第6話 優秀であろうとした学生のミア
異世界で、ミージュは空を飛びながら、次の街を探していた。
何故自分は、愛を探さなければいけないのだろう?
そのことの意味は何だろう?
ミージュは迷いを振り払おうとした。
けれどそれは難しかった。
一度浮かんだ雑念は、ミージュの頭をぐるぐると回り、容易に振り払えるものではなかった。
自分の意味。行動の価値。そんなこと、考えても意味などないのに。ミージュはそう思おうとして、けれど愚かなもう一人の自分が、盛んにそうまくしたてた。
その時、ミージュは持っている白い宝石に、わずかに色がついていることに気づいた。ほんのりとピンクがかっているように見える。
以前はもっと真っ白い石だったはずなのに。
もしかしたらこれは、完成へと近づいているのかもしれなかった。
ミージュは石を握り締め、しっかりと前を向いた。
さあ、今日も「愛」を探しに行こう。
◆ 優秀であろうとした学生のミア ◆
ミアは魔法学園で秀才と呼ばれていた。
優秀な魔法使いの家系に生まれ、代々重要な役職についてきたミアの一族は、魔法が使えることなど当然で、抜きんでていることですら当たり前だった。
ミアも当然優秀で、人より何でも器用にできた。
そのことで人に妬まれることもあったし、周囲と衝突することもあった。
けれどその度に、ミアは自分の実力でそれをねじ伏せてきた。所詮すべては自分へ向けられた嫉妬。勝てば官軍。満点であれば常に勝利できる。
ミアはそんな調子で、いつも凛と生きてきた。
そんなミアだったが、ある日転校生のサラに一位の座を奪われてしまう。
サラは田舎からやって来た女子学生だったが、魔法の腕に長け、その丁寧な魔法は見る者を魅了した。
皆がサラのことを「すごい」と褒めた。それにはミアへの当てつけも多少含まれていた。謙虚で丁寧なサラの方が、周囲には好意的に映ったのだ。
ミアは焦った。
一位こそ正義であり、自分の存在価値だと思っていたからだ。
ミアは今まで、同学年の学生に一位の座を奪われたことが無かった。彼女にとって、二番はあってないようなもの。筆記試験では相変わらず満点を叩き出していたが、実技試験ではどうしても人の目が評価に入る。先生もサラに高評価を付けた。
ミアはどうしてもそれが許せなかった。親に話せばその権力で教師をクビにすることもできたが、そうすることはしなかった。
ミアは考えた。
どうすれば自分を人が評価してくれるのかを。
満点を取れば、完璧にやれば、そうすれば間違ってなどいない。なのに人は、サラの方を評価する。緊張をし、周囲の応援を受けて、大きく息を吸ってから始めるような、そんなサラの方を、人々は「素晴らしい」と評価する。いくら魔法の腕だと言われても、それは違うということぐらいミアにもわかった。
自分は人に嫌われている。
ミアは美しく、清潔感があり、彼女が視線を向けると何も知らない男性たちはどきどきして彼女を追いかけた。
何もかも簡単だと思っていた。なのに、何故。
「一番」に固執しなければ、それはそれなのだろう。
けれどミアにとって、一番でないということは、自分の価値を揺らがすほどのものだったのだ。
プライドの高いミアは、サラに何かをするということもなかった。
来る日も来る日も、異常なほどの努力を積み重ねていただけだった。
教師が評価しないのなら、評価するポイントを積み重ねるだけのこと。ミアはグランドの整備から備品の片づけまで、完璧にこなした。勉強も魔法も武術も怠ることはなかった。自由な時間など一切なく、すべて決めたことだけを淡々とこなした。
それまでのミアは、無駄口を言うこともあったが、それすら一切なくなった。
周囲はミアの徹底ぶりに恐れをなし、ますます距離を置いた。
そこまで固執するのだからと、さすがに教師は今まで通りミアに満点をつけた。実際非の打ち所がなかった。
そうしてミアは一位を奪還した。
けれど思ったのだ。
そこまでして守りたいこの座に、何の意味があるのかと。
自由な時間をすべて犠牲にし、人と距離を置き、完璧を演じて、それに何の意味があるのだろう。
自分はなんてつまらない人間なのだろう。
そんなことをしなくても、人に好かれている人たちはいくらでもいるのに。自分はこうしなければ、ここまでしなければ、何の価値もない。
そう思ったら、ミアは耐えきれなくなった。
自分は何をしているのだろう。自分に何の意味があるのだろう。
ミアは学園に行かず、空を飛んで逃げ出した。
どこか遠くへ行きたかった。叶うなら消えてしまいたかった。
ミアは川辺で石を投げている、一人の若い女性を見かけた。
こんな時間に、何をしているのだろう。
その女性が、時間を持て余しているのは明らかだった。
ふと、その女性がミアに気づいた。
ミアが慌ててその場を離れようとすると、「おいでよ!」と女性は言った。
呼ばれてミアは、何となくその女性のところへ近づいた。
「魔法学園の制服だね。さぼり?」
女性はにこにこと笑いながらそう尋ねた。
ミアは答えなかった。
「ま、どっちでもいいけどね。ここは良いところだから、しばらくのんびりしていったらいいよ」
女性はそう言うと、河原にあった石を投げた。石は数回跳ねて沈んでいった。
「投げてみる?」
女性に言われ、ミアは石を手に取った。そして思い切り投げた。初めて投げたというのにミアはやはり天才的で、かなりの回数跳ねてから沈んでいった。
「すごいね」
女性に言われ、ミアは嫌な気持ちになった。褒められるのは当たり前で、それ故に今はそんな気分にはなれなかった。
そんなことを思っていると、川の上流から箱のようなものが流れてくるのが見えた。
中には子犬らしき生き物が、悲しそうな声をあげていた。
女性はそれを見るなり、川に入ろうとした。
「待って!」
ミアはそれを止めた。箱の流れている辺りは深く、流れも急だ。そのまま入ったら溺れかねない。
ミアは呪文を唱え、空を飛んで箱ごと子犬を助けた。
「すごいね」
女性はミアから箱を受け取り、笑顔で言った。
「この子が助かって良かったよ」
女性はミアに、子犬を見せた。まだ目もろくに開いていないような、幼い子犬。それを見て、不思議とミアの心に誇らしい気持ちが湧いてきた。
「きっと捨てられたんだろうね」
ミアはそれを聞いて、この子犬をどうにかできないかと悩んだ。家で飼うことは可能だろう。面倒を自分がみるという条件であれば、両親は反対しないはずだ。
けれどそれをすることは、今まで勉学にあててきた様々な時間をこの子犬に使うということで。
必死で何とか奪還した一位の座を、再び失うことを意味していた。
けれどミアは。
胸に抱かれ、小さく鳴くこの子犬を助けたいと思った。
自分のちっぽけなプライドなど、どうでもいいと思えた。
この命を助けたい。
その思いが、ミアの心を何よりも強く突き動かしていた。
ミアは子犬を連れて家に帰った。両親は驚いていたが、ミアの思いを尊重した。
ミアは子犬の面倒を毎日みた。少し大きくなると、朝も夜も一緒に歩いた。子犬が喜ぶお菓子を教えてもらったミアは、それは嬉しそうに微笑んだ。子犬が体調を崩した時は、学校を遅刻した。そんな彼女に、クラスメイトはノートを貸したり、自分の犬の体験談を話したりした。
ミアは一位ではなくなった。
けれどあの頃のように一人ではなかった。
大切なものに、気づけたから。
◆ ◆ ◆
ミアが子犬を連れて帰っていくのを見送って、女性は小さな笑みを浮かべた。
その胸には、白い宝石のついたネックレスが、きらりと輝いていた。
<次の話へ続く>