッ!!
「がああああっ!?」
手を振った反動による遠心力で、右肩が盛大に脱臼した。
「おおおおおおっ!! かなちゃんが、今日も俺たちのために命を削ってくれてるぞぉぉぉ!!」
『すげぇ!! 俺なんて窪みに引っかかっただけで凱の手首粉砕させたのに、あの子は自力で脱臼するなんて! プロ魂パネェ!!』
「タワシぃぃぃ! あの子は文字通り命を削ってんだよ! 俺と一緒にすんな! がはっ(吐血)」
熱狂するタワシと吐血する青年を中心として、観客席から怒号のような熱狂が巻き起こる。
ちがう、パフォーマンスじゃない。真の物理ダメージだ。
私は脱臼した右腕をだらんと下げたまま、必死に歌い、踊った(※私の主観では激しいダンスだが、客観的にはお遊戯以下の運動量である)。
ステップを踏むたびに膝の軟骨がすり減り、ターンをするだけで三半規管が崩壊して吐血しそうになる。
「さいごに、みんなへ……愛をこめて……っ!」
私は最後の力を振り絞り、渾身の投げキッス&ウインクを決めた。
ブチィッ!!
「――ッ!」
ウインクの反動で首が鞭打ちになり、投げキッスをした唇が乾燥して裂け、鮮血が舞い散る。
私はそのまま、美しい弧を描いてステージに倒れ込んだ。完全なHPゼロ、気絶である。
「かなちゃぁぁぁぁぁぁん!!!」
『なんて尊ぇんだ……ッ! 俺の繊維が震え上がって石畳を磨きてぇ気分だぜぇぇぇっ!』
「うおおおお! 俺もあのプロ魂を見習って、呼吸するだけで骨折する体質を克服……無理だ痛ぇぇえええ!」
五万人の観客と、最前列のタワシと青年は、感動の涙を流しながらサイリウムを振り乱していた。
――こうして。
ライブ終了後、即座に集中治療室(ICU)へブチ込まれ、高度回復魔法漬けにされるのが私の日常となった。
「息してるだけでチヤホヤされる」という願いは叶ったが、まさか「息をするのが物理的にしんどい」体になるとは思わなかった。
伝説の命がけヨジョドル、かな嬢の過酷なアイドルライフは、まだ始まったばかりである。




