第25話 ミージュの話⑭
ミージュは暗い道を注意深く走っていく。
街と言っても規模の小さなこの国では、電気はないし、人々は夜になるとそもそも外に出ない。ミージュは明かりを持って来なかったことを後悔しつつ、それでも目は少しずつ慣れつつあったので、そのまま向かうことにした。時々、家から明かりが漏れていることもあって、目的地まで何とか行けそうだった。
目的地。
ミージュは軽く息を弾ませながら、減速する。
診療所だった。
ミージュが中に入ると、受け付けにいる女性に「こちらです」とすぐに案内された。狭い町では大体の人が顔見知りだ。
案内された部屋では、ミージュの父がベッドに横になっていた。その横で、心配そうな顔をした母の姿もあった。
「ミージュ」
ミージュが入って来たことに気づき、母が声をかける。
「何があったの?」
ミージュが尋ねると。
「植物の調子がおかしいみたいで、様子を見に行っていたみたいなんだけど、高い木の上から落ちてしまったみたいで、それで……」
それで、意識を失っているようだ。
ミージュ同様、植物たちの異変にはとっくに気づいていたのだろう。だからそのための対処をしていたに違いない。
「お父さんの体調、先生は何て?」
「わからないって……。明日目を覚ますかもしれないし、そうじゃないかもしれないと」
この街の医療技術は乏しい。ある程度のことはしたのだろうけれど、そこから先は、祈るしかない。
ミージュは今にも泣きそうな母に尋ねる。
「お父さんは、何か言ってた? 植物の異変のこと」
「原因は根にあるのかもしれないとは話していたけれど、それ以上詳しいことは……」
根が影響しているということに、父も気づいていたようだ。
だとしたら、対処法も知っているかもしれないけれど。
今は植物の対処どころではなかった。ミージュもここにいて、しばらく父の様子を見守ることにした。
父のこと。植物のわずかな異変。雨のこと。今後のこと。
今までは、変化のある植物がたまに生じる程度で、その植物の対処をすれば良かった。大体は植物の再生力でどうにかなってきたし、人が介入することはほとんどない。植物の治療はたまに必要ではあったが、植物医の仕事は見回りと言っても言いぐらい、することはほとんどなかった。これまでは。
全体的に弱っていると言っても、これまでのようにすぐに回復するのではないだろうか。雨の質が原因だとするならば、溜めている水をやり続ける限り、植物は弱るのだろうか。あるいはそれは、人間には影響はないのだろうか。ガーデンの植物に影響が出れば、自分たちの食べ物もなくなってしまう。
ミージュはそんなことを考え、居ても立っても居られなかったが、夜にできることはなく、父の傍にいることが最優先だった。
何ができる?
どうしたら植物たちを回復できる?
放っておいてもその治癒力で治るかもしれない。枯れているわけではないし、病気になっているわけでもない。だとしたら、大丈夫か。
ミージュはそう、楽観的に思うことにした。
父についても、明日にはひょっこりと目を覚ますのではないか。そんな風に考えることで、自分の焦りを紛らわそうとしていたのかもしれなかった。
何事にも中途半端な気持ちでいた。
覚悟が足りずにいる。
翌朝、周囲が明るくなってきたけれど、ミージュの父が目を覚ますことはなく、医師は難しい表情をしたままだった。
母はますます弱り果てた顔をし、その母のために看護師の女性がお茶を淹れてくれた。ミージュもそのお茶をいただいたが、母はそれをどうしていいかわからないというような表情で、じっと見つめていた。
「飲んだら?」
そうミージュが声をかけても、ぼんやりとしているようだった。
植物の様子を見に行きたい気持ちもあったが、この状態で行くわけにもいかなかった。ミージュは植物の蔦でできた壁に手を当てながら、静かに目を閉じる。
父のこと、植物の国のこと、両方について願った。
植物のことは、大規模だから自分一人ではどうにもなるまい。
レアンの木は大丈夫だろうか。
ふとそんなことを思った。
レアンの木にも影響は出ているだろう。それによっては、この国の移動スピードにも関係してくるかもしれない。
「世界の終わり」に飲み込まれるかもしれない。
そうなったら、終わりだ。
ミージュはその予感を、必死で打ち消そうとした。
だけどその嫌な予感は、じっとりとミージュの心の中に残って消えなかった。
<次の話へ続く>
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