第5話 ミージュの話②
ミージュはメルリー王国のことを思い出していた。
幼馴染のファイランは、この国の王子だ。
とは言えこの国の王族は、あまり堅苦しいものではなく、みんなをまとめる存在と言う方が近い。
ファイランとミージュは、昔から仲が良かったわけではない、
幼い頃、いたずら好きのファイランは、大人が「するな」と言ったことをやりたがる子どもで、よくその辺の草を抜こうとした。
ミージュはその危険性をよく知っていたので、ファイランを止めた。ファイランは大人の言うことは聞かなかったが、同い年のミージュが必死に説得するのだけは聞いた。
「これを抜くとそんなにマズいんだ?」
ファイランはミージュに言われ、渋々草を掴んでいた手を離した。
ファイランはつまらなさそうな顔をしていたが、ミージュが起こるという「ひどいこと」の具体的な話を聞くと、さすがに草を抜く気にはならなかった。
この国では、誰もが雑草を抜いたりしないし、勝手に植えたりもしない。
唯一許されているのは、食用の植物だけだ。それはこの国の最上部のガーデンで育てられており、他の植物とは異なり走って動いたりしない。多くの人々がそこで働き、食料を得ている。
ファイランもミージュも、他の子どもたちとは違って、ガーデンで働く必要が無かった。みんながガーデンで作業をしている間、二人は人の少ない街を歩いた。街と言っても、草木でできたその場所は、人が住める小さなスペースがあちこちにあるだけの、簡素なものだ。
ミージュはファイランが何か悪さをしないか見守っていた。大人たちから頼まれていたのもあって、ミージュは嫌々ながらいつもファイランと共にいた。
「神殿に行ってみないか?」
ファイランはそう言って、ミージュを誘った。
「神殿か」
この国の最奥部に、神殿はあった。
植物同士が絡まり合い、道と言えるような道ではないところを進んだ先に、神殿はある。
年に数回、祈りを捧げるために人々が交代でそこへ向かうことがあるが、正直ミージュはあまり好きな場所ではなかった。最奥部というのもあって、いつ行っても暗く、じめじめしているのだ。
「行きたくない」
ミージュはそう答えたが、ファイランは聞く耳を持たず「行くって言ったら行くんだよ」と言って、ミージュを連れて神殿へと向かった。
蔦だけしかない不安定な足場を、枝や宙にある蔦を頼りに、ぶら下がるようにして進む。踏み外せば落ちてしまいかねない場所がいくつもあり、ミージュは正直帰りたかったが、ファイランは楽しそうに進んでいく。
しばらく進むと、神殿に辿り着いた。
神殿の入り口には白い花がびっしりと咲いていた。ファイランは入り口で慎重に火を灯し、中へと向かった。
暗い神殿の廊下を進むと、その先に開けた場所がある。そこに発光する白い大きな石が鎮座しているのだ。これがこの国で「神」として崇められているもので、その発する光のおかげでこの部屋だけは明るい。
部屋に辿り着くと、そこで石に向かって祈る、一人の少年がいた。
水色の髪に、同色の瞳。華奢そうで気弱そうなその少年は、レモヒラと呼ばれていた。樹祈禱師という、不思議な職業の一族の彼は、ずっとこの神殿の辺りで暮らしている。他の人たちと違ってガーデンで働くこともなく、ここで祈りを続けている不思議な人たちだ。植物と話ができるとも言われ、気味悪がられてもいた。
「ミージュ、ファイラン」
レモヒラは嬉しそうに彼らの名を呼んだ。
「相変わらずここは薄暗いな」
ファイランはレモヒラに言う。
「外で一緒に遊ぼうぜ」
レモヒラは少し考えるように二人を見て「ごめん、それはできないんだ」と悲しそうに言った。
「何故?」
「ここにいないといけないから」
「そんなの、守る必要ないよ」
ファイランは強気にそう言ったが、レモヒラは首を横に振ってそれを頑なに断った。
「ここで、いつか来る日に備えなくちゃいけないんだ」
レモヒラはそう言ってまた石に祈りを捧げ始めた。
いつか来る日に備えて。
それはもしかしたら。
今のミージュには、彼が何故そんなことを言ったのか、少しだけ理解できたが、あの頃の自分にはその理由などわかるはずもなかった。
<次の話へ続く>