第3話 ミージュの話①
ミージュはふわりと宙を飛びながら、次の街を目指していた。
この異世界では、ミージュは食べることも寝ることも必要無い。そのことがミージュには不思議だった。まるで精霊にでもなったかのようだった。この世界においては、本当に精霊になっているのかもしれない。
それは孤独なことでもあった。
けれどそんなことを言ってはいられなかった。
メルリー王国を、彼らを救うために。
◆
ミージュは植物医の家系に生まれた。
そのため、小さい頃から植物の知識を常に叩き込まれてきた。
メルリー王国は、走る植物の上にできた国である。巨大な植物たちは根のような部分を駆使して走り続けている。この国は様々な植物が複雑に絡み合い、共存している。それ故この国では、食料の植物以外抜くことを一切許されていない。植物同士の相互関係が乱される可能性があり、そのことによって植物が枯れてしまうなどということがあってはならないからだ。
ミージュはあの日、今までに見たことのない植物を目にした。
高く伸びるつる薔薇のような植物。鋭い棘を持ち、10メートル近くぐるりと伸びて、この国の一番上にある木に絡まった不思議な赤黒い花の植物だった。つる薔薇に似ているが葉は一切なく、花だけがついている。花ばかりというのもあって香りは強く、その甘い香りは離れた場所でも強く香った。
その植物は、一夜にして現れた。きっと何か意味があるに違いない。ミージュは同じく植物医の父に相談することにした。
父はすぐにミージュと一緒にその植物を見に行った。
父も「見たことが無い」と驚いていた。
その植物をどうすべきか、彼らは悩んだ。切っていいものなのか、そうではないものなのか、わからなかったからだ。
しかしその植物が生えてすぐ、メルリー王国の最上部にある「ガーデン」の水が、急激に減り始めた。
ガーデンの水は、この国の唯一の貴重な水源であり、ここに住む人、そして植物を支える大切なものだ。
ガーデンを管理するリーズ一族が、大慌てで原因を探し始めた。
そしてあの植物が原因だと、彼らは主張した。何故あの植物を切らないのか。彼らは盛んにそのことを主張した。このままでは水がなくなってしまう。そうなっては、この国の者たちは生きていくことができない。
しかし、この植物が何故生じたのかがわからないうちは、切ることはできないとミージュたちは主張した。
けれどミージュたちの主張も空しく、赤黒い薔薇のような植物は切り倒された。
その時はわからなかった。
あの薔薇が持つ、本当の意味を。
あの薔薇は、切ってはいけないものだったのだ。
そうしてミージュたちは終わりへの一歩を踏み出してしまう。
◆
ミージュは、過去を思い出し、人は愚かなものだと思った。
自分を守るためと言って、自分を傷つけてしまう。
そしてそのことに気づいていないのだ。
あの時、あの薔薇を切らずにいたならば。
あの戦いは起きず、人々は無駄な怪我をせずに済んだに違いない。
ミージュは小さなため息をついた。
それよりも今は。
愛を見つけ、この旅の目的を達成しなくては。
<次の話へ続く>