第8話 夢を諦めた商人のリオン
異世界で、ミージュは空を飛んでいた。
スケートボードのようなものに乗り、地面50センチぐらいの高さで飛んでいく。
胸のところに白い宝石のついたネックレスが、きらきらと輝いていた。
ミージュには、集めなければいけないものがあった。
それは「愛」の感情だ。
「世界の終わり」に吞み込まれ、滅びと再生を何度となく繰り返すあの国を救うために。
今日もミージュは姿を変える。
あなたの街、あなたのもとに、辿り着くまで。
◆ 夢を諦めた商人のリオン ◆
リオンの夢は、大きな会社の社長になって、世界中に影響を与えるような人物になること。
多くの従業員を抱え、指示を出し、時に本を出し、講演をし、発言をすれば人々が注目する、そんな人物を夢見ていた。
リオンはそのためにがむしゃらに働いた。自分の会社を立ち上げ、アイディアに溢れ、誰よりも働く、立派な人間であろうとした。
けれど物事はそううまくはいかなかった。
リオンの会社は、最初こそ黒字が続いていたが、徐々に収益を伸ばすことができず、赤字を出すようになった。焦ったリオンは起死回生の策を考え、行動に出たが、それが裏目に出てリオンの会社は潰れた。
リオンを信じてついてきた人たちは失望し、彼から離れていった。リオンには妻と子どもがいたが、口論の結果、彼女とは離縁した。
リオンは一人になった。
その日暮らしの生活を送るようになった。商人のつてはあったので、ちょっとした仕事を回してもらって何とか暮らしていた。
生きることが苦しかった彼は、得たお金をすべてその日のうちに使ってしまった。宵越しの金は持たないと言えば聞こえはいいが、リオンは破滅的な考えでいっぱいだった。
以前は夢を抱いて、がむしゃらに進んだ。それが正しいと思ってひたすら頑張った。なのにダメだった。もう一度立ち上がり、再び会社を立ち上げる人もいるだろう。だけど自分では、もう一度やっても同じ結果にしかならない気がする。何故ダメだったのか、どうしたら良いのか、根本的なところに気づけていない気がした。
何がいけなかったのか。
そもそも、成功に意味なんてあるのだろうか。
そんなことを思ったら、もう一度立ち上がる気にはなれなかった。
本当に自分が欲しかったものは何だろう?
人々に影響を及ぼし、みんなが憧れるような人物。そんな人になれたとして、自分は何を得られるのだろう。本当に欲しかったものは、それなのだろうか。
リオンは悩み、その憂さを晴らすために酒やギャンブルなどに明け暮れた。
だがある日、リオンが街を歩いていると、昔の知り合いに遭遇した。
彼はリオンからすれば「つまらない奴」だった。大きな夢を見ることもなく、何かに積極的にチャレンジすることもなく、遊ぶことも下手で、面白みのない奴だった。
そんな彼が、妻と子どもを連れて、楽しそうに歩いていた。特別美人と言うわけでもない妻は、彼にお似合いだと、そう心の中で言ってみたけれど。子どもと嬉しそうに手を繋ぐ彼を見て、リオンは打ちのめされた。
リオンは逃げるようにその場を離れた。
この苦しみから逃れるにはどうしたらいいだろう。もう自分はダメだ。酒を飲んでも、何をしても、この苦しみはずっと自分を追いかけてくる。どうしたら。どうしたら。
そう思って見上げた街路樹に、赤い風船が引っかかっていた。
近くに小さな男の子とその母親の姿があった。
男の子は悲しそうにその風船を見ていて、母親は「もう諦めましょう」と言っていた。
リオンはそれを見て、その街路樹に上り始めた。何故だかわからないけれど、登らなければいけないと思った。手は少し擦りむいたけれど、風船はすぐに取ることができた。
「すげー!」
男の子の嬉しそうな声が聞こえた。
木から降りて、風船をその男の子に渡した。その子の目はきらきらと輝き、まるでヒーローを見るかのように、リオンを見つめた。
「ありがとうございました」
母親がお礼を言うと、その男の子も頭を下げた。
「かっけー!」
そう言って去っていく二人を見ながら、リオンはその男の子に昔の自分の姿を重ねた。
そうだ。自分はヒーローになりたかったのだ。
誰かを助けられるヒーローに。誰かを喜ばせるヒーローに。
大したことはできないかもしれない。だけど、自分ができることで、誰かを笑顔にしたいと思った。
こんなちっぽけで、どうしようもない自分でも、必要としてくれる人はいるだろうか?
そう思う自分に、先ほどの男の子の無邪気な笑顔が思い出された。
大丈夫。きっとまたできる。
リオンが歩いていると、赤い風船を配るピエロを見かけた。リオンは思わずピエロに話しかけた。
「その仕事、やってみたいんだけど」
「この仕事をですか?」
ピエロの中から、驚いた様子の若い男性の声がした。
「結構大変ですよ?」
「望むところだ」
そうしてリオンはピエロの仕事を始めた。
広告のついた赤い風船。それを嬉しそうに持っていく子どもたちの姿を見るのが、リオンも嬉しかった。
暑い日も寒い日もリオンは風船を配った。ただ配るだけでなく、ちょっとしたパフォーマンスも考えた。リオンの周りには、それを見るための人たちで溢れた。
街中にその風船が配られ、その風船が宣伝する店に、人が大勢集まるようになった。
その店の社長が、熱心なリオンに一緒に商売をやっていかないかと声をかけた。
リオンは今までの経験を活かし、その店が繁盛するように知恵を貸した。
その店は街で一番の店になり、他の街にも支店がいくつもできた。リオンはこの店で、副社長として働くことになった。
それでもリオンは、今でも時々ピエロの格好をして風船を配っている。
彼にとって、子どもたちを笑顔にするピエロは、一番のヒーローだったのだ。
◆ ◆ ◆
リオンにピエロを譲った若者は、赤い風船を片手に微笑んだ。
その胸には、白い宝石がきらりと輝いていた。
<次の話へ続く>
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