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エール

作者: 太田

 ぼーっと、SNSの記事を縦スクロールで見ていくととある記事を見つけた。


【速報】天才漫画家・大衡美樹先生の最新作『ジーニアス ペインター』早くも累計発行部数100万部破!


 知ってる名前だった。その名前は、自分の幼馴染のものであった。


 自分は、すぐに携帯の電源を消し、柄にもなく授業に意識を向けた。黒板の前で教授が何やら何処かの国の文化を説明していた。


 しかし、言葉があまり入ってこなかった。あの記事が頭から離れなかったから。


 次第に、胸のなかに何やらタールのような物が溜まっていく様な感覚に襲われた。


 美樹(みき)とは、幼少期、近所の油絵教室で知り合った。


 可憐(かれん)な女の子。それが最初に会った感想だった。華奢(きゃしゃ)な体、色素の薄い髪。まるで、絵画から飛び出してきたような女の子だった。


 そんな彼女に恋心というものを抱くのも時間の問題であった。


 しかし、彼女と俺との間に決定的な違いがあった。


 それは、絵の才能。


 彼女は、天才という言葉が似合う子だった。


 受賞した賞は、数しれず。よくメディアに取りだたされていたのを思い出す。漫画家の道にいくと言った時は、どれほどメディアが騒いだことか…。


 そんな、彼女を見ていると、恋心よりも嫉妬心に駆られ、次第に絵を描くのが嫌になってしまった。


 カーン…コーン…


 いつの間にか授業終了の時間になっていた。


 教室を出ると蒸し暑い空気が体を包み、変な汗が出た。


 今日は、もう授業がないのでとりあえず家に帰ることにした。


 家に着くと、さらに灼熱の空気が体を包んだ。


 急いでエアコンをつけ、ベッドに横になる。


 一度、大きく呼吸をして携帯の電源を入れた。


 さっきとは、別のSNSを開く。


 サブアカウントを開くととあるアカウントのタイムラインが目に入ってきた。


 そこには、美味しそうな料理が並べられ、画面の真ん中に【100万部突破記念!彼女の隣にいられるように頑張るぞぉ!】と文字が打たれていた。


 そう、これは美樹の彼氏のアカウントだ。


 この幸せそうな画像を見ていると、胸がゴミ圧縮機にプレスされたみたいな感覚になった。


 携帯の電源を切り、軽く投げ捨てる。


 天井を見ながら小さく息を吸う。


 美樹の彼氏の名前は、永留謙二(ながどめけんじ)。僕のもう1人の幼馴染だ。


 彼とも幼少期に油絵教室で出会った。


 明るく元気な男だった。しかし、絵に関しては、とても真剣で努力家であった。


 彼は、自分よりは、才能があり、金賞までは、いかなくとも幾らか賞を受賞していた。


 自分ら2人は、美樹に恋心を抱いていたのを互いに意識していた。しかし、嫉妬心に押しつぶされた男と彼女の隣にい続けるために努力をした男。結果がどうなるかなど一目瞭然だった。


 彼は、今イラスト系の専門学校に通っているらしい。


 しかし、彼は、ただの専門学生では、なかった。彼は、専門学生として絵の勉学に勤しむ傍ら、イラストレーターとして既に働いているのだ。


 これとは、別のアカウントだが、彼の描いたイラストを投稿ているアカウントのフォロワーは、80万人。とんでもない数だ。


 彼は、専門学生であり、超人気イラストレーターなのだ。


 その事実もまた、自分の嫉妬心を駆り立てた。


 何も出来ない自分に涙が出てくる。




 いつの間にか眠ってしまっていたのか部屋は、真っ暗だった。


 いや、もしかしたら、まだ夢の中なのかもしれない。


 真っ暗な部屋の中ゆっくりと、瞳を開ける。


 絵を描くのを辞めた日の事を思い出す。


 あれは、夏の暑い日だった。


 美樹と一緒に、家に帰る途中。美樹が投げかけた言葉。


貴光(たかみつ)って凄いよねぇ。才能なくても絵をずっと描いてて。」


 何気ない一言だったかもしれない。自分でも自身の才能がないことは、嫌というほど分かっていた。しかし、それを美樹に言われたのが、我慢ならなかった。


 その時は、笑って誤魔化した。その後の事は、あまり覚えていない。


 気がつくと、自分の部屋で、床には、ビリビリのキャンバスが散らばっていた。


 結局、その一件で自分は、絵を描くのを辞めてしまったのだ。


 美樹や謙二とは、次第に疎遠になり、美樹は漫画家に、謙二は専門学校に通う事になり、自分はというと、あまり偏差値の高くない私立大学に通っている。


 皆がバラバラの進路に進む事になった。


………実は、今でも絵を描いている。


 高三の時にお年玉で買った液タブで。


 一ヶ月に1枚程度だが。


 一応、SNSにもその描いたイラストを投稿してみたりもしている。


 しかし、そのイラストにいいねが付くことは、なかった。


 フォロワーも全然おらず十桁台。何のためにやっているのかわからない状態だった。


 誰にも認められず誰にも評価されない努力ほど虚しく惨めな物はない。


 美樹や謙二とは言わないが、少しでも絵の才能があればどれほど良かったのだろう。


 しかし、眠って落ち着いたのかもしれない。胸の奥にあった重いタールの様な物は、無くなっていた。


 一息、大きく息をして、起き上がる。


………………確かに美樹と謙二は、顔も良いし、絵の才能に溢れて成功もしている。


 でも、それがどうした。


 いくら才能が無かろうが、いくら努力が報われなかろうが、いくら誰からも評価されないだろうが、それがどうした。


 悲劇のヒーローぶっている余裕なんてない。


 歩き出さなくていならない。もう、立ち止まる時間は、過ぎた。


 あの子達は、今越えずともいつか越えればいい。


 人生100年時代。あの子達より長生きして、その分絵を描けばいつかは、超えれるかもしれない。


 頑張ろう。誰にも認められなくても。

 頑張ろう。才能がなくても。

 頑張ろう。努力出来なくても。


 そしたら、今日の僕を少しでも好きになれる。


 僕は、少し汚れたペンを握った。



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