第1話 追放された魔法使いのアレン
ミージュはふわりと空を飛んでいた。
この異世界に来て以来、ミージュには不思議な力が宿っていた。
空を飛ぶことも、姿を変えることもできた。時間を越えることも、今のミージュには可能だった。この世界であれば、思った場所、思った時間に飛ぶことができた。
「さて、どこにしようか」
ミージュはスケートボードのようなものに乗り、街を見下ろしていた。
胸のところには、大きな白い宝石のついたネックレスがきらきらと輝いている。
ミージュには、集めなければいけないものがあった。
それは「愛」の感情だ。
愛と言っても、恋愛感情だけではないため、広義の意味の愛と言う方が適切かもしれない。
ミージュは「愛」を集めることで、成し遂げたいことがあった。それは、故郷を「世界の終わり」から救うことだった。
「世界の終わり」がもたらす暗黒の闇が飲み込んだ、ミージュの故郷。
今もなお、その闇と光を繰り返すその場所を、ミージュは救いたかった。
そのためにミージュは、異世界へと渡った。
ミージュの存在は、この世界では伝説の存在として語り継がれていた。幸運をもたらす不思議な存在として。ミージュと話すことができれば、悩み事は解決すると言われていた。
「幸運の精霊」という通り名を持つミージュは、街に着くと様々な容姿に姿を変える。だからミージュであるとは一目では気づかない。
今日もミージュは姿を変える。
あなたの街、あなたのもとに、辿り着くまで。
◆ 追放された魔法使いのアレン ◆
アレンは優秀な魔法使いだった。
20代前半で体力も魔力も十分、赤い髪にいつも赤いローブを着ている姿から、「炎の魔法使い」と呼ばれていた。
けれど仲間たちとうまくいかず、パーティーから追放されてしまった。
アレンは正直せいせいしていた。
自分の有能さがわからない連中など、こちらから願い下げだ。
これから自分は、この優秀さで返り咲く。その時にまたパーティーに入って欲しいなどと言われても、無視してやる。
アレンはそう思って、新しいパーティーを探していた。
できれば可愛い女性がいるところがいい。
美人な女性だけのパーティーならなお良い。
そんなことを考えていた。
そんなアレンを受け入れるパーティーは当然なく。
彼はその魔法の腕を持て余していた。
「アレン、どうする気なの?」
見かねた冒険者ギルドの受付嬢のレミアが話しかける。
この街には冒険者のための情報提供の場としてギルドがあり、様々な依頼を求め、冒険者たちが集まっていた。
「別に、どうとでもなるよ」
アレンはそう強がってみせたが、いつまでもこうしているわけにはいかなかった。
「一人でできるミッションに挑戦してみる?」
レミアはそう言うと、ギルドに来ている依頼文書を見せた。
アレンは思った。
そうだ、一人ではじめてみるのも良いかもしれない。
そうすればそのうち、依頼が来るに違いない。むしろソロの方がカッコいいかも。
そんなことを思い、依頼文を見た。
「何だこれ」
だが書かれていたミッションは、アレンからしてみれば退屈なものばかりだった。
「故郷に帰りたいっていうじじいを連れて、墓参りだけしてくるミッションって、何だよそれ。墓参りがそんなに過酷なのか?」
「そういうわけじゃないけど、誰かに連れて行って欲しいんでしょ?」
「それにこの別のミッション。火炎魔法で庭の雑草と虫の駆除って。魔法を何だと思っているんだよ。もっとこう、冒険者じゃないとできない感じの依頼はないのか?」
「今は無いわね」
アレンは盛大にため息をつき、ギルドを後にした。
どいつもこいつも、俺の良さをわかってない。
どうして俺をパーティーから外す?
こんなに優秀で、誰よりも的確に魔法を打つ、この俺を。
アレンはそう思いながらも、少し弱気になっていた。
確かに、リーダーのエルとはうまくやれていなかったよ。でも、それはあいつが悪いんだ。いつも俺のやり方にケチをつけてくる。多分俺に嫉妬していたんだ。そうに違いない。だからやりづらかったんだ。
アレンは昼間からバーで酒を飲み、素晴らしい依頼が舞い込んでくるのを待った。
けれど来る日も来る日も、アレンへの依頼はなかった。
「お兄さん、花を買わない?」
花売りの女性がそう言って話しかけてきたけれど、アレンは花など買っても、あげる人も花を愛でる気もなかった。
「気楽でいいな」
アレンは花売りにそう吐き捨てた。
「あなたにも花を贈るような素敵な出来事が起こりますように」
と花売りは笑った。
アレンは何だか毒気を抜かれた思いがして、そのままギルドへと向かった。
「酒臭いわよ、アレン」
レミアは呆れた様子で彼に言う。
「クソみたいな依頼しか取れないくせに、よく言うよ」
レミアがムッとしていると、一人の女性がギルドに入って来た。
「あの依頼を引き受けてくださる方は、現れませんか?」
女性がそう言うと、レミアは申し訳なさそうに答える。
「ええ。なかなか引き受けてくれる方がいなくて」
「そうですか……。ここには優秀な方がたくさんいると聞いて来たのですが、皆さんお忙しいのですね」
それを聞いていたアレンは、ふとその女性に話しかけた。
「ばあさん、どんな依頼なんだ? 良ければ話を聞いてやるよ」
偉そうな態度のアレンに、女性は答える。
「この依頼なのですが」
女性が見せてきたのは、アレンが以前見た、墓参りのミッションだった。
アレンは断ろうかと思ったが、他の依頼はどんどん別の人がこなしていっていてもうすでに無い。
「仕方ない。引き受けてやるよ」
アレンは渋々その依頼を受けることにした。
その依頼というのは、彼女が勤める介護施設に住むジョーイという男性を、故郷に連れて行って墓参りをしてくる、という簡単なものだった。
高齢のジョーイには頼める知り合いがおらず、故郷はだいぶ離れているため、足腰の悪いジョーイを連れて行ってくれる元気な人を探していたのだという。
アレンはジョーイを車いすに乗せ、旅に出ることにした。
道中魔物が出現することもなければ、山賊が出ることもなく。馬車を走らせただ進むだけだった。
アレンからすると、ジョーイの昔話が一番厄介なものだった。
「俺は故郷のイーイアの街ではそりゃ有名な刀鍛冶で、あの冒険者のマキアスの剣は、俺が打ったものなんだ」
マキアスなんて知らねーよ。だから何なんだよ。
アレンはそう思いながらも、適当に相槌を打っていた。
数日が過ぎ、ジョーイの故郷イーイアが近づいて来た。ジョーイは「腰が痛い」と日々訴えては、右に左に体勢を変えた。馬車の振動が、彼の腰には良くないのだとアレンは思った。
「なあ、何でそんなに、故郷に行きたいんだ?」
アレンがそう尋ねると、ジョーイは答えた。
「故郷には、亡くなった妻や家族、親戚、仲間たちの墓がある。どうしてもそこに行きたいんだ。もう一度ね」
アレンにはよくわからなかったけれど、ジョーイにとっては意味のあるものなのだろう。
イーイアの街に着き、よろよろと歩こうとするジョーイを車いすに乗せて押しながら、アレンはジョーイの昔話を聞いた。
「この通りは、昔はもっと賑わっていたんだよ。あそこの店の煮魚が最高でね」
そんな話を聞きながら、街はずれにあるジョーイが所有するお墓に辿り着いた。
ジョーイを支えながら歩き、彼が手を合わせるのをアレンは近くでじっと待った。
ジョーイは目に涙を浮かべ、ずっと手を合わせていた。
アレンはジョーイが納得いくまで、そこで待つことにした。
しばらくの間、ジョーイは手を合わせていたので、アレンはのんびりと空を眺めていた。
亡くなった後も、誰かが思ってくれている。
そのことの重み、大切さを、アレンは少しだけわかった気がした。
「もういいのか?」
「ああ。帰るよ」
アレンはジョーイと共に元の街に戻ることにした。
「なあ、アレンよ」
馬車の中でジョーイが言う。
「お前は良い奴だ。俺に付き添って、ずっと待っててくれてありがとよ」
「何だよ、別に良いよ」
「俺はずっとお前の味方だ。他にもそう思っている奴はいると思うがね。だからそのことを、忘れるなよ」
「うるせぇな」
そうして彼らは元の街に戻り、ジョーイは介護施設へと戻った。
それからしばらくの月日が経って。
アレンは相変わらず、新しいパーティーが決まらずにいた。
けれど彼は、ソロで様々な仕事をこなしていた。
街の人たちの依頼に応える仕事をこなしていたのだ。
簡単な依頼ばかりだった。だけどどの人も、優秀なアレンを喜んでくれた。「良い人が来てくれた」と皆口々に言った。アレンに頼みたいと言う人も増えてきた。
「花を買いませんか?」
花売りの女性に声をかけられ、アレンは小さなブーケを買った。
「らしくないけど」
その花を持って、アレンは道を歩いていく。
今日はジョーイの命日だった。
彼が言ってくれたあの言葉。
その言葉が、今もアレンを支えている。
◆ ◆ ◆
「全部売れましたね」
アレンを見送った花売りは、空になったかごを見て微笑んだ。
花売りの胸には、白い宝石のついたネックレスが、きらりと輝いていた。
ミージュは花売りから姿を戻し、白い宝石を握り締める。
さあ、次の「愛」を探しに行こう。
<次の話へ続く>
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