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第31話 ミージュの話⑱

 ミージュが何を言っても、もはや意味などなかった。

 動かなくなった植物の国。その原因を、何としてもミージュにしたいという人たちがいる。ミージュが正論を言えば、つまり根に原因があるかもしれないとか、水に原因があるかもしれないなんて主張すればするほど、彼らにとって邪魔なミージュは、余計に狙われる。

 ファイランやメイリアは、動いてはくれないのだろうか。

 あるいは彼らも、向こう側の一員なのだろうか。

 そんな気持ちがぐるぐると、黒い気持ちがぐるぐると、ミージュの中を回り続けた。

 証言台での話を終えたミージュには、判決が言い渡された。

 追放刑。

 この国で、一番重い罪だ。

 この国の一番高いところから落とされる。

 落ちて百歩譲って助かったとしても、動けない状況で一人取り残されるのだ。生きていけるはずなどない。

 ミージュはそれでもなお、まだ自分の状況をどこか楽観視していた。

 現実がわからずにいたという方が正しいかもしれない。

 牢屋の中に戻されたミージュは、ぼんやりと天井を眺めていた。

 自分は何のためにここにいるのだろう?

 そう思った時、先日のような、頭の奥が痛む感覚がした。自分は何かを忘れている。でも、一体何を?

 しばらくして、母が会いに来た。面会した母は弱り果てていた。それでもミージュを励まそうと言葉を選んでいた。母は、父のことについて何も言わなかった。ミージュも聞かなかった。

 父のこと、自分のこと、狭い国の中での周囲の圧力。そういうものが、母を苦しめているのだと思うと、やるせなかった。

「自分は適切に対応したはずだった。なのに……」

「ええ。わかってる。この国の人たちが、こんなことをするなんて……」

 母は泣き崩れた。

「あなたを我が子にすると決めた時から、絶対に守ると誓ったのに」

「それって……」

「ごめんなさい、気にしないで。誰が敵になっても、何があっても、私はあなたのことを愛している。愛しているから」

 時間が来たからと、出るよう促された母は、そう言って去っていった。

 我が子にすると決めた時、という母の言葉を思い返す。

 自分は二人の、本当の子どもではない?

 どういうことだろう? あの頭痛の原因は、そのことなのだろうか?

 けれど今は、そんなことを考えている場合ではなさそうだ。

 母は泣いていた。何としても、自分は死ぬわけにはいかない。

 どうにか方法はないだろうか。

 自分が生き残るための、手段はないのだろうか。

「マイト。ちょっといい?」

 ミージュは看守のマイトに声をかける。

「ファイランに手紙を届けてもらうことってできる?」

「できないと思う」

「何故?」

「上が許可しない」

 どのような内容であれ、王子ファイランへの連絡は、彼らからすれば不都合なものなのだろう。

「じゃあ、母への手紙は?」

「それも許可されてはいない」

「そう」

 ミージュにできること。

 それはもう、ないのかもしれなかった。

 だけど刑が執行される一日前のこと。

 黒いローブを着たファイランが、一人でやって来た。

「逃げろ」

 ファイランは小さな声で言った。

「君の罪を晴らすことはできない。でも、君が罪を犯していないことは、わかってる。この国を出て、生きるんだ」

「この国を出て?」

 それでどうやって生きろと言うのだろう。

「食料もなく、水もなく、ひたすら世界の終わりから逃げ続けろと?」

「どちらにせよ、この国はもう動けない。だとしたら、遅かれ早かれ皆そういう状況になる」

 ファイランはそう言って、用意してきた荷物をミージュに手渡した。

「これしかできなくて、すまない」

 ファイランは困り切った様子でそう言った。

 彼だってリスクを冒してここに来ているのだ。ミージュを逃がすために。

「レアンの木は、どうなってる?」

「もうレアンの木はダメだ。弱っていく一方だよ。警備が常に張り付いて、様子を見てる」

「そう」

 レアンの木の様子を見に行くのは難しそうだ。

 ミージュは荷物を背負い、ファイランとともに静かに牢屋を出た。

 逃げ出して、どうやって生きていこう?

 この過酷な世界で。

 だけど自分がどこかで生きているということが、母の希望になるかもしれないのなら。そのことで、もっと生きづらくさせてしまうかもしれないけれど、自分は生き抜かなければいけないと思った。

「じゃあ」

「ミージュ」

 ファイランは何かを言おうとした。けれどそれ以上何も言えないようで、ファイランは手を振った。

 ミージュは彼に背を向けて、階段を下りていく。薄暗い中、明かりもつけずに。

 階段を下り続けた先には、根のエリアがある。そこをしがみついて降りないといけないはずだ。

 ミージュは手探りで階段を下りていく。

 その階段は、まるで闇への階段のようで、一段降りる度に恐ろしさが増していくような気がした。

 自分はどうなるのだろう。でも進まなければ。進まなければ、闇に確実に飲み込まれてしまうのだから。

 階段を下り終えたミージュが、根にしがみついて降りようとした、その時。

 カッと明かりが目に入った。

「捕えろ」

 誰かの声とともに、ミージュは押さえつけられる。

 逃げることもできない。

 そうしてミージュは無理矢理牢屋に戻され、刑を待つしかなくなった。

「もしこれ以上何かをすれば、お前だけでなく親族も同じ刑になるぞ」

 そう言われ、ミージュは力なく牢屋の中で横になった。

 明日。

 刑は執行される。

 この国の、怒りと絶望の矛先を向けるために。



<次の話へ続く>




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