第39話 メルリー王国を救え⑦
ミージュたちは数日の間、積んでいたわずかな食料と水を頼りに、空を飛び続けた。
そうして彼らは近づいた。
真っ暗で、世界の端をのみ込んでいく、禍々しい闇に。
その闇はどこまでも深く見えた。
「これが世界の終わり……」
近づくにつれ、その恐ろしさが増しているようにも見えた。
「恐れている場合じゃない」
ミージュは自分に言い聞かせるように言う。
ミージュはフィフィルに、異世界を旅し、「愛」を集めてきたこと、この宝石には不思議な力があることを話していた。
この力で、世界の終わりの闇を封じられるのではないか。そう信じていることを。
フィフィルは時々質問を交えながらも、淡々とその話を聞いていた。
「俺たちの間にも、言い伝えがある。『闇ですべてがのみ込まれるとき、光の石がすべてを明るく照らす』と。そのために、『樹の勇者は空を飛び、闇へと向かう』と言われている」
樹の勇者。
「そのことを思い出して、君がきっと『樹の勇者』なのだと思った。世界が安住して暮らせるようになることを、俺も願ってる」
フィフィルの言葉を、ミージュはしっかりと受け止めた。
そうして順調に進んでいたと思われたが、ある時点から二人を乗せた鳥が進むのをやめた。
「おい」
フィフィルは闇へと突っ込もうとしているが、彼の相棒である鳥は、それを拒否していた。ばさりと旋回し、闇へ向かうのをやめようとする。
「進むんだ!」
いくらフィフィルが指示をしても、これ以上は進めそうになかった。
「すまない」
「いいんだ。君はこの子を見ていてあげて。ここから先は一人で行く。そうしたいんだ」
ミージュは鳥から降り、砂の大地に降り立った。
何度も見てはきたが、砂の大地に降り立つのは初めてだった。揺れない大地に少し違和感を覚えながらも、ミージュは歩き始めた。
手を伸ばせば届きそうなところに闇があった。この闇は、少しずつ進み、拡大している。
何故この闇は、こんなにも大きくなったのだろうと、ミージュは思った。
人々の思いが、そうさせたのだろうか?
終わりを望む思いが、人々の絶望が、この闇を大きくさせているのか。
ミージュは思い返していた。
異世界で出会った、様々な人たちを。
彼らも絶望していた。けれど絶望の隣には、いつも愛があった。
ここにもきっとある。
ミージュは手を伸ばした。
世界の終わりの闇は、ミージュを吸い寄せるようにその手に纏わりつくと、ミージュの身体をのみ込んだ。
すべてのものが無になっていくような感覚がした。
これを救いと言う人もいるのかもしれなかった。
けれどミージュは違った。
目を開けて、その闇をじっと見つめた。
どこまでも続くその闇の向こうを見つめようとした。
その時、過去の記憶がミージュの頭をよぎった。
宰相のゼインに、無実の罪を着せらせたこと。それによって向けられた、人々からの罵声。メルリー王国の人々の不安、怒り、絶望を一身に受け、処刑された、あの時のこと。
ミージュが抱いた怒り、憎しみ、不甲斐なさ、苛立ち、どうしようもなさ。
そうした感情を増幅させるように、闇はミージュをのみ込んでいく。
メルリー王国を、人々を救いたい。
その思いとは反する、自分の中にある憎しみの感情。
光あるところに闇はあり、闇のあるところに光はある。
どちらかだけが素晴らしいのではなく、どちらも等しく意味がある。
そう思って。
ミージュは自分の中にある闇を受け止めた。
そしてそんな自分も、闇も、愛そうと思った。あの国の人々のことも。あの世界の人々のこと、すべてを。
そう思った時、ミージュの胸元の宝石が、優しく光り始めた。
光は辺りを照らし、ミージュに語りかける。
「ミージュ。美しい樹の名を持つ友よ」
声が響くとともに、胸元の宝石が光を増し、ミージュは天を見上げた。
それと同時に、ミージュの姿は樹へと姿を変え、高く大きく伸びていく。
枝葉を伸ばし、どんどんと大きくなっていくその樹は、メルリー王国を支えるレアンの木によく似ていた。
樹は、花をつけるため、光を求め、上へ上へと伸びていく。
どこまでもどこまでも、この闇を超えるまで。
そうしてものすごい勢いで伸びていくその樹は、闇を抜けた。
そこには光があった。
その光を得て、花は実となり、大地に落ちていく。
地に落ちた実は、新たな芽を出していく。
光は闇を散らすわけでもなく、優しく調和するように、ぐるぐると回っていた。
そうして闇と光は混ざり合い、どんどん小さくなっていく。
光は樹に活力を与え、闇は樹を休ませた。
植物が次々に大地から芽を出し、伸び始め、色とりどりの花を咲かせる。
周囲は霧が晴れるように、徐々に色を取り戻し始めた。
光は闇に溶け、闇は光に溶けていく。
世界の終わりの闇が、すべてをのみ込んでいた大地が、解放されるようにそこに広がっていた。
世界の終わりを変えたミージュは。
そうして世界を救ったのだった。
<エピローグへ続く>




