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第19話 ミージュの話⑩

 ミージュとレモヒラは、この国を支える重要な木であるレアンの木を目指して、中央部分へと進んでいた。

 木の枝を切るのであれば、本来はガーデンに向かって伸びる、上の方の枝を切るというのが無難に思えたが、そこは人目も多く、切りづらいと判断したのだ。

 ミージュは、比較的古く剪定しても問題がなさそうな枝がありそうな場所に心当たりがあった。それもあって二人は、植物たちが複雑に絡み合う中央部を目指して進んでいた。

 中央部に進むほど、植物たちで混みあってくる。特に、日差しがほとんどいらないような植物たちが増えてきて、少しじめじめとしてくる。

「中央部まで行くんですか?」

 レモヒラがミージュに尋ねる。

「完全に中央まで行かなくとも、レアンの木の枝は確かこの辺にあったはず」

 木が生い茂り、植物たちが絡み合う道ではあるが、レモヒラが一緒だと、不思議と植物たちが道を開けてくれているように、ミージュは感じた。普段自分一人の時には、こんな感覚はないので不思議だ。

「これだ」

 ミージュは横に伸び、少し枯れた部分のあるレアンの木の枝を見つけた。

「この部分なら、比較的、切っても問題ないと思うんだけど」

 それでも、切ることで何か問題が起きないか不安ではあった。

「木に聞いてみます」

 レモヒラは木に話しかけた。

「雨を降らせるための儀式を行いたい。そのために、あなたの枝をこの辺りから切りたいと思うのですが、大丈夫ですか?」

 レモヒラは話しかけながら、木をじっと見つめる。ミージュもその様子を見守っていた。

「ここにいるミージュが、傷口を塞ぐので、大丈夫だと思いますよ」

 何か木が返答したようで、レモヒラはそう答えた。

「そうですか」

「木はどう言ってる?」

「切らせてあげたいけれど、こちらも体力的に弱っているから、切ることで傷ができることが不安だと話しています」

 ミージュは腰に下げている道具を見せる。

「一応、傷の対処ができるよう、いくつか薬品は持って来ているので、大丈夫だとは思うんだけど」

「ですよね。だから、傷口については大丈夫だと思います」

 レモヒラはしばらくの間、木からのメッセージを受け取っているようで、黙っていた。

「かなり大変な状況にあるようです。僕らが知る以上に、戦況は悪いみたいで、この木もそれを案じています」

「そう」

 ミージュには、聞かなくともわかっていたことではあったので、短くそう答えた。

「痛みを伴うので、できるだけ痛くしないで欲しいとも言っています」

「わかった。じゃあ、切るよ」

 ミージュは鋸のような刃物を取り出し、枝を切り始めた。それなりの太さと長さがあるので、レモヒラに枝を支えておいてもらいながら切っていく。

 できるだけ綺麗な断面で切るほど、その後の処置も簡単になるので、ミージュは手際よく切っていく。切り終えると、切った断面からぽたぽたと、赤い液体のようなものが流れ始めた。レアンの木の樹液はまるで血のように赤く、初めて見る者は大抵驚く。ミージュは知っていたので、さほど気にせずそのまま傷を塞ぐためのコーティングをしていく。

 作業自体は特に問題なく進んだ。

 レモヒラがしっかりと持つ枝は、彼の腕ぐらいの太さがあるもので、少し枯れた部分もあるが、葉っぱもそれなりについている。

「作業はこれで終わりだけど、それで足りる?」

 煙を上げるほどとなると、もっと要るのではないかと思ってしまう。

「安心のためにはもう少しある方が良いですが、木が苦しんでいるようですし、他にも一緒に燃やすものがあるので、大丈夫だと思います」

 レモヒラがそう答えたので、ミージュはもう一度木を見つめた。

 傷口は塞いだし、少し痛んでいる部分のある枝だったから問題ない。そんな風に理由は付けられるのだけれど。

 それでもやっぱり、痛いものは痛い。

 そんな当たり前のことなのに、必要だからと切ってしまうのは、こちらのエゴでしかないのだと、ミージュは思った。

「では早速戻って、雨を降らす儀式をします」

「うん。早い方が良いし、戻ろう」

 そうして二人はレアンの木を離れた。

「雨、必ず降らせてよ」

 ミージュはレアンの木を抱えて歩くレモヒラに、そう言った。

「ええ」

 レモヒラはミージュを見つめ、頷いた。

「必ず雨を降らせて、この国を前に進めてみせます」

 レモヒラは木の枝をしっかりと抱え、神殿の方へと帰っていく。

 その背を見つめながら、ミージュは少しばかり不安な気持ちになっていた。

 レアンの木を切ることは、やってはいけないこととされている。ミージュのような植物医であれば、必要があれば切っても良いとされてはいるが、そうでない人が切れば罪になる。必要のない部分を切った場合、植物医であっても問題とされるかもしれない。すべては木の状況次第ではあるが。

「それよりも、今は雨のこと」

 本当に雨は降るのだろうか。この国は、前に進めるのだろうか。

 ミージュは、雲一つない空を見上げ、ため息をついた。



<次の話へ続く>



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