第20話 ミージュの話⑪
ミージュは日課の水やりをしながら、負傷者のための薬草の採取をしていた。
大きなタンクを背負い、水を少しずつ撒いていく。そして薬草を見つけたらそれを回収する。
今は一時的になのか、敵は撤退していて静かだ。こちらから仕掛けに行くことはないので、このまま敵が来なくなってくれればいいと願う。
けれどそう甘くはないのだろう。
このまま戦いが長引けば、攻め込まれるかもしれない。相手の軍勢がどれぐらいなのか、こちらにはわからないのだ。
相手が対策を立てて攻め込んでくる前に、巨大な穴から脱出し、戦いから逃げることが必要だった。
レモヒラは昨日から、雨乞いのための儀式を行っている。
雨が降れば、植物たちも元気を取り戻すし、地面が固まって動きやすくなるはず。
でも、本当に降るだろうか。
まだ薄暗い空を見上げる。雲一つなかった空に、もやっとした程度だが、雲らしきものが見え始めた。
それが空中から、比較的早いスピードで、この辺りに向かって集まってきているように、ミージュには見えた。わずかずつではあるけれど、雲が呼び寄せられているようにも見える。
空が明るくなるにつれ、雲は少しずつ厚みを増していた。
ミージュは嬉しくなって、水やりをしては空を見上げた。
雲は確かに呼び寄せられるようにこちらへと集まってきている。
雨乞いは成功しつつあった。
ミージュが水をやり終え、薬草をガーデンに届けに行った頃には、黒々とした雲がちょうどこの国の真上にだけ集まっていた。
それには多くの人が気づいていたようだった。
ぽつぽつと、雨が降り始めた時には、人々の歓声が響いた。
雨はざあっと降り始め、乾いた大地を湿らせていく。水やりでは足りない水分が、植物たちに充填されていっているようで、葉に少しずつ元気が戻っているのがわかった。
ぐぐぐ、と地面が動いた。いや、植物たちが動き始めたのだ。
それまで完全に停止していた植物たちが、動こうとしている。
雨で少しずつ、足場は固まりつつあった。それを利用して、この穴から抜け出そうとしているのだ。
ほとんどの人は自宅へと急ぎ、揺れに備えた。
ミージュはそのままガーデンにいて、雨を見つめていた。
全身が濡れるほどの激しい雨。
本当に降ったのだ。
この辺り一帯を観測しているメイリアは、しばらく雨は降らないだろうと言っていた。確かに雨が降りそうな気配はまったくなかった。
けれど降った。これはレモヒラの雨乞いが効いたとしか思えない。
地面が大きく揺れた。
ゆっさゆっさと激しく縦に横に揺れる。ミージュは地面にへばりつくようにうずくまりながらも、観測室へと向かった。
扉を開け、中に入る。揺れはますます強くなっていて、部屋中に物が散乱しているところもあったが、観測スペースはそのまま広さを保っていた。
メイリアはミージュを見た。
「君が何かをしたのか?」
「いや」
ミージュは短くそう答えた。レモヒラのことも、自分のことも話すつもりはなかった。
それよりも今は。
観測室からは、斜めに傾きながらも、ゆっくりと砂の上を進んでいるのが見えた。
この落とし穴から、少しずつではあったが、上へ上へと進んでいた。この調子でいけば、穴から逃れることが出来そうである。
「雨なんて絶対と言っていいほど降る状態ではなかった。魔法だよ。奇跡だ」
メイリアは壁にしがみつきながらも、外を見て言う。
この国の辺りだけを覆う雲。その不自然さに、奇跡を思うのも無理はない。
雨は相変わらず降り続けていて、国は大きく揺れ続けていた。上へと進んでは、重さで少しばかり下がるのを、何度も繰り返していた。
それでも。
しばらく上り続けたこの国は、ようやく落とし穴から脱出することができた。
しかも、ガーデンの水枯れも、だいぶ回復していた。ガーデンの水は、ただ降った雨を集めているだけではない。植物たち自身も、水が多い時はそこに吸い上げて溜めてくれるのだ。
穴から脱出し、また今までのように植物の国は大地を走り始めた。
こうなれば、これまでのように敵襲されることはない。
安堵と喜びに溢れていた。
メイリアは穴から脱出できたことを、正式に国王に報告しに行った。皆もう知っていることではあったが、その際の状況を伝えに行ったようだ。
メイリアと入れ替わりに、ファイランがやって来た。
「危機を抜けたな」
ほっとした様子で、ファイランはそう言った。
「良かったよ」
揺れで少しばかり体を打ち、しかも服は濡れたままのミージュは一息ついた。
「大丈夫か?」
ファイランは尋ねる。
「まあ、何とか」
「それにしても、この辺りだけ雨雲なんて。俺たちの祈りが通じたんだろうか?」
「きっとそうだよ」
レモヒラが祈ったから。もちろんそれはそう。
だけどきっと、この国中の人が祈っていたに違いない。
この国の無事、平和を。
いつものように進みゆく様子を見つめながら、ミージュは小さく笑った。
<次の話へ続く>
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