第7話 ミージュの話③
ミージュは胸元にある、わずかにピンクがかった、けれどまだ白い石を握り締めた。
この石が完全に色が変わった時。
その時、この石はメルリー王国を、あの世界を変える力を持つ。
ミージュははっきりとはわからなかったが、その力が恐らく「世界の終わり」に対抗する何かになるのだろうと思っていた。
メルリー王国を完全に救うためには、世界の終わりから逃げ続けるだけでは、きっと解決しない。それでは以前と同じで、世界の終わりに怯える暮らしは変わらないからだ。
ミージュは変えたかった。
あの世界、逃げ続ける日々を。
◆
ミージュは以前のことを思い出していた。
メルリー王国の「ガーデン」の近くに、突如生えた赤黒い薔薇のような花。
この国に自生するすべての植物を知るはずのミージュたちですら、知らなかったその花を、切り倒した夜。
けたたましい鳴き声が響いた。
何事かと一斉に起き出し、人々はガーデンへと向かった。
そこには、巨大な鳥と、それに乗った見知らぬ民族の姿があった。
突然現れた巨大な鳥たちと大勢の謎の民族は、ガーデンの水を飲み、ガーデンに植えられた植物を貪っていた。荒らされつくしたガーデンを見て、メルリー王国の人々は怒り、武器を振るった。
ミージュは家で待っているよう言われたが、居ても立っても居られず、赤黒い薔薇の花を持って、神殿へと向かった。
これは何かの天罰だ。この花を切ってしまった罰だ。
暗闇の中、よく見えもしない中を、記憶を頼りに必死に進んだ。
途中何度か転びながらも、ミージュは神殿へとたどり着いた。
真っ暗な通路の先に、神殿の広間はあった。
白い発光する巨大な石があるその場所。
そこにはすでに、レモヒラがいた。
「レモヒラ」
レモヒラは立ち上がり、ミージュを見た。
「ミージュ、それは……」
レモヒラはミージュから切った赤黒い花を受け取ると、じっとそれを見つめた。
「何をしているの?」
「会話しているんだよ」
レモヒラの言葉に、ミージュは驚いた。
レモヒラたち樹祈禱師は、植物と話ができると言われていた。けれど誰もそのことを信じてはいなかった。ミージュも半信半疑だった。
「その花は、何を言ってる?」
ミージュが尋ねると、レモヒラはしばし黙ってから答えた。
「この花は、ガーデンのてっぺんに生えていたと言ってます」
「そう」
話してもいないのに、レモヒラはそのことを言い当てた。もしかしたら見に行ったのかもしれないけれど、レモヒラは続ける。
「この花の強い香りを、嫌う生き物がいるらしいです。特に鳥類はこの花の匂いを嫌うと、この花は話してます」
鳥類。
今、この国を襲いに来た民族は、巨大な鳥に乗って来ていたと聞いた。
その鳥を追い払うために、この植物は現れたのだ。
なのに、切ってしまった。
自らの手で。
確かにガーデンの水は、少し減ったかもしれない。
けれど戦になることを思えば、そんなことなど大したことではなかったに違いない。
「この花は、何か他にも言っている?」
「ううん。もう話せないみたいだ……」
レモヒラは悲しそうにそう言った。花はぐったりと力をなくし、花びらがはらりと落ちた。
◆
一晩明け、戦いは何とかメルリー王国の勝利に終わった。
しかし、負傷者を多く出し、水は減り、ガーデンも荒れてしまった。
人々はまた襲撃があるのではと怯え、ファイランたちは襲撃への備えで忙しくなった。
ミージュは父に、レモヒラから聞いた花のことを話した。父は確かに、そのことはあり得るかもしれないと言った。
けれど。
「そのことを、他の人には決して話してはいけないよ」
父はそう言った。
だからミージュは、それ以上は誰かに言うことはなかった。
謎の民族との戦いは、まだ序章に過ぎなかった。
この後更なる困難が彼らを待ち構えていることなど、この時のミージュは知る由もなかった。
<次の話へ続く>