第29話 ミージュの話⑰
ほとんど眠れずにいたミージュが、わずかに眠りについた頃、地面が大きく揺れ、目を覚ました。
また何かあったのだろうか。落とし穴第二弾なんてあったら、シャレにならない。
そんなことを思いながらも、牢屋の中では自分で状況を確認することもできない。
「誰かいませんか?」
そう声を出してみると。
「どうした?」
トラブル解決係の一人、マイトがやって来た。
マイトはミージュの二つほど年上だが、幼い頃から知っている、旧知の仲だ。そう広くはないこの国では、大体の人のことは知っているので、当たり前と言えば当たり前だが。
「今の揺れって」
「ああ。植物が動きを止めたかもしれない」
マイトはそう言って、ミージュをじっと見た。
「俺は、ミージュのせいじゃないと思ってるよ」
「実際、何が原因なのか、よくわかっていないんだ。わからないまま、植物が止まってる。本当なら、様子を見に行きたいところなんだけど」
「それはできないな」
マイトは小さくため息をついた。
「絶対に出すなと、上からお達しが来てる」
「見に行かれるとまずいのかな?」
「かもな」
そうだとすると、レアンの木の根に何か外傷があるかもしれない。一目で見てわかるような傷。戦闘によってついたものが。
「じゃあ、マイトが代わりに行って来てくれない?」
「それはちょっと……。悪いな」
そう言うと、気まずくなったマイトは去っていった。
揺れは完全に収まり、動いている感覚がまったくない。この前のように、植物たちがあがいている様子もない。力尽きたのか。
どうすることもできなくて、ミージュは小さくため息をついた。
そうしてしばらくの間、ぼんやりと天井を見つめていると。
誰かの足音がした。
ミージュはそちらに視線を向ける。
「今から証言台で話をするよう、お達しが来た」
「証言台、ね」
証言台とは、罪を犯した者が、何故その罪を犯したのか、その言い分を証言する機会だ。つまり、ミージュが罪を犯したということは確定で、その言い訳を聞こうということなのだ。
ファイランやメイリアが、国王に掛け合ってくれていると思ったのだけど、うまくはいっていないようだ。
ミージュはマイトたちに連れられ、証言台のあるところへと移動した。
ミージュは歩きながら考えていた。
何と答えれば、すべてがうまくいくだろう。
ゼインが根を傷つけたことを指摘したいところだが、そうさせてくれるとは思えない。
証言台は、その名の通り少し高いところにあり、その周辺には集まった街の人たちがいて、こちらを見上げている。その台の対面には同じような台があり、そこにいるトラブル解決係のザータがいる。
「ではこれより、質問を始めます」
ザータはそう高らかに言い、ミージュは少し緊張した。
「植物が動かなくなりました。その原因を作ったのは、あなたですね?」
その質問が最初に来るとは思っていなかったが、予想してはいたのでミージュは答える。
「違います。そもそも、原因はまだ不明です。植物が弱ったのは、先日の戦闘によって、根が弱ったからかもしれません。何らかで根にトラブルがあるのだと思いますが、それは断定できません」
ミージュははっきりとそう告げた。
「しかし、調査隊の報告によれば、根に戦闘による外傷は無いとのことです。だとすれば、あなたが先日、レアンの木を切ったことが、大きく関係しているのではないですか?」
その調査隊が、嘘をついている可能性があるのではないかと、ミージュは思ったが、それを指摘しても証明のしようがなかった。
「レアンの木を、確かに剪定しました。けれどそれは必要なことで、切り口もしっかりと処置をしています。問題はないと思います」
ミージュはあえて「剪定」という言葉を使った。剪定作業は、普段から必要に応じて行っているし、その許可を得ているからだ。
「そこから、何かが入った可能性は?」
「無いと思います」
「そのことを、証明できますか?」
「無いことの証明なんて、できませんよ」
ミージュは茶番だと思った。ここに来ている人たちも、これでは納得しないだろう。
「植物たちの異変は、以前から起こっていたようですね。その報告をしたと、証言があります。それにも関わらず、管理を怠った。そのことについては、認めますか?」
植物たちの管理を怠ったこと。
それを言われてしまうと、どうしたら良いものかと、ミージュは考える。
「管理を怠った覚えはありません。毎日できる対応を取っていました」
「あなたの父上は、今病に伏しており、その役割を果たせずにいるのではありませんか?」
「それは、まあ」
「あなただけでは、まだ管理が不十分なのではありませんか?」
「そういうところは、あるかもしれません」
「では、管理が正しかったとは、言えないということですね?」
ミージュはその質問に、肯定も否定もしなかった。
「管理が不十分な、未熟なあなたが切った切り口の処置は、本当に適切だったと、断言できますか?」
結局そこに持っていきたいようだ。
「先ほども申し上げましたが、原因はわからないのです。レアンの木だけに起きているわけではないということは、原因は切ったことだとは思えません」
ミージュははっきりとそう答える。だけど。
「植物たちは、相互に関係しあい、複雑に影響しあっています。その相互関係を、あなたはすべて把握していると? それならば、説明してください」
「そんなことは……」
「木の断面から、腐敗が見つかっています。それでもあなたは、まだ認めませんか?」
そう、とどめのように言われ。
そんなことがあるだろうかと、ミージュは疑った。
「調査隊の報告によれば、レアンの木の断面に、腐敗が見つかり、適切に処置できていなかったことが、すでにわかっています」
ザータの言葉を聞くなり、聴衆たちがざわついた。
この原因は、ミージュにある。何だかんだ言い訳をしているだけで、この国が動かなくなったことは、ミージュのせいだ。
怒りを含んだ視線が、ミージュに投げかけられる。
処置が適切でないなんて、偽の報告に違いなかったが、偽の報告だと証明するには、どうすればいいだろう。もしかしたら、誰かが勝手にレアンの木を切り、その偽の報告を、本当のことにしてしまっている可能性もあった。
ミージュは陥れられたのだ。
この国の怒りを、逸らすために。
<次の話へ続く>
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