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第2話 婚約破棄され復讐に燃えるエリス

 ミージュは異世界で空を飛んでいた。

 スケートボードのようなものに乗り、地面50センチぐらいの高さで飛んでいく。

 ミージュは20歳前後の中性的な顔立ちをしていて、男女どちらととっても美しい容姿をしている。肩までの艶やかな黒髪に、緑色の二重の瞳、ベージュのコートをだぼっと着ていて、すらりと細い。胸のところに大きな白い宝石のついたネックレスをつけていて、きらきらと輝いている。

 ミージュには、集めなければいけないものがあった。

 それは「愛」の感情だ。

 「愛」を集めること。それがミージュの旅の目的だった。

 ミージュの存在を、この世界の人たちはよく知っていた。幸運をもたらす不思議な存在として。ミージュに話すことができれば、悩み事は解決すると言われていた。

 「幸運の精霊」という通り名を持つミージュは、街に着くと様々な容姿に姿を変える。だからミージュであるとは一目では気づかない。

 今日もミージュは姿を変える。

 あなたの街、あなたのもとに、辿り着くまで。



◆ 婚約破棄され復讐に燃えるエリス ◆


 貴族令嬢のエリスは、「あなたは婚約者にふさわしくない」などという理由で、婚約破棄をされた。

 婚約者の王子ライ―には、新しく好きな人ができたようだった。

 そしてその女性ミリアとともに、エリスに関する妙な噂を広げ、婚約を勝手に破棄したのだ。

 名誉棄損した上、婚約破棄まで。

 けれどライ―たちが噂を広げたという決定的な証拠はなかった。

 怒りに震えたエリスは、復讐に燃えていた。

 婚約者のライ―と、彼を奪ったミリアに。

 彼らの仲を裂いてやる。自分を敵に回したことを、必ず後悔させてやる。

 そうぎらぎらと、日々復讐に燃えていた。

 そんなある日。

 エリスは、隣国の王子ティオンと出会った。

 様々な国の人々が、交流を深める場として設けられたその席で、ティオンはエリスに興味を持った。

 ティオンは、エリスの復讐心を理解しているようだった。そしてそれを利用しようとした。

「君を傷つけるすべてのものから、君を守ろう」

 甘い言葉を囁くティオンが、自分を利用しようとしていると、エリスにはわかった。

 それでもエリスは、ティオンと手を組むことにした。いや、お互いに恋に落ちたと言った方が正しい。

 二人の恋は、復讐や国益なんてことから始まったのだけれど。

 次第にそんなことはどうでもいいと思えるくらい、お互いを愛していた。

「確かに君の提案通り動けば、あの国は終わる。でも、いいのか?」

「ええ。構わないわ。そのために、これまでやってきたんですもの」

 エリスの言葉に迷いはなかった。それでもティオンは浮かない顔をした。

「隣国を手に入れられる、絶好の機会だというのに、あなたを悪者にしてしまうことを恐れる自分がいる」

 ティオンはエリスを愛していた。それ故に、彼女が復讐を遂げること、そして祖国を裏切る形になることを心配していた。

 エリスに後悔が残るのではないかと、自分の手で行ったという罪悪感に潰されないかという、思いで。

「あなたは優しいのね」

 エリスはティオンの頬に触れて、小さく微笑んだ。

「自国と他国の女を天秤にかけても、仕方ないのでは? あなたが私に気をかける必要など、本当はないのよ」

 エリスはそう言って、ティオンの背中を押す。

「少し、話をしていいか?」

「ええ」

 そうしてティオンは話始めた。この国の第一王子として、ずっと窮屈に生きてきたこと。ティオンの実力に納得せず、第一王子の座から、王位継承の立場から降りて欲しいと思っている者が無数にいること。その人たちを見返すために、隣国を手に入れようとしたこと。そのためにエリスに近づいたということも含めて。

 エリスは黙って聞いていた。

「君を誰よりも愛しているが、正式な婚約者もいる。君を正妻にすることは、立場上できないだろう」

 エリスはそれにも黙っていた。

 エリスだって愛している。ティオンのことを、誰よりも。だからこそ、自分がティオンと結ばれることができないことも、わかっていた。

「君が復讐を望むなら、隣国を滅ぼそう。けれど―――」

 ティオンは一度目線をそらし、それからしっかりとエリスを見つめた。

「今ならまだ、やめられる」

 祖国を滅ぼし、復讐を遂げるか。

 何も変わらない現状を望むのか。

 エリスは思った。

 祖国が滅びなかったとしても、自分を裏切った者たちへの怒りは消えないだろう。

「今更やめるなんて、できないわ。私も、あなたもね」

 復讐だけを望んで、生きてきたのだ。

「明日、すべてを進めて。予定通りに」

 エリスははっきりと言い放った。

 そうしてエリスの祖国は、隣国に吸収され、滅びた。

 ライ―もミリアも処刑される。そうなるはずだった。

 エリスは恐怖に震える二人を見に行くことにした。牢屋へと続く地下への階段を下りる。

「暗いところなので、足元に注意してくださいね」

 年老いた看守の男性が、明かりを片手にエリスを案内する。

「何故あなたのような人が、こんなところに?」

 看守に尋ねられ、エリスは答える。

「別に、ただ見たいだけよ」

「そうですか。きっと、わかると思いますよ」

「何が?」

「本当に大切なものが」

 そんな話をしていると、目的の牢の前に着いた。

 ライ―とミリアは別々の牢屋に入っていて、エリスは先にライ―の牢屋に来たのだった。

 エリスが来るなり、ライ―は驚いた顔で彼女を見た。

「エリス! 助けてくれ、エリス!」

 頬はやつれ、食事も睡眠もろくに取れていないことがわかる、疲弊しきった顔。

「何でもする! ミリアのことが気に食わないなら、あいつとは縁を切る! だから、助けてくれ!」

 必死に言うライ―を見て。

 自分はこんなもののために、祖国を売り、復讐を選んだのかと思ったら、ひどくちっぽけに思えた。

 エリスは何も言わず、地下牢から離れようと思った。

 ライ―に背を向け、看守と共に階段を上がる。

「もう一人は、いいんですか?」

「ええ。もう、どうでもいいわ」

 エリスにとって、彼らのことなど、もうどうでも良かった。

 地上に出たエリスは、ティオンに会いに行った。

「ティオン」

 エリスは彼を見つめた。

「二人の処刑を、取り止めて」

「わかった」

 ティオンはすべてを察したようだった。

「エリス」

「何?」

「君を、愛してる。君の強さも、弱さも、全部。だから」

 ティオンは再び手を伸ばした。

「俺と一緒に、ここから離れて自由に暮らさないか?」

「あなたはすべてを手にしたというのに?」

「君が一緒でないなら、そんなものはすべて、意味が無いとわかったんだ」

 その言葉に、エリスは優しく微笑むと、ティオンのその手をしっかりと握りしめた。

 二人はそれぞれに復讐を遂げた。

 そしてその無意味さを、知った。

 そんなことよりも、ずっと。

 この愛する人と、共に生きていきたい。

 二人はすべてを捨て、共に生きていく道を選んだのだった。


◆ ◆ ◆


 薄暗い牢屋の通路。鍵を持った看守が灯りを片手にゆっくりと歩いていく。

 その胸には、白い宝石がきらりと輝いていた。



<次の話へ続く>



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